悪魔が笑う さーしーえー
「とめ、なきゃ……」
ラクーンの里の、焼き魚の宴の夜に。
パチパチと鳴る、夜の焚き火の側で。
あの小さな夫婦は、おしえてくれた。
まだ、ラクーンが、
"アライ族"と呼ばれていた頃。
闇に覆われたレエンから、
"あんこくワニ"が、現れたんだって。
目が三つ、顎三つ、尻尾三つ。
それは、天を突くような暗黒で、
里からも、よぉく、見えたんだって────。
「ガルルルルオオオオオオオオオオオンンン───!!!!!!」
「────」
咆哮がビリビリと、仮面を、振動させる。
目から、耳の後ろまで、抜けていく。
震えた空気は、いつもと違って、
押しのけられない気がした。
身体が、空気で固まる。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
なんで、あんな────。
─────────────────────────────
>>>まるで怪獣映画だ……
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『────……比喩として模範的過ぎます。』
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>>>……そうだね
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『────アンティ。』
「……やれる、かな」
『────。』
───ガルルルルオオオオオオオロロホロロオオオオンンン───!!!!!!
あいつが。
あのバカでかいのが、
あの、馬車モドキの、元だって言うの。
バカでか、過ぎでしょ……。
バカよ、バカバカ……。
「──すぅ────はぁ、──すぅ────はぁ……」
知らない間に、大きく、
胸全体を使って、呼吸をしていた。
「待って……。貴方、アレに突っ込む気ですか」
ガッと、イニィさんに肩を掴まれる。
紫の爪。
「……私、あいつのコト、あのバケモノのこと、ちょっと知ってるの……私は多分、アイツを止めに来たのよ」
「その、限界間近の身体でですか」
そっ、それは……
「あなたのその王冠の宝石。確かにそれは、私のよりも、優れた時限結晶なのでしょう……しかし、貴方と私には、決定的な違いがある」
「イニィさん……?」
「杖に装備しているか、"スキルの一部"になっているか、の差です」
「──ッ! どうして……」
「私の"眼"はそういう事が、見えやすい。いや、もうこの身体も、人ではないわね……」
「────……」
「聞いて。私の杖は、時限結晶の冷却時間が杖に設けられる。でも、貴方は違う────」
紫の髪の悪魔が、
暗黒の咆哮の中、
私に、忠告する。
「──貴方のその鎧の"熱"は、"防衛本能"だ。その時限結晶は、底の無い力を秘めている。でも、それを使う際の……"摩擦力"のようなモノを、貴方の小さな少女の身体で、受け止め続けられるはずが無い」
「防衛、本能……?」
「あなたはその鎧に、大切に思われている」
「ヨ、ヨロイに……?」
ヨロイって、この、黄金の龍の……?
私の熱暴走は、歯車法を使いまくって、
歯車が焼け付いてしまうってことだと思ってたけど、
それだけじゃ、ないの……?
そう言えば、一番最初にカーディフで、
バーグベアに蹴りかました後の熱暴走が、
今までで一番、起き上がるのに時間がかかったかも……。
ヨロイを見る。
確かに、歯車自体からも湯気が出てるけど、
改めて見ると、ギザギザの装甲のスキマとか、
繋ぎ目に見える所からも、煙が出てる。
……私の熱を、外に出してくれていた……?
──ガルルルロロルルルルロロオオオオォォォン!!!!
──はッ!!
「──いかなきゃ─!」
「待って。あなた、私の話を聞いていたの」
「は、離してよイニィさん! なッなんで止めるの!? 今しかないじゃない……! 何とかするには、今しかぁ……!」
た、確かに今、歯車法で出来ることは少ないッ!
だいぶ、焼けついちゃってるしッ!
でも、今、休憩してるヒマなんか、ないじゃないッ!
涙がまた、溢れてしまう。
前が見えない。いやになる。
なんで、こんな時に、
視界まで、私を止めようとするの。
「いく! ぜったいに、とめるッッ!」
城から、飛び降りようとする。
どこまで行けるか、わかんない。
今の調子じゃ、"准反重力"システマはキツい。
空中の歯車の上を、走っていけるかな。
────ガッ!
「────え?」
ぐるん、と、視界が回る───。
────どシャア──!!!
