門番は今日も、おっちゃんする〆 さーしーえー
俺の疑問を言えだと……。
「デレク、お前は、気づいているのか」
「トルネ、それを確かめたいんだ。他ならぬ、お前と」
「…………」
夜明け前の、小さな光の魔石がついた店内で、妙な沈黙が流れた。
疑問……疑問、だと?
そうさ、気になっているさ!
俺だって、昔は冒険者になるために、必死に勉強したさ。俺は弱かったからな。それを知識で補おうとしたんだ。だから、わかる。あそこに、あの3人がいた、異常性を。
「…………」
「いいのよ、トルネ。娘のことだもの。」
「ソーラ……」
「聞かせてほしいのよ」
この2人には、かなわんな。
……俺は、正直に話す事にした。
「……俺が今から話すことで、お前たちは俺に失望するかもしれん」
「いいから話せって」
「ふふふ」
「けっ。……まず、あいつらがいた位置がおかしい。」
「位置?」
「ああ。最初の火が見つかった位置を覚えているか。」
「山の中腹だ」
「そうだ」
「? 何がおかしいの?」
「アンティたちを見つけたのは、街から700メルの所だ」
「え……」
「山の中腹までは、短く見ても、2ケルメル、つまり2000メルはある。……離れすぎているんだよ」
「でも火の場所に、最初にいたとは……あ」
「ソーラも気づいたか。そう、ユータの火の魔石だ。あの火は、自然に考えて、ユータがつけたんだ。バーグベアを攻撃するために」
「そんな、バーグベアって……」
「次におかしいのが、それだ」
俺は、酒を口に含み、続ける。
「アンティ達を見つけた場所に、バーグベアの爪痕と血があった」
ソーラが、信じられないような驚いた顔になる。
いつも笑っている彼女がすると、すごい違和感があるな。
「そんな……」
「ひとつ、バーグベアは、近くにいる獲物を逃がしたりはしねえ。子供3人なら、尚更だ。食わないという、選択肢はない」
ソーラが、ギュッと、膝の上のスカートを握る。
「ふたつ、あの血はアンティのじゃねえ。バーグベア自身のものだ。……バーグベアってのはな、転がって山を移動することがある。体は、長くて硬い毛に覆われていて、普通の木や、剣じゃ刃がたたねえ。……血が出たって事は、誰かに、攻撃を受けたってことなんだ」
「何を、いいたいの……」
「最後に、あの消えた山火事だ」
「…………」
「火の精霊が、あんな都合の良いタイミングで、現れるかってんだ!!!」
思わず酒をあおっちまった。
「デレク……」
「大丈夫だ。結果は、みんな無事だった」
「ああ、そうだ。そして、すべての点に、居合わせている人物がいる」
もう、ここまで言えば、ソーラも気づいている。
「アンティだ。……俺はなんてバカな事を言っているんだ。くそぅ。でも、筋が通るんだ。どうやって、山からあんな短時間で、街の側まで動けたのか! 子供2人もいたんだぞ! おそらく付いてきたバーグベアをどうしたのか! ……監視は、しばらくは、する! だが、俺はもう、見つからない気がしているぜ。それに、あの炎。どうしたっていうんだ……どこに消したってんだよ」
「「…………」」
つい、疑問に思っていた事をぶちまけちまった。
「……わるい」
「いえ……あなたがそこまで言うなら、かなりのことなんでしょう?」
「……ああ」
「でも、だからこそ、何かの間違いじゃないの? そんな、非常識な事に、あの娘が関わっているなんて……」
「ソーラ、気持ちはわかるよ」
「デレク」
「だが、考えてみろ。なぜ、子供達は、あの距離を移動したのか。なぜ、バーグベアはいなくなったのか。なぜ、火はきえたのか。」
「……──────守るため」
「その通りだ、ソーラ」
どうやったかは誰もわからない。
だか、何故それらが行われたかは、明確すぎる。
守るため。
子供達を守るため、移動した。
俺達を守るため、バーグベアは追い払われた。
街を守るため、火は消されたんだ。
「…………」
デレクの話を、俺が引き継ぐ。
「守る、という明確な意志。あそこにいた者で、それを強く持っているのは、ガキンチョ以外に、あいつしかいねぇんだよ……」
「────アンティ」
そう、彼女しか、いない。
「嬢ちゃんがやった。そうとしか、考えられない。俺は門番失格だ。おかしいぜ。何故、こう考えちまうんだ」
