ガルンハート さーしーえー
>>>正解なんて、わからなかった。
『 ……──ガルルルロロォ…… 』
「「…………」」
後輩ちゃんが吹っ飛ばした"ガルンの上顎"は、
まるで、黒い大きな、お面だった。
三つの目は、ぼくの仮面のように穴が空いてて、
淡い光が集まり、白目のようになっていた。
おぼろげに揺らめく、赤い瞳が見える。
恐竜の仮面のようだった。
お城の石積みの壁にめり込んでいて、
ちょうど、こちらを向いているように見える。
さすがに、動けないようだ。
崩れた所から、外の景色が、ぽっかりと覗いた。
「顔だけになっても、生きてるの……?」
「……そのようね。これが生き物と呼べるのか、私にもわからないわ。見なさい、少しずつだけど、黒い力が、漏れ出ている」
「! ほんとだね……」
シュウ……シュウ……と、ガルンから、
まるで、黒いドライアイスのように、
魔力が溶けだす。
わずかずつだけど、小さくなっているみたいだ。
『……──ガルル……、ガルル──……』
上顎だけで唸る声も……、
どこか、弱々しいものだった。
「えと、このっ……ど、どうしよう、かな……」
この、後輩ちゃんの言葉で、
ぼくは少し、ドキリとする。
これは、不味いんじゃあないか?
いま、後輩ちゃんは、ガルンのことを、
"この子"と、言おうとした。
自分でぶっ飛ばした、コイツのことを。
「……」
おそらく、イニィさんも気づいた。
彼女は悪魔の身体になってしまったが、
元々持っている、"流路を感じる力"で、
相手の心まで、読み取ってしまえる。
アンティの心情は、よく見てとれるだろうな……。
「……そう、ですね。仮に、"くろいかみ"の本体だとして、どうすればよいものか……」
『────警告。このガルン上顎部を、地表部:闇魔法系に接触させると、ガルン復活の恐れがあります。』
「! じ、じゃあ、お城に置いとくの……?」
「……先ほどから、このレエンの城だけは、地表の"あんこく"に飲まれていないわ。地盤になっている箇所に"しろいふた"の要素が多く含まれているのかもしれません……」
『────"時限結晶"への格納は可能判定。』
「!! し、しまえるの!?」
「……? どういうことですか?」
! ガルンの上顎は、バッグ歯車に入るのか!
と言うことは、コイツは厳密には生き物じゃなくて……!
「……イニィさん、私の赤い時限結晶は、生き物は入らない……でも、魔法は入るのよ……」
『────予測。ガルンは、意思を持った魔法体である可能性。』
「──!! 意思を持った魔法、ですか──……」
それを、自分以外の声で聞いて、
なんだか、複雑な気分になった。
意思があって、生き物じゃない。
そう聞いて、ちょっとだけ、思う所がある。
──だって自分も、そうなんだから。
今のぼくは、仮面に宿る"意識"だ。
生き物じゃあ、ない。
だから、バッグ歯車に、入ってしまう。
目の前で弱っているガルンに、
妙なシンパシーを感じてしまう。
ぼくには、心がある。
生きている、心が。
もしかしたら、コイツにも────。
『────……どうされますか、アンティ。』
「!! …………」
……どうやらクラウンちゃんも、
ちょっと、気を使いだしてる。
彼女も、スキルから生まれた情報体だ。
心があるけど、彼女は自分の事を、
"生き物"とは、分析できないのかもしれない。
それをぼくたちは、あまり、
後輩ちゃんに、意識してほしくないのだ。
「……ねぇクラウン。私達の時限結晶なら、中に入った物の、時間を止めたりもできるんだよね……?」
『────可能判定。空間凍結が可能です。』
「……それってさ、"安全"だよね……?」
『────……はい。暴走の可能性は、限りなく無に近くなります。』
……そうだね。
時間ごと、凍らせるんだもん。
そう。
ぼくと、クラウンちゃんと、ガルン。
あ、あとサキ姐さんもか。
ぼくたちは多分、
いつでも時間を止めたり、
進めたりできる。
だから、今回は……。
「……こんなに大きな物が、しまえるのですか……?」
イニィさんが、信じられないように言った。
「……え? イニィさんの紫の時限結晶も、お城一つ分くらいは入るんでしょう?」
「! ……はい。お父様が、水を使って大まかに計ったんです。ですが、紫の時限結晶の"入り口"は、こんな大きくはなりません。せいぜいこのくらいが限界です」
イニィさんが、両手を広げる動作をする。
……ということは、紫の時限結晶は、
イニィさんの身長くらいの直径しか、
入り口が開かないのか!
