0になるまで 後編 なーかーまー
オレンジの中を、進む。
三階に上がる階段の途中。
窓からの光を浴びる。
眩しくて、濃厚で。
心が、焼かれるように、
クラクラとしながら、
階段を、折り返す。
登りきったら、
生徒会室は、
すぐ前だ。
あける。
……───ガラッ、ガララ……
「……その制服、似合ってんじゃん」
「────」
中に居たのは、私と同じくらいの背の、
小柄な、男の子だった。
黒髪で、黒い目で、
少し、ブカっとした……
……そう、"学ラン"を着ているわ。
生徒会室の真ん中に、
授業で使っている机があり、
その上に、脚を崩して、座っていた。
『──ニ"ャウニ"ャウ。』
彼のすぐ隣に、
見たこともない、
金色の猫のようなモノが、
ふよふよと、浮いている。
「そ……のこ、は」
「──"2号機"だよ。今、"7号機"とリンクしてるんだ。他の5機は、きみの記憶のサルベージをしているところだね」
「……に、ごう……? さるぺーじ……?」
「───時は、もうすぐ動き出す。今は、0.0333"秒"なんだ……でも、きみの記憶……"メモリー"が、少し拡散しすぎちゃってね」
「きおく……?」
「うん……いやぁ、正直あせったよ……。本来は、ぼく達は、"停止"しているはずなんだ。でも、"すとっぷどらいぶ"は、何故か、きみの記憶領域を、完全には停止できなかった……」
「……わからない」
「……そうだね。超・長期間の記憶の稼働は、精神が崩壊する可能性がある……だから、記憶を再起動ギリギリまで停止するかわりに、きみのメモリーの拡散を、ある程度、黙認したんだ……」
「……どゆ?」
「……だいじょうぶ。もうすぐ集まるよ、再起動には間に合うさ」
少年にしては、小柄な彼は、
夕焼けの教室で、やさしく笑った。
「……あなた……"カネトキ先輩"、よね?」
「ありゃ。とうとう本名、バレちゃったね」
「……香桜子から、きいた……」
「────!!! そう……、なんだ……」
彼女の名前を口にした瞬間、
彼の表情が、かわる。
驚きから、笑顔、
そして、悲しみ。
くるくる、くるくる、と。
「……きみの記憶を回収するまで、一時的に、ぼくの記憶に、きみの人格データを保存したんだ……その様子だと、かなりこちら側に、引っ張られちゃってるみたいだね」
「……わから、ない……私は……」
この人は、なにを、言って、いるんだろう……。
ここは、私が暮らしてきた、
暮らしてきた、
暮らしてきた、はず……。
「……ごめんな。もうすぐ、ちゃんと、起きるから」
「え、と……」
私と同じくらいの、小さな先輩は、
その小柄な背とは裏腹の、
とても深い、労りの声をかけてくれる。
……なんだろう、私……
この人のことを、知っている、はず……?
「ぷっ、くく、ふふふふ……!」
「なっ!?」
同じくらいの歳の男の子に、
笑われてんだけど……。
「な、なんで笑うのよ……」
「ふっ、くく……だ、だってさ、きみが、そんなカッコしてるから……! ふくくくく……!」
「な!? なにがおかしいっちゅうんじゃいッ!!」
ドンッ。
床、ダメージ:5。
「うっ、うっわぁ……ごごごめん! ……カッコは女子高生でも、やっぱり、きみはアンティだな……」
「とっ、当然でしょ……! 看板娘をナメんじゃないわよ!」
「えっ……、は、はは……」
「……何よ、その乾いた笑いは」
『──ニャニャ──ン……。』
ははは……と、
明らかに気を使った笑いを浮かべるそいつに、
ちょっと、イラッときたけど。
こんな、あたたかい、
夕日が差し込む放課後に、
こんな男の子と、話してるなんて、
何だか、不思議な気分だわ……。
「……なぁ、アンティ。0になるまで、ぼくのグチを聞いてくれるかぃ……?」
「……ぐ、ち?」
目の前の、
初めて会ったはずの先輩は、
平気で、私のことを呼び捨てにする。
でも、全く、嫌じゃない。
すごく、親しみがあって、
とっても、自然だった。
夕日が差し込む三階の窓を見ながら、
彼は、しゃべり出す。
「……ここはね、ぼくの、過去の記憶だ。"昔、昔、ある所に……"って、やつだよ……」
「……?」
「……ぼくたち"3人"はね……明日、違う世界に行くんだ。ここからね……」
「えと……?」
わからない。"3人"……?
誰のことを、言っているの……?