「──ぐうッっ!!」
なん、だっ!?
床に、叩きつけられたのっ!?
──イニィさんにっ!?
「な、何すんの! イニィさ──……」
「なんでなの……」
「え──?」
体を起こそうとしたら、
上からイニィさんが、
覆い被さるように、しゃがんでくる。
灰色の空と、逆さまのイニィさんの顔が見える。
変だ。
さっきまでのイニィさんは、
もっと、感情的だった気がする。
それが、ゆっくりと削げ落ちているような……?
この時、
上から覗き込むイニィさんに、
私は少し、恐怖を感じていた。
「え……と」
「あなたは、なぜ、この街を助けたいの?」
「なんで、すって……?」
いきなりの言葉に、
黒の咆哮さえ、耳に届かなくなった。
何をッ……今さら……!!
「なにを……何を言ってんの!! イニィさん!? 見て、見てよ! 街が、まっくろに、のみこまれているよッ!? あれ見て、何とも思わないの!?」
「…………わたしは」
「なんなのっ!? あなた変よッ! さっき、あなた、言ってたじゃない! 街が飲み込まれて、平気な訳がないって!! 普通、そうでしょう!! あなたも、そうだよねッ!?」
「……"普通"?」
────カガッ!
「──っッ」
左の爪で、右の耳を、
右の爪で、左の耳を、
押さえつけられている。
───ギギギ、ギギギギギ……
「────」
『────警告。イニィ・スリーフォウの精神も魔物化している可能性:示唆。敵対象に登録しますか。』
─────────────────────────────
>>>まって クラウンちゃん……
たぶん ちがう……
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私を見下ろすイニィさんの顔から、
表情が、消し飛んでいる。
ギリリ、ギリリと……仮面に、紫の爪が、食い込む。
「イニィ、さん……? わ、たし……」
「私が、どんな風に育ったか、知らないだろう」
────もう、喋り方が、違った。
「イニィさ……」
「私は言葉を覚えるのが早かった。何故だかわかるか」
「……」
「私の目は、全部、色で感じるからだ。滑稽だろう。涙が通る穴すら、空いていないというのに」
なにも、言えない。
「逆なんだ。私はね、貴方達より、ずっと見えるんだよ。心の色、言葉の色、音の色……私はな、最初から、全部、"見て"、育ってきた」
『────排除推奨。』
─────────────────────────────
>>>ギリギリまで まって
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「ガキの頃、私を世話してくれたのは、お父様が選んだ、比較的、良い人そうな人間だった。社会的に見て、外面が良さそうな、綺麗に見える人間たちだ」
「……!──、──」
「もう、だいたいわかるだろう? 私にとって、外面なんて、あって無いようなもんだった。私の子供時代はね、醜いヒトの心の色に、耐え続ける時代だったんだよ」
「な───……」
────ガルルルロロオオオオオオンンン!!!
言葉は出ず、遠くで、黒い神様が、ないた。
こんなところで、寝転んでる場合じゃ、
ないかもしれない。
でも、私の瞳は、
彼女の虚無の瞳から反らせず、
遠くの咆哮は、何故か、
目の前の悪魔の心に、同調した。
「顔があっても、壁があっても、言葉があっても、ダメだった。みんな、見て取れた。隠しては、くれなかった。形だけの笑顔の色。心の色と逆の言葉。2つ先の部屋も、下の階の調理場も、みんな、見たくなくても見えた。毎日……毎日……毎日……」
……ギギギ、ギギギギ。
「う、あ……」
「6年も生きていれば、理解するよ。私は、これらの中には、いてはいけないと。嘘にまみれ、綺麗に取り繕おうと宣う者達の中で、私は、見えすぎた。私は全てが嫌いだったし、全ては私が嫌いなのを、私に隠す事ができなかった。私は、これらの人間たちと、違う種族だったし、そうでありたかった」
「そ、ん、な……」
「……私は子供ながらに呪ったよ。神様がいるなら、なんで私に、こんな、"絶対に人を嫌いになる眼"をくれたんだろうって。ひどいよ。汚い……穢いよ……」
『────……。』
─────────────────────────────
>>>…………。
─────────────────────────────
イニィさんの顔は、無表情で。
私の仮面に突き立てられた爪は、震えてて。
私は、この人をなにも、知らなかった。
でも、それなら……!
