愚直 さーしーえー
『ああ……そんな、そんなぁ……』
『……イニィ、にゲろ……逃げルんダ……』
「ひどい……」
杖をガグガクと揺らしながら、
思わず、イニィさんが、
その"木の塊"に、駆け寄り、膝をつく。
姿が変わってしまった、お父さんに……。
『いやぁ〜、そいつにも怪物になってもらって、君と戦ってほしかったんだけど……何故かそいつだけは、植物になっちゃったんだよねぇ。僕の力でも、何でか操れないし……くくく、水でもやったら、その花、咲くかなァ? あ、でも時限結晶くれなかったから、やっぱやーめよ! いじわるには、いじわるで返してやる』
……王が、世間話をするみたいに、"普通の声"で、しゃべる。
……理解できない。
なんで、こんな風に、しゃべれてしまうの……。
『──おおお、お、おおお、ォ……』
『……イ、ニィ……』
『──お? ……ははっ、そうか! 君、目ん玉の穴が空いてないから、泣きたくても泣けないんだね! いきなり震えだしたから、何事かと思ったよ!』
…………。
心無い言葉に、声がでない。
『……なぜ……なぜ……!』
『いやだから、僕がそうしたからな』
『……元にっ、戻せ……』
『あ?』
『……よすノ、だ、イニィよ……!』
『──お父様を……元に戻せぇえええええっええ────!!!』
今まで、冷静で、高潔な印象だったイニィさんが、
空気をビリビリと鳴らし、咆哮した。
杖に、変化が現れはじめる!
あれは……!
『うああああァァア────!!!』
────時空の……鎌!?
十字の杖に、紫の光の刃がまとわりつき、
まるでそれは、おとぎ話の死神が使う、
"首狩りの鎌"のようだった。
『へぇっ! すごいね! そんなこともできるのか!』
『うああああああ────ァ!!』
「……──ッ!」
同じ歳くらいの、女の人の絶叫を、
初めて、聞いたかもしれなかった。
こんな声が、この世にあるなんて、
知りたくなかった……!
イニィさんが、王に斬りかかる……!
人が、ヒトに刃を向ける所を見て、
私は思わずギュッと目をつぶり、
視線をそらしてしまった。
────ググウウウオオ──!!
──────ヴゥオオオアア──!!
────────ズシャァン──!!!!
もう、人では無くなった音がして、
明らかに、肉が切れる音がした。
目をつぶっていても、わかってしまう。
この瞬間だけ、料理が得意なことを、悔やむ。
────グギョオオオオ──!!
───ヴオォオオオ……!
……まだ、呻き声が聞こえる。
しんでない。
目をそっと開ける。
──足が斬られた怪物が、うごめいていた。
『──まだ情けをかけるのか……。そんな足が無い手駒など、使いようがないよ。うるさいなぁ……』
自分の味方のはずのモノに、
迷惑そうな顔を向ける、王。
なんてことなの……。
こんな事が、この場所で……、
本当に、あったって言うの──!?
『──イニィ……にゲロ……』
ビクッ。
イニィさんの……お父さん。
近い。私に。
よく、見えてしまった。
人が、騎士のヨロイごと木になってしまったら、
……こんななんだろうか。
目の前に、答えがある。
木の皮にしか見えない、ひだだらけのヨロイ。
それと、まったく同じ表面の肌。
……おじいちゃん、みたいだった。
ヨロイの隙間から、白い葉と!蕾が見える。
繊維を軋ませて、しゃべった。
『そヤツは……おまエの……か、ラ!』
「"か、ら"───?」
──ゥゥヴゥゥウウオァアアン───!!
「──うわっ!?」
のたうち回る手負いの騎士をよそに、
今度は、床から黒い煙のようなものが噴き出す。
なんなの……!?
床下を、何かが通り抜けてくる──!!?
──ィイエェエルディィイイ………!
────ィイエェエルディィイイアアア………!
イミのわからない奇声をあげて、
床から、煙のように現れたのは、
大きな黒いボロマントで覆われたような、
異様な怪物だった。
いや、あれは……羽根?
まさか、あの怪物も……!
『──ソレは、僕の時限石を作った魔術師達の"寄せ集め"だよ。すごいだろう。まるでゴーストだ。君のトモダチも、少し入っているかもしれないね?』
……言ってるイミを、理解したくない。
『──おまえは……おまえはッ! 許されてはならない……! この都を怪異で埋め尽くし、簡単に生命を弄びすぎた!』
『……僕は許してほしいなんて言っていない。何様のつもりだ?』
『──、──ッッ! おまえはッ! 恥ずかしくないのかっ!? こんな事をし続けてっ!! 王族としてっ!! ひとりの人としてっ!?』
『……言ってる意味がわからない。僕は恥ずかしくてもこれをやるし、恥ずかしくもない。僕は、"夢"を懸命に追う自身を、ひとりの王として、誇りに思っている』
『──ゆ、ゆ、夢、だと……?』
『僕は、挑戦しているからね。尊いだろう?』
『「────」』
それを聞いて、私は、
頭がガンガンしながら、少し、理解した。
こいつ、自分が悪いことをしてるなんて、
これっぽっちも、思っていない。
────"挑戦"、なんだわ。
何を、目指しているかは、全く、わからない。
でも、"ソレ"を成し遂げるために、
こいつは、全部、つぎ込んでいいと思ってる。
悪とか、正義とか、どうでもいいと思ってる!
信じられないけど、こいつは────!
『 ──僕は、がんばっているからね? 』
自分が、とても"素晴らしい事"をしてると、思ってる──!
『……夢は、夢は……誰かの生命を削ってまで、成し遂げていいものでは、ないわ……!』
イニィさんが、その、瞳がない顔でも、
充分にわかるような苦悶の表情を滲ませ、
王に、提言する。
『 誰が決めれる? 勝手なこと言うなよ 』
王が、前に片手を伸ばし、
ボロマントの怪物から、黒い霧が溢れ出す。
────イニィさんが、鎌になった杖を、構えた。










