種族変更でぃふぃかると
「……ゥ……う……」
「「!!」」
──この声はっ!
「──お父様ッ!!」
イニィさんが、床に転がってしまっている、
白い花の蕾がついた、木の塊に駆け寄る。
イニィさんの育ての親……ゼロンツさんだ。
私も、近くまでいくけど、
2人の空間を邪魔したくなくて、
1歩分くらい、下がって止まる。
「……ぅ……ム……」
「お、お父様……」
なんだか、ゼロンツさんは苦しそうだ。
……植物の魔物になってしまってるからかな。
お水とか、あげた方がいいんだろうか……。
「イニィさん、ちょっと……」
「……?」
結局、側まで駆け寄り、
わずかに操れるバッグ歯車から、
何枚かタオルを取り出して、
ゼロンツさんの木の根に巻き付ける。
水を、出す。
────バシャ、ピシャ、ぱしゃ。
「……───ゥ、────……」
「……貴方」
「ムダかも、しんないけど……」
「いえ……ありがとう……」
水を含ませたタオルでゼロンツさんを包むと、
少しだけ落ち着いた雰囲気になる。
でも、目は覚めない。
顔の部分に皺を寄せて、
眠りについているようだ……。
「イニィさん……、イニィさんとゼロンツさん、その……人に、戻れる、かな……」
口に出してから、
ひどい質問をしたかなって、思う。
だって、そんな答え、
イニィさんが一番知りたいハズだもん。
でも、イニィさんは、ちゃんと答えてくれた。
「……私も、それを望んでいた。ピエロちゃん、私は、よい騎士ではなかった。私は、他の怪異となった人間を見捨ててでも、お父様には、無事でいてほしかった……」
「……うそだよ」
「……? 何を……」
「イニィさん、お城の怪物モドキの騎士に、明らかに手加減してたじゃん……」
「あれは……同じ騎士だから、仕方なく……」
「イニィさんはさ、確かに人間のこと嫌いだろうけど……それだけ心の色が見えてしまうなら、たくさんの本当の優しさにも触れ合ってきたはず。……本当は、守りたいって思える人も、何人かは居たんでしょ……?」
「! ……」
「ちょっとだけ……ほんのちょっとでも、どんな人でも、いい所を見つけられたはず……私もね? お店で働いてる時ね、どんな嫌なお客さんが来ても、五フヌだけ、我慢して話を聞くの。じゃあ、なんとなく、その人の良い所が見つけられる。そうすると、心からその人を嫌いになれないわっ」
「……」
「あなたは、それができたはず。だから、あなたは人を守る"騎士"というお仕事ができた……ちがう、かな……?」
…………。
「……ふぅ。やれやれ、ピエロちゃん。世界はそんな、綺麗な色ばかりでは、ありませんよ……?」
「! ご……ごめんなさい……」
「謝る時と場合は選びなさい。……やれやれ、騎士団に入った頃の私に、今の色を見せてあげたいわ」
「……え、と……」
「……恐らくですが、父と私はもう、人には戻れません」
────!!
「そ、そんな……」
「……この身体になってわかった。これはまるで、流路と魂への、"囁き"よ。暗黒の力に侵入されて、心の奥底に眠る獣が、呼び起こされる……」
「!……?? えと……」
「……ふ、こればっかりは、なってみないとわからないわね……」
「何とか……ならないの……?」
「……残念だけど、無理そうね。私の身体の流路は、もう、悪魔の形として、ここに存在してしまっている。簡単に、違う種類の生き物になれないわ」
「そんな……」
悪魔と、樹木……。
それから、戻れない……。
自分がなってしまった時を想像したら、
……つらい。
もし、父さんや母さんと、私が、
そうなって、しまったとしたら……!
「……ふ、そんなに胸を痛めないで。確かな事は、私もお父様も、貴方のお陰で、生きているわ」
「あ……」
「お父様ったら、まさか植物になってしまうなんて……知ってる? 草木は、とても美しい流路の色を出すのよ?」
イニィさんが、ちっとも悪魔らしくなくて、
彼女にピッタリだな、と思うセリフを言う。
「やれやれ……どうやらお水はあげた方が良いみたいだし……お父様をどこか、人の来ない場所へ植えて、そこを悪魔の力で守ろうかしら」
「え、えええええぇ……」
悪魔が守る騎士の樹木か……。
イニィさんには悪いけど、
な、なんか、絵本のお話みたい……!