「そ、れならッ──!! なんで!! あなたはこの街のために戦っているのッ!? そんなに、全部の人がキライならッ! なぜ、守ろうとしたのっ……さっきまでの"騎士"のあなたは、何だったの……!? あなたはさっきまで、守りたいと、足掻いていたわっ!?」
わからない……わからない、わからないっ!!
だって、騎士、イニィ・スリーフォウは、
あんなに、街のために、勇敢に戦っていたわ!
暗黒に飲み込まれた街を見て、憂いていた!
すべてを嫌って、憎んでいるなら、なんでっ!!
「"すべて"じゃあ……なかった、から。どうしても、嫌いになれない人がいた」
「それって……」
「7歳の時に、身体中の血管を、ナイフで切った」
「! うあ、ああ……」
「こんな世の中に、私はいらない。だって、嫌いな人間の方が、数が多いのだから。私が、耐えてやる必要なんてない。私は、満たされた気分だった……武器庫の中で、冷たい石の床に吸い込まれるようで……やっと、人を憎まずに、いられるように、なるって……」
この人を、私は……
簡単に理解は、できない。
「そしたら……お父様に、見つかってね? もんのすごく高いポーションをぶっかけられて、その後ぶん殴られたわ」
「…………」
「その後……泣きながら抱きしめられて、言われたの。"お前が全て嫌いなのは当然だ、でも、何とか生きてくれ。俺のために、生きてくれ……"ってね?」
「あ……」
少し遠くに転がった、
木になってしまった、ゼロンツさんを見る。
「……断言する。あの時に見た"色"が、世界で一番、美しい色だ。気高い騎士の心に秘めた、本物の、心の色。ナイフの痛みは覚えてない。でも、あの"色"と、殴られた痛みは、忘れることができないの」
「イニィ……さん」
「笑うといいわ。私は、全てが嫌いなのに、あの人だけは嫌いになれなかった。私はね? たった一人の好きな人のために、この世の全ての嫌いなモノを、まるで好きになったかのような、お芝居を始めたのよ」
「う、ぅあ……」
「顔の包帯を取って、あの人が愛する物をまもって、あの人が言った事を、例え真実ではないにしても、死にものぐるいで、貫き通した。憎しみを堪え、穢れた色を踏み潰し……なんとか、"普通の人間"に見えるようにね。騎士団の者達は、次第に私を、仲間だと誤認し始めたわ」
「……、……」
「素顔を晒し、杖と鎧を纏って、初めて隊に参加した時……ある騎士が、こう言った」
「──」
「──"お嬢さんって、割と普通なんですね"」
「──! 、……ぅ」
そ、れは。
そんな、こと……。
「……次々に、出るのよ? "今まで辛かったよね、よくわかるよ"って──」
「う、あ……」
「その時がね? 私が、イチバン、人を、殺したいと思った瞬間だった……。その時の自分が……ちゃんと、人間のフリを、出来ていたのかどうか……」
『────……。』
─────────────────────────────
>>>……。
─────────────────────────────
「私が、自分を"普通"に見せるために、どれだけの憎しみを食い殺してきたか、どれだけ全てに嘘をつき続けてきたか、どれだけ生き恥を晒してきたか……ぜったいに、誰も、しらない」
震えてる。
紫の悪魔の、その心が。
ガクガクと、ギリギリと。
「別に、彼らが悪い訳じゃないって、わかる。……でも、私は、言いたかった」
──もう、涙で、見えない。
「──"おまえらごときにぃィ、"共感"など、できないぃぃ……!! おまえら、ご、と、き、に……! 私、への、共感などォッ……! ふざける、なよ……! う、うぬ、ぼれるなよッ……!! 私が、どんな……ッ! この、お父様への愛は……! 世界への憎しみは……私だけのものだ……ッ!!」
「う、う……」
「……最初、ね? この変わり果てた身体を見て、サキュバスかと思った。ああ、そういう事なのかなって……でも、悪魔か、って。当然なのよ。この姿はね、多分、私に一番相応しい形に、なっているのよ」
「う、う、うぅあ……」