とても、とても悲しそうな横顔を照らす、
夕日が、鮮烈だった。
「……ひどいね。きみの記憶が保管されたのが、よりにもよって、あの日の……前日の記憶だなんて……」
「……それって……ダメな、ことなの……?」
「……──!」
彼の言っていること、
よく、わからない。
でも、私は、思わず聞いてしまう。
「……だめ、じゃ、ないと、思う。でも……ぼくは弱い。どうしようもなく臆病で、ひねくれている……」
「──」
「こんな所にいたら、思ってしまう。"もし、ここからやり直せたら"、"もし、ここに戻ることができたら"、ってね……」
「──……」
「そしたら、そしたら戸橋は……。それに、ぼく達だって……!」
『──……ニャンニャン……。』
その、学ランの男の子は、
ただでさえ小さな肩をよせ、
縮こまって、下を向いた。
後悔、なんだと思う。
わからないけど、彼には。
やり直そうとしても、
やり直せないことがある。
……それだけは、わかった。
私は、何も知らない。
かける声なんて、見つからないよ……。
「えと……」
「……──! ……ははっ、ごめんな? こんな話して……ぼくが意識を取り戻したのも、きみと同じタイミングみたいでねっ? いやぁ、四限はバスケだったんで、いきなりパスがきてさぁ! いや〜〜あせったよ!!」
「……」
「……でも、久しぶりに、すっっっげぇ楽しかった。……そうだな、こんなふうに、みんなで体、動かしてたなって……」
「うん……」
「それに……戸橋にも、会えたしな……」
「……」
えと……戸橋って……
……香桜子、のことだよね……
あ……。
「あっ……今の、ば、バスリーちゃんには、その、ナイショでお願いします……」
「ねぇ、先輩。私ね? 香桜子から、ノートを預かったよ」
「──え?」
「一年生の時の、"数学"と"化学"のノート!」
「 ── 何だって? 」
「え、いや、だから──……」
「そんなはずない」
「は? いや……」
「そんなはずないんだ」
「せ、先輩……?」
「──そんな、はずは──……」
せ、先輩……
す、すげぇ顔が驚愕してんだけど……
夕日のオレンジと相まって、
なんか怖いんですけど……
お、逢魔ヶ時って、言いますし……。
「なぜ……」
「ちょ、先輩?」
な、なんだこの反応……?
どっ、どうしたら────……。
『────告。時空間停止解除まで:残り:0.0024ビョウ。』
「──っ!?」
後ろから、すごい電子的な声がして、
すぐに振り返る。
「────、──ッ!? ななッッ!!?」
『────……ポーズ解析。予測心理状態:驚愕。』
なにっ────!?
この、ネコ耳ロボットはっ!?
新手の人体模型っ!?
え、なに、マネキンっ!?
今、この子がしゃべったの!?
ま、まぶしっ!!
夕日、反射して、まぶしっ!!
ん……?
『ニャ────オゥ。』
『ニャンニャン。』
『ブミャ────。』
『ゴロゴロ……。』
『ミュ───……。』
「なんかいっぱい飛んでるぅぅ───!!?」
『────……。』
「あ……おかえり──……ちゃんと加速通信入ったよ、ありがとね」
『────いえ。こちらも彼女を呼び出しておいてくれて、助かります。』
カチョン、カチョン。
ウィ──────ン。
「うわわ……うわわ! 動いてる……!」
知らない間に、科学はここまで進歩してたの……!?
てか、なんで、ごーるでんネコ耳やねん……
このロボット作ったやつ、頭、どうなってんのっ!?
『────……むぅ。』
「あ、はは……クラウンちゃん、今はほら、記憶、入ってないから……」
『────……自己分析中……完了。状態:動揺。』
「いやいやいや動揺しないでねっ! もうすぐだから!」
「せっ、先輩!? この金キラロボットちゃんと、お知り合いなんですかっ!?」
『────む……。』
「あ──、えとね。知り合いっていうには、もうだいぶ、気兼ねない仲、すぎるかな? ……あと、あんまり"ロボット"って、言ったらダメだよ? ──きみの大切な、"相棒"なんだからさ!」
「"あいぼう"……? わ、私の……?」
『────アンティ。』
「わっ!!」
先輩から目線を外すと、
すぐ目の前に、上目遣いでこちらを見る、
真っ赤な、二つの瞳があった。
「……!」
……意志が、宿っていると、思う。
これは、"コレ"、なんかじゃない。
ぜったいに、モノじゃ、ない。
"魂"が、あるんだと、そう、感じる──。
「あなた──……」
『────私は、嬉しいのです、アンティ。
────あなたは、確かにここにいる。
────幾多の壁を乗り越えて、
────あなたは、戻ってきた。』
カチカチ、カチカチカチ。
────キュオオオン。
機械じかけの腕が、あがる。
私の頬を、包み込んで。
『────いきましょう、アンティ。
────まず、この、3人で。
────みんな、みんな、待っているのですから。
────私達は、こんな所で、終わってはいけないのです。』
「────」
『『『『『『ニャンニャンニャ───ン!!。』』』』』』
『 ニ"ャニ"ャニ"ャ────!!。』
きゅういいいいいいいん──……!!!!!!!
夕焼けに、消えていく。
学校が、教室が、私たちが。
世界を照らす、
黄金のような、オレンジに────。
『────……クラウンギアは、求めます。
アンティ。我が:唯一の相棒────。
────────オーダーの、入力を。』
「── 」
機械の王冠は、魂を宿し、
かつての少年は、微笑みを浮かべ、
七匹の猫は、光るのでした。
世界を包む黄金は、
たくさんの色を集めて、
金の少女の瞳に、
時の魔法が、輝くのでした。
……
……
……
……はは。
はははっ。
……──ほんっと。
変なスキルだわ、あんた。
「……"未来"へ!! 超特急よ、クラウンッッ!!! 」
『────レディ:オーバー。アンティ。
オーダーによる再起動プロセスを起動します。
概念構築完了。転送機構が、形成されました。
──────────"召喚"を開始します。』
そして、すべては、
"0"になる───────。