むかしのアイツ さーしーえー
父と、王に会いに行くと、
決まって、ピアノのある部屋での会食となった。
それなりの頻度の会食は、
会話が途切れてしまいそうなものだが、
終始、王は嬉しそうだったのを、覚えている。
ピアノをおひかせになるのですか、ときくと、
ふとった王は、珍しく困った顔で顔を横に振り、
艶のある黒に触りながら、私に言った。
「ワシはな、実は、この楽器が苦手なのじゃ……」
「……そうなの、ですか?」
「妻を、思い出す……」
「……」
「あ……いや、すまぬの」
「……イチサ様が、ひかれていたのですね」
「……うむ」
「……」
「それにの……」
「……?」
「見よ。この鍵盤を……。お、イニィや、そなたには、この色が感じられるのであるか?」
「! ……はい。白と、黒の調和が」
「……"しろとくろの調和"、か……」
「……? イデカ、さま……?」
「いや……。その調和が、美しい旋律を奏でるなら、どんなに素晴らしいことか……」
「…………私めが、何かお気に触ることを申し上げたなら、謹んで、お詫び申し上げます……」
「──! ち、ちがう、ちがうぞ、イニィ。ソナタに何を言われようと、ワシが機嫌を損ねるなどと……そんなことは、世界が滅んでも、無いじゃろうて……」
「……! お、大袈裟でございます……」
「事実じゃ……イニィよ、ワシがこの楽器を苦手なのはな? 白と黒、そのふたつの戦いを、連想してしまうからじゃ……」
「"白と黒"の、戦い……? ……それは、"善と悪"のような印象をお持ちになると、そういう事でございますか?」
「……そうさな。そのような事に、近いのやもしれん。相容れぬ二つが、噛み合い、同じ場所にある。それを、ワシは苦手としているのじゃ……」
「……」
「なのに、妻を忘れられず、このピアノは、ぽつんと、ここにあり続ける……愚かな王を、笑うがよいぞ……」
「そ、そんなことはっ!」
「ほほ……。しかしな、もし、今、ゼロンツに探してもらっているモノが見つかれば、"白と黒の調律"が、とれるかもしれん────」
「……──"白と黒の調律"?」
「うむ……この世の、どこかにあると言う……"賢者の石"があれば……」
「"賢者の石"──……?」
私は、彼女の王の証に光るソレを見て、
昔、王とした会話を、思い出していた────。
隣で肩を貸す彼女が、
垂れる金の髪の隙間から、
仮面と同じ色の瞳を覗かせ、
私に語る────。
「────イニィさん、あなたと私は似てる。父さんが見つけた宝物で、日常がガラリと変わってしまったってところが」
「───あなた! まさか……そんな……!」
「……───イニィ……? ドウ、シタのダ……?」
床に転がる木の怪異の顔が、
人の表情をもって問いかける。
お父様……彼女は、持っているのですよ。
お父様と……イデカ様が、探し求めていた物を。
………そうか。
これが、この真紅の宝石こそが。
あなたの無限の、源なのですね……?
「……お父様。この少女も、私と同じ、"時限の担い手"です」
「へっ」
「!! ナ、ナんトッ!! で、でハ、その赤ノ宝石ハ──!!」
「……赤の時限結晶──"賢者の石"。
私の持つ、紫の時限結晶を超えた、無限の存在──……」
「へっ」
「……────信じラレん……」
見事な、赤だった。
深く、飲み込むような、赤。
なるほど、金の王冠より、
無限の流れの鼓動を感じる。
しかし……黄金の流路は、
この奇跡の宝石だけからではなく、
この少女の全身からも、
流路の煌めきが発せられている……!
「──?」
キョトンと、首を傾げる少女は、
自身の特異性をわかっているのだろうか。
私のように、杖の力を借りているのではない。
なんというか……恐らく、この赤い宝石は、
能力的な面で、彼女に"同化"している。
信じられない……ことだわ。
"無限"と、一体となってるの?
その力を身に宿して、
不調を来たしていないだけでも、奇跡だわ……。
「あなた様は……私を助けに来て、くれたのですか?」
「──! うんっ!」
「……──オヌシのような、"派手な使い手"がいレバ、王宮の耳に入ると思ウのダが……」
「ぐっ……! そりゃそうよ……私、この時代の人間じゃないもの……」
「──!? 今、なんと!?」
それは、どういう……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!
────!!!
この地鳴り……いったい何が!?
「……──ぐがッア、アア……!」
「!? お父様」
─────────────────────────────
>>>おいおい
何かヤバイ雰囲気じゃない!?
