まちまちドニオス
ある街の、ギルド受付カウンタで。
「にょんむ〜〜……」
「……帰って、きませんねぇ〜〜……」
一匹のラビットと、
一人の受付嬢が、いつものカウンタに突っ伏していた。
大きな足音が、
大きな扉の後ろから、近づいてくる。
……──ミシッ、ミシッ、ギィイイ……。
「……む、キッティよ、何をカウンタにへばりついている。手紙の仕分けは終わったのか?」
「終わりましたよ〜。うさ丸も手伝ってくれました。なんか、定期的に手紙が持ち込まれるようになっちゃいましたね」
「にょきっとなぁ!」
「いや……うさ丸は文字読めないだろう……」
「にょきっとな?」
「でも、字の"カタチ"はわかるみたいですよ?」
「ハァ……どれだけ常識ハズレのラビットなんだこいつは……」
「にょっきゃ〜〜!」
「……仕方ない、報酬を出そう」
「にょややっ!?」
三メルの高さから漏れるため息。
その手には、ニンジンが握られている。
「あ、私にはオヤツとかないんですか」
「仕事をしろ、仕事を。カウンタで昼寝をしながら口に菓子をほうりこまれる受付嬢など、お前だけだ」
「ふふんっ! すごいでしょう! この前はとうとうパウンドケーキをほうりこまれましたよ!」
「…………」
「かポンッ! コリコリ、にょんむにょんむ……」
器用なラビットがニンジンを噛む音が、
呑気に、お昼時のギルド内に響いた。
…………。
「……なにか、あったんでしょうか」
受付嬢がポツリと、
この10日間あまり、口にしなかった事を言う。
「……なにか、あったんだろうな」
ギルドマスターは、同意した。
「にょむ……」
「ギルマス……まさかとは思うんですが……その」
「アイツの事だ、そうそうへばりはしまい。アイツは強い。オレが保証する」
「でも……」
「これは勘のようなものなのだがな……アイツは多分、冒険者になって初めての、"冒険"をしているのだ」
「! ……ぼうけん、ですか」
「ああ……よっ」
グググッ……ギシッ。
「! ……受付カウンタに腰掛けるギルマスなんて、初めて見ました……」
「元々俺はあまり繊細ではない。今はメシ時で人目もない。隣の酒場だろう」
ミシミシッ。
「か、カウンタ潰さないでくださいね!」
「に、にょんやっ!」
なんだかんだ思い入れのある場所なのか、
受付嬢とラビットが、心配を口にする。
「何か……変わった噂など入っていないか。例えば、金色の盗賊が、行き倒れていた、とか……」
「あれこれ言って、やっぱり自分も心配なんじゃないですかぁ……」
わざわざ、人気のない時間帯に足を運び、
受付嬢に噂の類を聞きにくるギルマス。
冒険者の噂話は、ギルドにとって、
よりはやく、起こりうる事態を察知する、
貴重な情報源だった。
ペラッ……。
「……アンティさんに関する情報はほぼ無いですね。ですが、ラクーンの里から、美味しそうな匂いがする、とか、砂岩帯で巨大な人影が目撃された、とかの噂を聞きました」
「他には」
「え〜とですね……。あ、ゴウガさんの捜索は、やはり今回も難航しています。山中で、それらしい焚き火の跡が見つかったと報告はあったのですが……」
冒険者の噂話を整理して、
順番に資料にまとめている受付嬢、キッティ。
普段はお菓子賽銭箱になっている彼女は、
しかし、とても優秀な受付嬢である。
ドニオスの冒険者の全ての情報は、
まず、この娘に集まるのだ。
「そうか……ふぅ。ドニオスのプレミオムズは、どいつもこいつも自由奔放過ぎる……」
「ははは……ラクーンの里の噂は、もしかしたらアンティさんかもしれませんね」
「にょっき……」
「! ……うさ丸よ、貴様もさびしいのか」
「にょきっと……」
ギルマスは、
うっかり自身のさびしさを、
口にしてしまっているが、
それについて、受付嬢は何も言わない。
彼女自身も、
そのさびしさを感じているからである。
「ふむ……」
「……ギルマス。最近の私の仕事で、一番大変なのは、"いつクルルカンは帰ってくるのか"の問い合わせの対応です」
「! ……」
「アンティさんはズルイです! あんなにいきなり現れたのに、もう、ここのギルドの人気者じゃないですか。ご飯も美味しいですし」
「お前は飯をたかり過ぎだ」
「お返しにお菓子は持っていってますよ! アンティさんって……ご飯食べてると、たまに、嬉しそうに微笑むんです。あんなクルルカン、反則です……嫌いになれる人なんて、いません……」
「……」
「にょんむ〜〜……」
「冒険者からも、一般の方からも、本当によく聞かれます。この前、子供が10人くらい来た時とか、ホントにどうしようかと。……ギルマス、アンティさんにも、調査隊を組みますか?」
「! ……よせ。10日前後くらい、冒険者ではよくあることだ」
「自分だって、心配なくせに……」
「にょっき!」
「ふぅ……月末までは、待ってやろうと思うのだ……アイツは、どうも、ひと月ごとに何か用事を抱えているらしい。どんなに長期になろうとも、ひと月だと踏んで送り出した」
「! ひ、ひと月もあったら、今のペースなら手紙の量が……!」
「何を言っている。5万通もあった手紙を、アイツは何日で配った?」
「あ……。アンティさん、どうなってんの……」
「くっくっく……鬼ごっこで、このドニオスの冒険者達から、尽く逃げ切るほどの実力なのだろう? ……そう簡単に、くたばらんさ」
「……そですね」
「にょきっとなぁ」
「ここはギルドの受付カウンタだ。冒険者は、必ずここに戻ってくる……待ってやろうではないか。上にあの金ピカの家もあるのだ。ここを通らないはずがない……必ず、帰ってくるさ」
「……はい」
静かに返事をした受付嬢の元に、
ガッチャガッチャと音を鳴らし、
使い古された革鎧を纏った冒険者が、
ゴーレムらしきものを担いで、やってきた。
「よぉう! ヒゲイド、キッティ! ちっこいアイアンゴーレム狩ってきたぜ! 半分買取りたのむわ!」
「! ゴリルさん……それ、歩いて持って帰ってきたんですか?」
「ふん……そのうち肩がイカれるぞ」
「ごっは! ナメるんじゃねぇよ! ところで、あの金ピカはまだ帰ってこねぇのか?」
「「!」」
受付嬢とギルドマスターは、
顔を見合わせた後、苦笑した。
ラビットは、耳をぱたぱたした。
「にょきっとなぁぁ──!」










