門番は今日も、おっちゃんする④
カーディフの街までは、拍子抜けするほど、簡単に帰ってきた。
子供2人と、娘を抱えたデレクに合わせたため、かなりゆっくり進んだが、魔物には全く会わなかった。
……火の回りが予想以上に早くて、魔物達の棲家ごと、焼き払っちまったかもしれんな。
何にせよ、嬉しい誤算だ。
街門の側の、小門をくぐる。
入口には、街のほとんどの住人が集まっていた。
「おお、トルネ達が戻ったぞ!」
「子供たちも無事だ!」
「さすが、トルネだ! 伊達に隊長はやってないぜ!」
「おい、アンティちゃんは大丈夫か!」
騒ぎが大きくなり、住民がそれぞれ喋り出す。
「まて、まて、落ち着いてくれ!!」
俺が側にあった荷台に登り、両手をあげて制すと、徐々に、静かになる。
「まず、子供達は全員無事だ! アンティの嬢ちゃんが囲ってくれていた!」
「すげぇ!」
「さすが嬢ちゃんだ!」
「眠っているのか? 大丈夫か!」
「ああ、本当に眠っているだけだ! この後、安静にして、様子を見る!」
住民たちから、安堵の声が漏れる。同年代の子供には、魔無し、魔無しとバカにされていたが、大人たちはよく、キティラ食堂のお世話になっている。看板娘のアンティに愛着を持っているものは多い。
「トルネよ、バーグベアはどうなったのだ。それに、あの火はなぜ……」
火か……。
「じいさん、ここから何が見えた」
「空に火が吸い込まれておった」
「おれも見たぜ」
「森や山から、炎が引っぺがされて、1度、空に浮かんだんだ」
「その後、1箇所に集まりだしたのよ」
「不思議な光景じゃったのぉ……」
どうやら、あの風が吹いた時、炎が集められていたらしい。
消し飛ばしたのではなく、吸い込んだ、ということか?
……まるで、神の御業だぜ。
「……バーグベアに関してだが、森の700メルまで入った!そこにいた痕跡は見つけたが、近くにいる気配はなかった!」
「おお……」
「こわいねぇ……」
「一応、昼間に見張り塔からの監視を続ける! だが、あの炎だ! もしかすると、遠くに逃げちまったのかもしれねぇ! しばらく街門は規制するが、必要以上に怖がらないでくれ! 何かあれば、必ず伝える!」
「今日の連絡も早かったしねぇ」
「詰め所の奴らはよくやってくれているぜ」
「次に、あの山火事の事だが! ……正直、俺にもよくわからん! 俺は昔、冒険者の真似事をしていたが、こんな事は初めてだ!……あの山火事が、消えるなど」
「はっはっは!! カーディフの守り神のお前がわからないってんなら、誰もわからんわな!!」
「あんなこと、人間にできることじゃないわ」
住人たちからヤジが飛ぶが、あまり否定的な空気はない。この街は、気持ちの良い奴が揃っている。
「……もしかしたら、火の精霊が助けてくれたのかもしれん」
「なんと!」
「マジかよ、すげぇな!」
「カーディフの守り神だ!」
「アンティちゃんを助けてくれたのかもね!」
「こいつは火の神に感謝しなくちゃな!」
ふう……何とか話の向きが決まったな。冷や冷やするぜ。火が消えた場所で嬢ちゃんが見つかった事は、伏せておいたほうがいいな。ゆっくり休めなくなっちまう。
「みんな! 荷物をかき集めてくれたのに悪いが、1度、家に戻ってほしい! 近しい人が、そばに居るのか確認してくれ!」
「おうよ! 気にするんじゃねえぜ、トルネ!」
「そうね! 流石の隊長サマも、火の精霊の事までは、わかんないわよね、はは!」
「おうし、お前ら、いっちょ片付けるぜ!」
「「「「「おうっ!」」」」」
街の人々は、各自、わぁわぁと散り散りになっていく。
アナやユータは、親御さんたちに、シメられたり、泣かれたりしていた。はっ、こんな光景が見れて、よかったぜ。
その中、人をかき分けて、見覚えのある女性が前にやってくる。
「ソーラ……!」
「デレク! アンティ……!」
……ソーラが泣いている所を、初めて見たかもしれねぇな。
街の片付けを手伝おうと思ったが、コノボに止められた。
「晩御飯まだでしょう。食べてきてください」
だそうだ。まったく。いらん気ぃ使いやがって。
道中で嫁さんに会ったが、こっちは大丈夫だから、心配いらないよ! と言われてしまった。女は強し、だ。
アンティも気になる事だし、デレクとソーラのお誘いもあって、食堂にお邪魔することになった。今日は休みにするつもりだし、お前1人分のメシなど、1フヌもかからん! と言われた。
……1フヌはムリだろ、1フヌは。
本当に1フヌで出てきたメシに驚いて、それを食い終えた時、2階からソーラが降りてきた。嬢ちゃんの手当てが終わったらしい。
「どうだった」
「少し切っていたけど、軽い打撲が多いわ~。左肩がちょっと痛そうだけど。跡は残りにくいと思うわ~」
「そうか~! よかったぜ……!」
「トルネ、今回の件は、礼が言葉にできん」
「……突然なに、言ってやがる」
「そうね~感謝感謝だわ~……」
ソーラも笑顔を浮かべながら、涙ぐんでいる。
よせよ、俺は何もしてねぇじゃねえか。
「よせよそんな、ありがたがられるこたぁ、できなかったろ」
水をぐびっと、飲み干す。
俺は、何もしていない。俺は。
「そんな事はない! 街での立ち回りや、捜索の決断もそうだ。俺達は、今回もお前に頼りっきりだったじゃないか」
「俺はユータ達を見殺しにしようとしたぞ」
「ばかも休み休みに言え。あんな辛い顔のお前は初めて見たよ。ユータ達の親も、あの決定を聞いているが、お前を恨むのは筋違いだとわかってるよ」
「…………むぅ」
「ねぇ、呑む?」
ドン、と酒瓶が置かれる。……おい、ソーラちゃん……。
「はっは、軽くやるか」
「は~やれやれ、ソーラちゃんにはかなわん」
「ふふふ~」
夜明け前の、軽い呑み会だ。
何杯か空けたころ、デレクがポツリと言った。
「今回の事は色々感謝してるが、1番感謝している事がある」
「? わかんねぇな、何だよ?」
「街の皆に、説明してくれただろ」
「? ああ」
バーグベアや、火の事だろうか。
? なんで、そこに感謝するんだ?
「おまえ、うまく濁してくれただろ」
「!!」
カンッ! とグラスを机に叩き付けちまった。
こいつ、まさか……どういう意味でいってやがんだ……
「ど、どういう意味だ」
「"火の精霊が助けてくれたのかも" とかだよ。あと、光を放つ流れる物の事も、言わなかった」
「……デレク! お前、まさか……」
「トルネ、俺達しかいない。話してくれないか。お前が今、疑問に思っている事を」