─────────────────────────────
「クラウン、何が起こっているか分析できる!?」
『────流路感知機構を搭載した歯車を射出可能。
────アンティ、あなたは今、かなりのスキル経験値を消耗しています。本来なら、あなたのコンディションを優先したい。』
彼女のヨロイに残された、
僅かな金の輪の装甲が、
ガチャ、ガチャ、と、
せり上がっている。
─────────────────────────────
>>>アンティ 今から出すのは
遠くの者を感知するデバイスだ
でも 今のきみには……キツイよ
─────────────────────────────
「やって」
『────レディ。射出開始。数:14。』
ヂャキ、バシュ、バシュバシュ、バシュ───……!!
「──、──く」
彼女の鎧から、黄金がいくつか解き放たれ、
その身体が、ぐらりと、傾く。
「──!! あなた、大丈夫なの……!?」
肩を貸してもらっていた私が、
逆に、彼女の肩を支える。
──! 私、身体に力が入る……?
先ほどまで、なかなか動かせなかった、
この、紫の悪魔の身体が……!
「──く、く……」
「! しっかりして……あなたは、"賢者の石"の担い手なのでしょう……!」
項を垂れるようにぐったりとして、
辛うじてしゃがんだ足で身体を支える道化師。
木となったお父様を見ると、
こちらも辛そうな表情で、
意識を失っているように見える。
どうして、
私の身体は、動かせられるようになったの……?
金の鎧から出る湯気が、少し、強くなった。
『────アンティ。』
「く……あ、だいじょぶ……」
『────分析完了。
レエン城を中心としたエリアに、暗黒属性の魔術流路の展開を確認。範囲:正円状になおも増大中。』
──まさか……!
「──"くろい かみさま"?」
──ずぅぅううううおおおおおおおおォォ………!!!
地響きに合わせ、
空間を伝う、咆哮のような音が響き、
城と都を覆い込む。
────後ろに、違和感を感じる。
「……!? 杖がっ!!」
私を守ってきた、杖。
父から授かり、王から託された、十字の杖。
その杖にはめ込まれた、紫の宝石。
その、ヴァイオレットの輝きが────!!!!
ギギギギギっッオオオオ────!!
「────なっ!?」
黄金の道化師が現れてから、
杖の表面には、金の道筋が浮かび上がっていた。
植物の根が、張るように。
それらが、巻き戻すようになくなっていく……!
代わりに染み出た色は、
────漆黒だった。
「杖が……黒く、なっていく……!?」
キキキキキキ────────……!!!
─────ゾブォァァアアアアアアアアンッッ!!!!
「────、──あああああッ!!!?」
「う、あ──……!」
それは、流路の爆発だった。
杖を中心として、真っ暗な闇が、広がっていく。
直線的な、魔力の衝撃波が、私達を襲った。
──ゴッガッ、ゴッ!!
───ビュウウウウウウッ────!!
「くぅぅぅうううう!!!」
「う、ああっ!!」
金の少女と一緒に吹き飛ばされ、
天井と壁が無くなった、
床だけの謁見の間を、すべる。
腕に抱えた金の少女は、ぐったりしている。
やはり相当、無理をしているみたいだわ!
「──くぅっ!」
───ザシュ!
───ギギギギギギっ!!
床に爪を突き立て、
自身と彼女の勢いをころす!
杖からは、まだ暗黒が吹き荒れている。
ぐ……しかし、先ほどと比べて、
ずっと、力が込められる!
身体を床の上で止めることができた!
……もしや、この悪魔の身体は、
暗黒の力を、糧にしているの!?
────ビュオオォァァ───……
杖からの黒い奔流が、
ほんの少し、緩やかになった!
しかし、解き放たれた力は、
杖を中心に、城へ、都へと、広がっていく──!
この場所は、城の頂きに近い所が崩れている。
都を、一望することが出来た。
ズゾゾゾゾゾゾゾ────……!!!!
「──なんて、ことなの……」
都が……!!
都が、暗黒に、のまれていく……!!
そん、な……、そんなッ!!
もう、大多数の無事な住人は、
騎士の同志達が、外に連れ出しているだろう。
でも、これでは────!
「……これでは、皆が帰る場所が、なくなってしまう……!!」
いや、いやだッッ!
この都は、私と違って、
普通の、明るい笑顔も、
溢れていたのにッッ!!
この、穢れた身でもッ、
守れる場所があったから、私は──……!
「いやだ……そんなの……だめだわッッ……!」
杖を、杖を止めなければ……!!
私の杖を……!
大切な人達が、私のために作った、杖!
それで、この都が暗黒に沈むなんて、
そんなこと、あって、たまるものかァ……!!