「トルネ、そんな顔をするのはよせ」
「なぁ、嬢ちゃんは、この前、能力おろしだったんだろう。デレクよ、嬢ちゃんの手に入れた力は、どんなものなんだ?」
「トルネ」
「もし、バーグベアを1人でのしてしまえるようなスキルなら、嬢ちゃんは将来、ゴールドランクにもなれるかもだぜ! 俺と違ってな!」
「……おい、トルネ!」
「! すまん……」
嫌な空気にしちまった。くそっ、ダメな酒になっちまってる。
「すまん……悪かった」
「……仮にだ」
「?」
「俺の娘が力を持っていたとして、将来どうなる?」
「将来? ……強い冒険者がつく仕事、ってことか? ……そうだな」
酒をとめて、水を飲むことにする。
「──ふぅ。宮廷お抱えとか、貴族に雇われるとか、色々あるんじゃないのか? よくわからん。金には困らんだろうが」
「アンティが、そんな事を望むとは思えないわ」
「あ……」
「そうだ。俺は、アンティにそこを聞いてみたい」
そうか……そうだよな。
嬢ちゃんがどうしたいのか。
それが1番だな。
……俺は何を腐っていたのだろう。
「──お前たちのような両親がいて、俺はアンティが羨ましいぜ」
「な……はっは。何を言い出しやがる」
「ふふふ」
「ホントだぜ? 俺の親ときたらよ……」
そこからは、嫌な空気などなく、明け方まで食っちゃべっていた。
久しぶりに楽しいメシだったぜ。
夜明け直前、アンティが、目を覚ました。
元気そうだぜ。このおてんば娘め。
アンティは、勝手に森に入っていた事を気にしていた。
だが、俺達はわかっていた。
嬢ちゃんが行かなければ、大切なものが失われていたって事を。
もう、確信していたんだ。
「ひとつだけ、答えてほしいんだ」
「……どしたの、急に」
「お前、バーグベアに、会ったか?」
デレクの質問に、嬢ちゃんの顔は凍った。
その後に、何とか言葉を紡いだようだった。
「……遠くに、ちょっとそれっぽいのが見えたから、ユータたちと逃げたのよ。慌ててね」
「…………」
ばかやろー。バーグベアを何だと思ってんだ。
それっぽいのが見えたら、もうおダブツなんだぞ。
そして、こう言っちまった。
「こんな15歳の乙女に、熊なんて倒せる訳ないじゃない」
嬢ちゃん。
会ったかどうかを聞かれたのに、
なぜ倒したかどうかの返事をするんだい。
……まだまだ、子供っぽい所がありやがるな。
「……そうか、そうだよな……」
その言葉を聞いたデレクは、何だかホッとしたような、納得したような表情だった。
ソーラも、とてもにこにこしている。
今のやりとりで、2つの事がわかった。
ひとつ。多分、バーグベアはもう倒されている。火を消したのも、多分嬢ちゃんだ。
ふたつ。嬢ちゃんは、それを隠したい。有名になりたい訳じゃない。守るために、使ったんだ。
俺は、ゆっくり目を閉じた。
俺は、感謝していたのだ。
誇らしかった。
力を持っても、増長せず、何かを守るための力を隠すなど。
若いときの俺に見せてやりたいもんだ。
嬢ちゃんがいなければ、この街の人々は、悲しみに包まれていただろう。
嬢ちゃんが、この黄金の少女が、1人で戦ったのだ。
すべてを守りぬくために。
その嬢ちゃんが、力を隠したいと言う。
誰にも言うものか。ぜったいに。
俺は、俺は、彼女が誇らしい。
守りぬく、アツい心を持った、
世界一の、食堂の看板娘だ。
数日、経った。
結局、バーグベアは見つからなかった。
街門の閉門時間は、元に戻っている。
森が焼けたので、魔物の目撃情報がグンと減った。
こりゃ、街を拡げられるかもしんねぇな。
今日、アンティのお別れ会が、食堂で開かれている。
ドニオスで、冒険者として挑戦したいらしい。
正直、ちょっと期待しちまうぜ。
俺は運悪く、門番をしているが。
くそう。コノボめ、覚えてろ。
学校の連中は、魔法の授業が楽しくて、ほとんど来ていないそうだ。
気持ちはわかるが、薄情者め。
嬢ちゃんがいなければ、この街は無かったんだぞ。
言わんけどな。
明日の昼前には、嬢ちゃんはここを通るはずだ。
その時の挨拶を、考える事にする。
街を救った英雄の、慎ましやかな旅立ちを讃える言葉を。
俺の名は、トルネ・クリーガー。
この、カーディフの街の、門番のおっちゃんだ。