デブっていうな!
過去のイニィさん視点です。
私が16の時。
お父さんが、とうとうあの龍を倒した。
とうとう、やってしまったのだ。
伝説になるくらいの黄金龍を倒して、
ドロップしたのは、何と、時限石だけだったと言う。
しかし、その唯一を調べるうちに、
この時限石が、
恐ろしい力を秘めていると、わかりはじめる。
王族お抱えの冒険者であり、
騎士でもあった父。
手に入れた宝物は、
当然、王宮にその能力を、報告されることになった。
──それが、都の崩壊への序章となった。
数日もせず、新しい王が即位した。
お父様は、真剣な顔で、何かを悩んでいた。
そして、しばらくしないうちに──……、
都で、"怪物になってしまう病"が、
流行りはじめる────。
私が17の時。
やっとわかった。
お父さんが、なぜ、この王に"コレ"を渡さなかったのか。
彼は、知っていたのだ。
新しい王が、ホンモノのクズ野郎だってことを。
闇の霧を集めたような、
ボロボロの羽根を持った怪異に取り押さえられ、
私は、謁見の間の床に、無理やり座らされている。
王の戯言を信じるなら、
この霧の中に、
ニオスさんも、いるかもしれない。
たまにお菓子を差し入れしてくれるだけの、
寡黙で、かわった魔術師だったが、
この顔と能力を持っている私にも、
心地よい、穏やかな流路で接してくれた。
杖だけは、何とか離さずにすんだが、
足の下に挟まれたまま抑えつけられていて、
とてもじゃないが、ふり回せない。
目の前の、体中に時限石を埋め込んだ王が、
ゆっくりと玉座から立ち上がり、近づいてくる。
感じるのは、冷たく、熱い純粋。
狂ったように、綺麗な、流路。
なぜ、こんな気持ち悪いの。
なぜ、何とも思わずに、ここまで、これたの……。
「……いま、僕の"流路"を"見て"いるだろう……」
「ぅ……」
図星だったので、思わず声がでた。
失態だ。
「ふふ、羨ましいよ……見てよ、この体。ここまでしても、僕に宿ったのは、何かと何かを少しだけ繋げるだけの、小さな力だけだ。僕に、"見る"ことはできない」
「…………なぜ」
「お?」
わからない。
なぜ、この王が、こんな事をしたのか。
恐らく、都中を化け物だらけにした。
恐らく、前王も、人では無くなった。
恐らく、化け物をこいつは、操れる。
恐らく、こいつの、夢のためだけに。
恐ろしい。
ひたむきに、純粋に、何かの目的のために。
この王は、自分の都を生贄にしたのだ───。
先ほどから、時空の力が使えない。
この霧の魔人のせいか。
今は、時を稼がなくては────。
「なぜ、なの──……その体……そこまでして、あなたが追う目的……"夢"とは、何なのです……?」
「……」
王は、目を少し見開き──、
「ふ、ふふ。なんだよ、急に"弱く"見えるじゃないか」
何が愉快なのか、ちっともわからない。
────ィィァァアァァア………
後ろには、霧の魔人の顔。
警戒は、解けない。
「なぁ……君は、自分の力について、何も疑問はないのか?」
「え……?」
後ろの魔人に気を取られていて、
突然の敵の質問に、呆気にとられる。
この大罪人の流路は、何故か、悪を感じにくい。
歪んでいて、真っ直ぐな流路を感じる。
だから、悪意を見抜けなかった。
「それは……生まれ持ったもので……流路を感じ、引き出す力……その、事実だけが、あるのみです──!!」
少し、むきになって答えてしまう。
この、刺青のような顔で、
確かに、苦労した時期があったから。
見えない訳ではない。
見え方が、少し違うだけだ。
化け物ではない。
カタチが、少し違うだけだ。
私にも、心がある。
それは、いっしょだ。
目があるべき場所に、
愚かにも、包帯を巻いて過ごした日もあった。
だが、けっきょく外した。
お父様は、好きにすればいいのだよ、と、
私に委ねてくれたから──。
「く、く、く、持って、生まれた……! それだけの理由で、君は、好奇心が、無くなってしまうのかぃ……? たまげたな。君は、人としての大切な何かを、目ん玉と一緒に、母親のお腹ん中に、置いてきてしまったのかな?」
「なっ──!?」
自身の母を侮辱され、
血が煮えるような思いがする。
会ったことのない人だとはいえ、
騎士として。ひとりの娘として。
お父様同様、天国の母には、感謝の念を禁じ得ないッ!!
「きッ、きさまァ──!!」
「その、"杖"──。君は、それが何なのか、知っているのか?」
「なんだとっ!?」
怒りが収まらぬまま、
王が、私に"諭す"ように、
語りかける。
こんな大罪人に諭されるだけで、
とても、感情が動く。
私は、話にのってしまっていた。
「……その杖は、"流路の介入と拡散"を助け、"流れを御する"ことのできる杖だ……」
「な……!? なぜ、それを……」
「ふん……その杖は、なぜ、君が持っている」
な、なぜ、ですって……?
「これは……代々スリーフォウ家に伝わる、守り手の杖だと……! 剣の家系である中で、杖をもって、一族を守る、守護の杖だと……」
「そう父に……あそこに転がっている木のコブに教わったか」
「くっ……!」
ぜったいに、吐かせてやる……。
ああなったお父様を、元に戻す方法を……!
死なぬように斬り、問い詰めるっ!!
「──ほほ、殺気だっているな。だが、きけよ。王がしゃべっているんだぞ」
「ど、どの口がッ!!」
「そうだな……僕は、こう問おう。……"その杖"と、"君の力"……相性が、良すぎないかな──?」
「は──……?」
な、にを──……。
「君は、魔の流れを感じ取り、引き寄せ、杖はそれを掴み、借りてくる……どう考えても都合が良すぎるだろう! ブァあかぁァか君はァ! ……そんな"おあつらえ"な杖が、あの"木くず"の家に、代々、引き継がれている訳が、ないだろうが!」
闇の霧に跪く私の周りを、
王が歩き、蔑んでいく。
だが、憤りよりも、
確かに芽生えてしまった疑問に、
言葉は、漏れだしてしまう。
「……し、しかし……なら……どうして」
そして、目の前の王は、
得意気に、こう告げた。
「──そうだよ。その杖は、"君専用"に、誂えられたんだよ。あの"デブ"によってね?」
「…………デ、ブ?」
…………まさか。
「……"前王"に、よって……?」
……私に……?
「……はぁ……。キョトンとしちゃって。アレだな、"無知は罪"だな。なんでそんなに自分に興味がないの」
「……、……」
わからない、
わからない。
こいつは、なにをいっているの──。
「やれやれ……シラケるなぁ……僕はあんなに調べたのに……よいしょっと」
宝石まみれの肌を晒し、
愚王が、目の前に胡座をかいた。
警戒すべきだが、うまく感情を御することができない。
……そんなわけない……ありえないわ。
私のような、穢れた力を持った者を。
一国の王が、気に止めるなど────……。
「……君は、なぜここに街ができたか、知っているかい?」
唐突に話題が変わる。
今の私には、声を返すことすらできない。
目の前の若い王は、くだらなそうな顔で話す。
「しかたない。教えてあげよう。他人ってわけじゃないしね。僕は、世界一優しい紳士だと、自負しているんだ?」
──何も考えられず、今は、きく。
「ここはね……むかぁ〜しむかし、"神様の世界の入口"を、封じた場所なんだ〜」
──王は、お伽話を語りはじめた。