「でも、その前に、やらなきゃいけないことがある」
「?」
「"くろいあな"は、まだ空いたまんまだわ」
「!!」
──そうだ!!
この街の地面ぜんぶが、
まだ、真っ黒いままだ!
ガルンが活動を止めて、
今は一時的に落ち着いているだけなの!?
どうにかして、この穴を塞がないと……
「……その、"黒い歯車"、いいの?」
「え? あ……!」
イニィさんが、紫の爪で私の方を、指差す。
目線で追うと、
さっきドロップした真っ黒の"どらいぶ"が、
私の太ももの横ん所に、
さもそこにいるのが当然のように、
居座っていた。
なんだろ……何かとイメージが被る……
あ、アレだ!
ドニオスの冒険者の人で、
太ももに短剣を入れた鞘を、
縛り付けてる人がいるんだけど、
あれを連想するわね。
なんで君ここに引っ付いとんのや……。
「……まぁいいや。どうせ闇とかの力の"どらいぶ"でしょ。それよりどうやって、この街の、"くろいあな"を閉じよっか……」
「ホントにいいの……? まぁいいけど。さっき、貴方達が反転させて、正常にしてくれた"14の十字架" ……──覚えてる? 」
「! "転換路"!」
「よくできました……そう。あれは本来、"しろいふた"の力を、"くろいあな"に流し続けるための装置のようだわ。それを、私の杖の力で動かしてみようと思うの」
「! ……できそう?」
「やるわ。この杖は、元々その十字架たちと、同じ物のようだし……それに、私も"時限結晶"の使い手ですもの」
「! そうか! 結晶の力も使うんだね!」
「やってみるしかない。そしたら、貴方も未来に帰れるわ」
「! う、うん……」
……そうしたら、イニィさんともお別れかな……。
ちょと、さびしい……ん?
あれ、私をここに呼んだのって、
イニィさんだよね……?
でも目の前の、悪魔っ娘イニィさんは、
私と初対面のはずだよね……?
んん……? なんか引っかかるな……。
初対面なのに、
なんで私を呼べたんだ?
あ、こんなこと考えてたら、
イニィさんに筒抜けか……。
「ごめんね、イニィさん、こんな時に変な────」
「───シッ、しずかに──!」
!! イニィさんに怒られちゃった……!
杖で、"転換路"を動かす所だったのかな……!
そりゃ、集中してたよね……。
ごちゃごちゃ考えててさーせん……。
「ち、違います……! 貴方には聞こえないのですか……?」
「え……?」
「声が……聞こえるのです」
「──"声"──?」
────。
────。
────。
────" デ…… タ、イ…… "────。
「────!!!!!」
「きこえましたか」
き、きこえたっ!!!
確かに今────!!!
「"でたい"って────……」
「私は声の主に、一匹、心当たりがあります」
「イニィさん……まさか」
「やれやれ……捨て置けませんね。行ってみましょう。警戒して」
「! は、はいっ!」
どうしてかわからないけど、
"くろいあな"からは、
ガルン以外には、何も出てこなかった。
私達2人は、その"声"のする方に、
行ってみる事にした。
そろり、そろりと、
移動して────……。
キンっ、キンっ、キンっ、キンっ、キンっ。
「……──はぁ。忍び足するのがバカらしい足音ですわね。もう普通に歩きますよ?」
「ひぇっ!? だ、だぁあってぇぇええ!! はぐるまさえ使えれば、足音だって消せるけどもぉおおおっ!!!」
「わかったわかった、わかりましたから」
悪魔のため息を聞いて、
よくひびく足音をさせ、
"声"のする方へ、進む。
これ、意外と近いわ……。
さっきの見晴らしのいい場所から、
本当に、すぐそこだった。
お城の瓦礫で、
さっきの場所からは、
ちょうど、死角になってたんだわ────。
……──" デ、タ イ…… "──……
「「…………」」
──────ガルンの上顎が、そこにいた。