彼女から、滲み出すのが、止まらない。
騎士の誇りに隠れていたものが。
必死に押さえつけていたものが。
悪魔の身体になって、
抵抗もなく、外に、漏れだしていく。
「…………私がね? 街が無くなるのを恐れていたのはね? 私が今まで、自分を全部否定してやってきたお芝居が、無駄になってしまうからよ」
「イニィ、さぁんん……!」
「あの人が愛した街を守るために……私がしてきた犠牲が、全部、ムダになるなんて……そんなの……ひどすぎるよ……」
グググ……、と。
逆さまに見下ろした彼女の、
紫で裂けたような顔が、
私の顔へと、距離を、つめる。
「……ねぇ、教えて? 街が、こんなになったら、"普通"は、助けたいと思うの? ……私は多分、普通じゃないよ? あの人が愛しているから……あんなにされた人間の笑顔も、助けるのよ……? ねぇ、貴方は、なんでそんなに、助けたいの? ここは、貴方の街じゃあ、ないでしょう? 何でなの? なんで、あなたは"普通"に、ここを救いたいの?」
「──────ッッ……!」
こわい。
こわい。
でも、かわいそうだ。
なんで、こんなふうに、
なってしまったの。
この、紫の目のせいで、
この人は、私じゃ知りえない、
醜い所ばかり、気づいてしまった。
予想でしかない。
でもそれは多分、
全ての優しさや笑顔が、
嘘だと思えるには、充分で。
人の奥底にある、
本来は隠す機能があるものまで、
彼女は見て、
耐えなきゃ、ならなかった。
悪魔は、私に問いかける────……。
「ねぇ……教えてよ。貴方の、"普通"を。なんであなたは、ボロボロになって、ここを、守るの────……」
私は、こたえなきゃ、いけない。
この悪魔に、心の嘘は、つけない。
真実の、答えを────。
「 気持ちよく、眠りたいから── 」
「は?」
『────……。』
─────────────────────────────
>>>うわぁ
─────────────────────────────
…………。
「今、なんて……?」
「だっ、だからっ! 今日、気持ちよく、眠りたいからよっ!!」
「…………"気持ちよく、眠る"……?」
「そっ、そうよ──!!」
だ、だって……!
突き詰めていくと、そうならないッ!?
「……そんな事のために?」
む、むっかぁ────!!!
「い、イニィさん! わ、私はねっ、言ってしまうと、別に、みんなのために、人を助けたいって思っているわけじゃあ、ないんだかんねっ!! ただ、今日一日で、困ってる人がいて、それをほっといて夜に寝たら、そんなの、気持ちいいわけないじゃないのっっ!!」
「────……」
「わっ、私はねぇ……こんなカッコしてるけど……ぜんぜん、正義の味方なんかじゃあ、ないんだかんねぇ……! ただぁ、私が明日も、明るくいられるように……今を、ちゃんとしたいだけよぉ……!」
「……? "正義の、味方"……?」
うう……、正直に本心を言うのって、パワーいる。
最低だ。
明日、私が笑っているためだけに、
ひとを、助けたいって、宣言したっ……!
今、すごい、ひっどいことを言ってる気がする。
けっきょく、自分のためなんだよ?
こんな、クルルカンの格好してるけど、
結局、私は、私がイチバン大事だ……。
うう、なっさけない。
ほんものの英雄なんかじゃ、ない。
でも……、私の、本心だ。
「……あなたからしたら、バカみたいでしょう……でも、そうなのよ……。私は、明日に向かってスッキリするために、気持ちよく、眠りにつくために、今日を、やりとげたい。"私のために"、みんなを助けるの……よ……って」
「────────」
う、うわぁ。
ガン見である。
瞳は無いけど。
2本の紫のお手手で、
顔を掴まれ、
至近距離に、顔。
コレ涙でるって。
ううう、うううう。
だってぇ……。
そりゃ、イニィさんの壮絶な、
街を守る理由に比べりゃ、
私のポリシーなんか、生ゴミみたいなモンよォ!
でも、それが本心なのよォ……!
明日、イヤな気持ちになんのイヤでしょおお!
