No 忍び足 No 不法侵入
「おじゃましまーす……」
入り口の扉は縦に長く、そして、ひしゃげていた。
白一色のせいで、元々の素材が何かわからないけど、
こんなの、簡単にひん曲がるような扉じゃないはずだわ……。
お城の中に入ると、やはり白の空間が広がってる。
うわぁ……こんな大きな空間を、
どうやって支えているんだろう。
あ、今はスライムか……。
天井が高く、何か生地のようなものが、
いくつも垂れ下がっている。
無地のシーツのように見えるが、
場所によってはビリビリだった。
床はこれまた真っ白で頭が痛くなるけど、
スキマが等間隔に区切られていることから、
当時は石造りの床だったとわかる。
スライムのくせに、しっかりと立つことができた。
奥の方には左右に分かれていく階段が見える。
あれで上に登るんだろうか。
「誰も、いないね……」
『────動体感知:無。引き続き警戒態勢。』
「……ちょっと肩すかしだわ。甲冑を着たオバケとか出るのかと思ってた……」
床にうつった光が動いたので上を見ると、
どこからか、静かな風が入ってきてて、
天井に釣り下がった白布たちが揺れていた。
……昔は紋章とかが描いてあったのかもしれないな。
白は、よく明暗の濃淡を見せてくれる。
上の小窓から射す日光がとても美しい。
ところどころ傷んではいるけれど、
幻想的な城である事に、間違いはなかった。
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>>>……こんな形で かつてのレエン城に
入れるなんてね……
しかし 門番すらいないのか
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「うーん……とにかく探検してみよっか。あの女の人、探さなきゃいけないし。階段、登ってみるね」
────キィん。
────キィん。
白の濃淡のみのお城に、私の足音は異質だ。
なんか、ゾワゾワする。
音が他に無いことが、変な緊張を生んでる。
当然だわ。湖のど真ん中なんだもの。
左の階段を登る事にする。
右と、左右対称っぽい。
お城の外見が左右非対称だったから、
もしかしたら左半分にしかいけない道かもしれない。
……まぁいいや。
スライムの壁って、殴れば壊れるのかな。
のぼる。
床を見るに、やはりここも、
石造りの部屋だったみたいだ。
……? 壁にスキマがない……?
あ、シーツが貼ってある。
シーツじゃないけど。
モコモコしてそう。
……よくわからん。
「……先輩、レエン城の間取りとか、知ってる?」
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>>>ふふ さすがにお手上げ
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「だよねぇ……うん、このまま登ろう。……静かだわ」
……キィん。……キィん。……キィん。
「……むむぅ」
敵がいたら、私の足音でソッコーバレるんじゃ……
足跡消そうかな。歯車踏んで。
でも、室内で足場が浮いてるって、
なんか不安になんのよね……。
踏み外したりしそうで怖いし。
いやがんばれば、出来るかもだけど。
うーん……。
『────アンティ。左下に注意してください。』
「え、なぁに?」
『────騎士が倒れています。』
「──へっ」
みた。
「────うぉうッ!!!」
ほ、ほんとだっ!
たたたたたた、倒れていらっしゃるじゃないの!!
────思わず後ろに飛び退く!
────ずどぉおぅむッ!!
────パラパラ……。
「…………」
おもっきり、壁にめり込んだ……
チカラ、入っちゃったみたい。
え、うわわぁ!
この壁もスライムなんじゃないのっ!?
「────うわおおぅ!!」
────バッコん。
すぐ離れた。
おおぅ……壁が、私型にヘコんでいやがる……。
ん……?
おいちょっと待て!
なぜツインテールの跡までついてるの!!
おかしいでしょ!!
私の髪は鉄かッ!!
「──おおおかしいでしょお!!?」
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>>>お おちついて……
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『────城内構造体は、当時の物質硬度を再現、維持していると予測。先ほどのタックルは推定5トヌですが、衝撃でゲル化した箇所は見受けられません。』
「いやそれよりも髪!」
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>>>はは……力量加圧の
効果とかなんじゃないの……?
それよりも そこの騎士! 騎士!
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「ううう……私の髪がぁ……壁よりもカッタいぃ……」
──げせぬ。
乙女の尊厳を穢されながら、床を見る。
……騎士だ。
ミルキーな甲冑を着ている。フルメイルだ。
顔は見えないけど、やっぱり、
スライムの一部なんだろな。
仰向けに倒れている。
「……動くかな」
『────心音、及びスライム核は反応:無。遺体の再現構成体と予測。』
「……しんだ、人……」
こわさがある。
魔物とは違う、こわさだ。
本物ではないかもしれないけど、
亡くなった人のカタチが、
こんなにはっきりと目の前にあるのは、
なんというか……気が引ける。
私みたいな田舎娘が見慣れてるワケない。
「ねぇ、この騎士の人……体が、大きすぎる」
4メルちかい。
ギルマスのヒゲイドさんよりも巨体だ。
「巨人系の人だったのかな……?」
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>>>いや……違う
これは魔術で 体をいじってる
……悪い王が 昔 よくやった……
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「──冗談でしょ?」
先輩の言葉を飲み込めないまま、
甲冑の胸の辺りの、まぁるいヘコみに気づく。
「……これ、ケガ……?」
『────他に目立つ損害部は見受けられません。致命傷部位だと予測されます。』
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>>>これ 物理打撃じゃ ない
魔法痕だと思う
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「魔法?」
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>>>うん 白くて分かりづらいから
間違っているかもしれないけど……
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「サラダボールみたいに、へコんでるね……」
手を組み、簡易のお祈りをし、
なんとも言えない気持ちで、その場を去る。
部屋。また階段。部屋。
……それの、繰り返しだ。
階段は、けっこう狭くて長い道が多く、
勾配も急で、圧迫感があった。
石造りでこんな狭い道があるなんて……。
また、少し広めの部屋に出る。
「……! こ、こんなに……」
…………。
白い騎士が、ごろごろと、寝転がっている……。
いや、わざと、言葉を使わないのは、やめる。
……みんな、しんでいた。
「…………」
言葉が止まる。
ここに倒れているのは、20人くらい。
ピクリとも、動きやしない。
口を、グローブで抑えた。
あまり、直視したくない。
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>>>クラウンちゃん 右:側頭部の
ベアークラッチを切る
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『────……。 理解しました。一時、切断します。』
「……? なんで……」
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>>>……崩れた机に隠れているけど
内臓まで再現されてる
……見ない方がいい
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「……──っ……」
……駆け足で、先を急いだ。
白くて、残酷で、綺麗で、寂しい場所だった。
ここは、戦場だった。
あの本に書いてあった事を、思い出す。
紫の時限結晶が、ダンジョンで見つかって。
それが元で、王様と、騎士の冒険者がケンカして。
……ケンカじゃ、済まなくなって。
最期は、時限結晶の暴走で、全部、無くなった。
……無くなったの、かな。
このお城は、その、無くなる前の、亡霊なのかな。
みんな、みんな、取り残されているのかな。
この湖の、お城の中に。
「……私、ゴーストに、会ったことなんてない」
『────アンティ?』
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>>>……?
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「……でも、このお城の"白"は、まるで、幽霊の色みたいだわ……」
…………。
──ふたりは、何も返さなかった。
無言で、上へ登る。
狭い階段が減り、
道に、余裕と煌びやかさが現れ始める。
ボロボロのカーテンがしこたま垂れ下がる部屋で、
沈黙は、破られた。










