表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
302/1216

白い騎士と獣の老婆

 


 深き緑の園(ディープエメラルド)と呼ばれる、

 太古から続く、大きな森の中で、

 人と、アライ族が先を急いでいた。


 都は、死んだ。


 もう、あの場所に、普通である者は残っていない。

 人であり続けた者は、

 やっと、あの都を捨てる決心をしたのだ。

 とても、遅すぎた。

 我らは、減った。

 かなりが、都の再生を信じ、

 黒を吐き出し、怪異となった。


 若い、端正な顔立ちの騎士に、

 年老いた老婆のアライ族が近づく。


「……ロトラ殿……」


「だいたい、逃げ終わったかねぇ……」


 小柄で、子供ほどの背丈しかない老婆は、

 しかし、灰茶の毛並みと尻尾は、

 綺麗に整えられている。

 左の腕には、簡易に装飾された弓が光る。

 族長としての、確かな威厳と、気品があった。


「……この度のアライのご助力、感謝の言葉がない……」


「ふん、畏まるんじゃあないよ。最初に我らが、おぞましいシンエルを感じ取った時に、すぐに動いていればよいものを……」


「……」


 白髪の若い騎士は、(たしな)められながらも、

 しかし、獣人の老婆の言葉を、受け止める。

 彼女の指摘は(もっと)もだからだ。

 彼らは、時間を、かけすぎた。


「お言葉、痛み、いる……。あの言葉、すぐに信じるには、この都は豊かさに過ぎた……」


「壁に囲まれ、本能を忘れし生き物よ。守るために、命を動かす速さを知らん」


「……言葉は、返せぬ……」


 命を動かす速さ。

 人の身で、あまり使わない言葉の表し方だ。

 だが騎士は何故か、しっくりと感じ入るものがあった。

 人が代々、(さげす)んできた獣人達は、

 壁の外で、あらゆる(ことわり)を感じ取り、

 転々としながら、生き残ってくれていた。

 だからこそ、(わず)かに救えた命があるのだ。


「……何故」


「なに?」


「何故、我らを助ける……我らは互いを、毛嫌いし続けてきたというのに……」


 騎士は、問う。

 対等に、問う。

 老婆に、問う。


 問う、ということは、

 対話の始まりなのだ。


「……明日の目覚めが悪いと思ったからだよ」


「目覚め?」


「我がアライの一族は、長年、人への不干渉を決め込んできた……随分前のことだがね、同胞を帽子にされた恐怖ってのは、ずっと語り継がれているんだよ」


「……」


「でもね、私たちゃ、ちょっと賢くなりすぎた。ケモノにしては、随分、文化的になっちまった。違う種族でも、家族を思う気持ちがあると、理解できる程にはね」


「ロトラ殿……」


「私はね、掟破りのバカ族長さ」


「……其方の慈愛、豊かさに腐った我らも、気づきはじめている」


「どうだかね……アライは掟を破った。我らは族名を捨てようと思う。皆、何故か賛同した。よくわからないものだ」


「……誓おう。我が生涯、獣人と、人との架け橋となるよう、尽力すると」


「くくくく……まるで、新しい王のようだ」


「……お戯れを。とにかく、生きねば。この地はまだ、自然に飲み込まれている。この森の近くに、豊かさに慣れた人々はまだ、住めぬことだろう。新天地まで、厳しい旅が続くはずだ……だが、我らは帰ってくる! 必ず、この場所に! いくら、時がかかってでも……其方達がいる、この森に……!」


「く、こんなばぁさんに言っても、得はないよ」



 獣の老婆が距離を縮め、

 騎士の、すぐ隣に寄る。

 共に、茂りの向こう、

 都の空を、見あげた。



 " ……──ガルルルロロオオオオオンンン──……!! "



「……先ほどの音……やはり、鳴き声だったのだろうか……」


「……あれはだめだよ。逃げる他ない」


「……」


 白髪の騎士は、願う。

 ただ、あの声の主が、前に、進まぬように。

 出来るならば、あの場所から、出てこぬように。

 ただ、ただ、願う。

 人を変えてしまう黒が、

 ただ、広がらぬように。


「……我が願いを聞く、神などいるのか……」


「お前さんの言っていた、隊長の血筋はどうした」 


「隊長も、その娘殿も、まだお見かけできぬ……」


「……そうかい」


「……先の問い、隊長の娘殿にも、聞いたのだ」


「なんだって?」


 それは、獣人に心を開いたがための、

 彼の、弱さの表れだったか。

 滅びゆく都の空を見て、

 白髪の騎士は、言葉をもらした。


「……あの娘は、昔から、忌み嫌われていた……騎士団に加わった時、驚いたものだ。彼女が突入隊に志願した時、ふいに問うた。"何故、忌み嫌われてきたのに、助けようとする"と」


「……して、なんと返された」


「────"黙れ"と」


「くくくく」


「我は……愚かだな」


「普通さ。気持ちなんざ、そうそう理解されてたまるか。その娘は、自分で決めて行ってるよ」


「……愚王は、倒されただろうか……」


「さぁね。先の声の主に、喰われたかもしれないよ?」


「……。もう、彼女の力を、信じるしか他ない……」


「私たちゃ、信じちゃあいないが……その娘は、持っているんだね?」


「……持っている。我らが繁栄の証、"時限"を超越せし、紫の輝きを……!」


「…………む? まて、なんだこれは」


「──?」


 人より優れた感覚を持つ獣人の長、

 それらの経験と知識を以て、違和を口にする。


「どうなされた」


「なんだ、このシンエルは……ッ!?」


「……ロトラ殿?」


 彼女の目線は、動かない。

 食い入るように空を見る、獣の老婆。

 その目は、徐々に開かれていく。


「! ……──ッ?」


 ただ事ではないと感じた白の騎士は。

 また、視線を戻し、空を捉える。



 その瞬間────……、







『───────ュゥゥゥウウンンンンッッ!!!!!!!』







 ……────光の柱が、(はし)った。









( º дº)<目撃者、確保。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『今回の目次絵』

『ピクシブ百科事典』 『XTwitter』 『オーバーラップ特設サイト』 『勝手に小説ランキングに投票する!』
『はぐるまどらいぶ。はじめから読む』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