だから、今がんばるしかないでしょおょおぉぉ……
ううう〜〜………
『────……アンティ:らしい。』
─────────────────────────────
>>>いやぁ〜〜 ブレないよね〜〜
─────────────────────────────
……ん、だ、と、コラ!?
「……気持ちよく眠るために、アレに、突っ込むのですか……?」
「──っそうよッッ! 悪いっ!? あっ」
やべ。
クラウンと先輩のノリで、
イニィさんに怒鳴ってもた……。
「────く」
く?
「く、クぷ、キ」
……くうき?
………???
「プく──! キャハハ、キャハハハハハハハハハハハッッ──────!!!」
─────ぬなっ!?
『────対象:イニィ・スリーフォウの爆笑を確認。』
「え、えええええええぇ……!?」
─────────────────────────────
>>>うわぁ イメージがぁ……
せっかくヒロインぽかったのに……
─────────────────────────────
ば、ば、爆笑、していらっしゃる……。
悪魔イニィさん、キャハってらっしゃるわ。
おい……騎士イニィさん、どこいったかえせ……。
「キャ、キャハハ、キャハハハハハハハハハハハ──ッ!!!」
反り返って、笑う。
悪魔が、笑う。
かなぐり捨てて、
鎧などなく。
本能のままに、
紫爪を逆立て。
誰も気にせず、
身体をゆらし、
笑う。
「ふ、く、く……。あ、貴方、そんな事のために、あんなのに突っ込むのですか? そぉんな、ボロっボロで──?」
「あ、あによぅ!! そそそそんな笑わなくてもいいじゃない!!」
「笑う……? ……そう、ですね。何故、笑ったのでしょう……」
いや、そんなの私が聞きたいって……。
「……あーあぁ……私の生涯で、こんなに笑ったのは初めてです」
「笑われた身としては、複雑なんだけど……」
「……あんな主張を、本心からするからですわ?」
「ぐっ!」
「…………ふぅ」
覆い被さっていたイニィさんは、
爆笑のタイミングで弾けるように退いた。
少し、熱さがマシになった身体を、
踏ん張りながら、立ち上がらせる。
目の前には、悪魔。
彼女は、悪魔になってしまった。
こちらを、真っ直ぐ見ている。
そう、見ているのだ。
しかし、その顔は、
どこか、清々しく見えて────。
……──スッ。
「──!」
イニィさんが、爪まみれの片腕を、あげる。
────……ぅオオオン……。
「……──杖が……!」
一瞬で、杖が、手に収まる。
白をベースにした、十字架の。
悪魔に似合わないはずの、神聖な形、色。
十字の中央には、紫の宝石が、
輝いている──────。
「……なんで、人間は、みんな、貴方みたいに、できないのかしら」
「へっ」
────クルクルクル、ガシャン。
「……──ねぇ、貴方、卑怯だわ」
「へっ……はいッ!?」
なんすかいきなり!
「……とっても卑怯よ。こんなトコロで、"好きな人間"が増えるなんて、思わなかったわ」
「え……えと……」
「ねぇ、ピエロちゃん? ……貴方まさか、一人では、アソコに、いかないわよね──?」
「! ……──イニィさん──!!」
悪魔が笑う。
不敵に笑う。
首を傾け、
少々、柄の悪い笑みを。
さっきまでの気高き騎士は、
いなくなってしまったのかもしれない。
でも、なんだか、それは、
すごく、しっくりときて。
目の前の、
十字杖を、ツルハシのようにかつぐ、
お姉さんがいる。
お淑やかな顔立ちで、
裂けるように、笑っている。
クルルカンは、悪魔にも、人気みたいだ───。
「───いいわ。貴方のために、忘れてあげる。憎しみを、忘れてあげる。ほら……いくよ。────こっちだよ、ピエロちゃん。覚悟は、いーい?」
「────いまの!」
今の……"こっちだよ"……!
しっくり、くる……!
やっぱり、私を呼んだのは……!
「……ふふ。しゃべり方は、前の方が良かったですよ? イニィさん」
「あら、貴方もけっこう、柄悪そうだけど?」
「ぐっ」
金の道化師と、紫の悪魔が、
────暗黒の方を、向いた!
ガルン「あの、そろそろ鳴いていいすか」
かば「ちょいまちぺィは払うから」