今のガルンの上顎は、
魔力漏れで、どうやら縮んでいるようだが、
それでも、まだアンティの身長の2倍以上ある。
「そ、そうなんですか! 私の時限結晶は、その……スキルと一体化してるから、入り口の歯車が、かなり広がるんです」
「どんな横幅の物でも、中に入れられてしまうということ……!? 容量無限、時間停止、範囲自由……ピエロちゃん、貴女、それはとんでもないことなのよ……」
「そ、そなん、ですね」
そうか……。
いくらでも入り、入り口が広がって、
自分で飛んでいけるアイテムバッグ……。
極端な事を言うと、
この城だって飲み込めるかもしれない。
はは、改めて考えるとすごいや。
赤の時限結晶の凄さを感じる。
「……センパイなら、どうする……?」
──!!!
いきなり、アンティに相談されて、
ちょっと、詰まる。
バッグ歯車に入れてしまうか、もしくは……。
…………。
いや……正直に言おう。
別に、きっちりと綺麗な、
まとまった考えじゃなくていいんだ。
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>>>昔のぼくなら 叩き壊すよ
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「──ッ!!!」
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>>>……でもね 正直に言うよ
今は しまってほしいな
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「……! ……」
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>>>こんな 頼りない答えで いいかい?
─────────────────────────────
「……ありがと」
少し笑って、後輩ちゃんが、
ヨタヨタと、黒い、大きな上顎に近づく。
歯車を出して、しまいこむ気だ。
彼女は相変わらずだと思う。
自分でぶっ飛ばしたくせに、
少し、情が湧いてしまってる。
それは、いい所とわるい所と、
どちらも、持ち合わせている、
彼女の中の、人としての、感情だ。
とても自分勝手で、滑稽な心だと、
アンティ自身も、気づいていると思う。
右手のグローブが広げられ、そっと、突き出される。
うん、そうさ。
後で考えようよ。
今は、しまっちまいな。
そんないつも、
真正面から、受け止めなくても、いいさ──……。
そうして、格納しようとした、瞬間────。
『 ……── デレ、タ、ノカ ──……? 』
意味のある意思を感じて、ぼくは凍った。
アンティは、手をかざしたまま、動かない。
なんで、ここなんだよ。
食堂娘も、王冠も、義賊も、凍った。
だから、悪魔がしゃべった。
「……──何から──……?」
シンプルに、伝えた。
『 ……── クラヤミ カラ ──…… 』
「…………」
なんてこった。
アンティは、動かない。
よく聞くと、こいつは、ガルガル言っていた。
なのに、言葉に聞こえた。
なぜだ。
後ろに、イニィさんが近づく。
アンティを、気遣っているのか?
……そうか……!
イニィさんの、流路を感じ、心を読む能力……!
その、超能力みたいな力が、
杖を通じて、ぼくらに"同期"しているんじゃ……!?
恐らく、本当はガルルルと唸っている。
でも、今のぼくらには、心が見えてしまった。
『 ……── カラダガ クロクナイ ──…… 』
いや、くろいよ。
体は、無くなっただけだ。
真っ黒だよ、オマエ。
……見えない、だけだよ。
『 ……── アンシン スル ──…… 』
何言ってんだよ、お前……。
頭だけになってんだぞ……。
『 ……── クロクナイ セカイダ ──…… 』
…………。
『 ……── オマエハ "オマエ"カ ──……? 』
……?
『 ……── クラヤミニ "オマエ"ハナイ──…… 』
……だから、なにを言ってんだって……。
『 ……── ミンナ クラヤミダカラ "オマエ" ハ ナイ ──…… 』
……!
……"個"の、ことか……?
『 ……── ユメ ノ トキ ガ キタ ──…… 』
ゆめ?
『 ……── "オマエ"ハ オマエト カイワシヨウ ──…… 』
……コイツ……"自分"を表す言葉を、知らない。
アンティは、食い入るように、
その黒を、見てた────。
『 ……── メガ ミッツダ ドウダ カッコイイダロゥ──…… 』
「────……」
…………。
くそったれ。
クソッタレが。
なんでこんなココロが、生まれたんだ。
……ふざけんなよ。
よく、わかんないけどな……
こいつは……こいつは、
這い出してきたんだ。
ドっす黒い、暗闇ん中から。
────目が三つある事を、自慢するために。
さっき、こいつがガルガル、
叫んでいたのはさぁ……、
"悲鳴"なんじゃないか?
"恐怖"なんじゃないのか?
やっとこさ暗闇から出れたと思ったら、
そこに、ぼくたちが、
ぶっ飛ばしにいっちゃったんじゃないのか?
ふざけんなよ……。
なんで、こんなヤツを殴らせたんだ……。
なんで、ぼくは止めれないんだ……。
殴ったのは、アンティなんだぞ……。
ばかやろう……
こんなの、ぜったいに……。
ぺたりと、座り込んで、
金の両手を、ぽてん、と、黒い顎にのせる。
あんな声、会ってから、初めて聞いた。
「……ごめん、ごめんね、ガルン……」
──金が、謝罪と共に、黒に、名を教えた。