───ザシュ。
爪を突き立て、床を、ジリジリと、進む。
杖と、私との距離は、そんなには、離れていない。
たとえ、悪魔に身をやつしても、
譲れないものが、あるッ!!
────ザシュ。
──────キィン!
「──! あなた!」
「……ごめん、ちょっとトんでた……いくよ」
金の少女が目を開き、
爪と、ブーツで、身体を、前に、推し進める。
少しずつ、しかし、
まるで、無限の試練のように。
一歩ずつ。
一歩ずつ。
そして────。
────ガシッ。
「つか────……」
「────んだ!!」
──────グオオオオオオオ────!!!!
「くっ───……!」
杖を掴んで、わかった。
この杖は、吸い上げて、しまっているんだ。
反転した、14の、逆さ十字から。
くろい、かみのちからを。
自身の悪魔の力が、増えていくのを感じる……!
ど、どうすれば……!
これを、どうすれば止められるの!!
「──クラウン、たのむ」
「──え?」
『────レディ。射出した歯車14基を流用。流路へのハッキングを開始。』
────────ォォォォオオオオッッ!!
「───!!」
流路の流れが……黄金で、満たされていく──?
『────14基の"転換路"デバイスを捕捉。循環プログラムを攻撃開始。』
「まって……クラウン。それ、十字架のことでしょ……反転は、できる?」
『────分析完了。可能判定。』
「やっちゃえ」
『────実行します。』
─────────
────
─────── ── ── ── 。
────ぅぅぅ────ぅぅぅん────。
「闇が──……」
ゆっくりと、杖からの闇が、静かになる。
杖を握る、黄金の少女を見る。
ぐったりとはしているが、
瞳だけは、魂が宿っていた。
この娘──……。
『────暗黒属性魔法、流出停止。"転換路"も反転後、停止しました。』
「! クラウン……とまった、の?」
キュウウウウウウンン────……。
すごい。
杖がまた、白と金の十字架に戻ってきている……。
あの流れを逆流して力を操作するなんて……。
「さすが、ですね……」
「…………」
「?」
……この娘、確か名前は……アンティと、
呼ばれていたっけ……
惚けたように、都を見ている彼女に、
話しかける。
「……大丈夫ですか」
「……イニィさん……街……飲み込まれちゃった……」
「……そう、ですね……」
……都は、不気味な静けさの中、
暗黒に、埋め尽くされていた。
彼女が杖を止めてくれたお陰で、
どうやら、黒の拡大は止まったようだわ。
……でも、都の見える範囲は、全て、飲み込まれている。
…………無念だわ。
「……あなた様は……アンティ、と、言いましたわね……よく聞いて。幸か不幸か、無事な住人の殆どは、騎士たちが都の外に避難させているはずです。……この都には、もう、怪異しか残っていません……」
「でっ、でも、街がっ! 街が一つ、無くなっちゃったんだよ!? ───イニィさんは、何とも思わないのッ!?」
「ッ! 思わないわけが、ないでしょうッ!!」
「! ッあ────……」
……いけない。
つい、怒鳴ってしまった。
「……──すみません……あなたは、この杖を止めてくれたのに……」
「……ちがう、ちがうの……」
「……え?」
……仮面の下で。
黄金の少女、アンティは……泣いていた。
「……私、きたのに。せっかく、きたのに。止められなかった……! とめやぇ……なくァっ、たよぅ……!」
「あ、あなた……なんで……」
先ほどまで、あれだけ凛としていた少女が、
急に泣き出し、面くらう。
「えっ……えぅ……」
「ちょ、ちょっと……」
神々しさまでも醸し出していた金は、
普通の女の子の泣き顔に、勝つことはできない。
「い……いきなり泣かないでくださいまし……」
私、同性の友達なんて、いなかったんですから……。
どうしていいか、わかりませんよ……。
悪魔になってしまったこの身体で、
どうやって女の子を、泣き止ませればいいの……?
『────アンティ。まだ、終わってはいません。』
──!
彼女の心の相棒が、彼女を励ましてくれる?
「……ぅえ、まだ、街を助けられるって、ことぉ……?」
『────申し訳ありません、アンティ。単純にまだ続きがあるという意味です。─────前方200メルトルテ単位、震音感知:有。』
「────!!」
───おおおおおおお
───おおおおおおお
「…………!」
……──なにか、くる。
───おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
ズズズ……
ズズズ……
ズズズゾゾゾゾゴゴゴゴゴ……!!!
「ガルルルルルルロロホロホロロオオオオオオオオオオオンンンン───!!!!!!」
───……。
───……。
───……。
「…………なんなの、アレ……」
思わず、放心して、言う。
横の少女が、ポツリと、ささやいた。
「……"あんこくワニの ガルン"……」










