表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/1216

門番は今日も、おっちゃんする③

 松明を持って、バーグベアのいる森にいくのは、自殺行為だ。

 ヤツは夜に近づき、火を目印に、人里を探し出す。

 夜に皆が油断している事を、知っているのだ。


 だが、今、大きな山火事がおこっている。

 もしかしたら、これが目くらましになるかもしれない。


 見つけてやる。

 ユータと、アナと、アンティを。

 俺はこの街の、門番のおっちゃんなのだから。


「これほど速いとは……」


 街門を抜けると、火の音がより鮮明になった気がした。

 街の中で駆けずり回っている内に、ここまで拡がるとは……。


「いこう」

「ああ!」


 いったん出ちまったんだ。もう迷うこたない。

 ギリギリまで、探し続けてやる。


 湿る苔の中、森を搔き登っていった。

 何人かで来たが、この滑る地面に足を取られ、皆、苦戦していた。だが、今はこいつらを待ってられない。

 デレクは元炭坑通いだからなのか、体力はある。俺の速さに食らいついてきていた。


 ……暗い中、木と水の臭いがする。

 湿った苔の生えた所まで、炎がまわっているのだ。

 はやく、はやく、探さなければ。

 焦る気持ちを抑え、足を1歩、また1歩と踏み出す。


 その時だった。




「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおん……!!!」 


 なっ、そんなっ。


「……トルネ!」

「ばかな……」


 こんな、ふもと寄りの所まで……。

 俺とデレクは、とっさに木の影に隠れ、しゃがむ。

 もちろんこんな事をしても、松明の火は見えるだろう。


「どうする……トルネ」

「…………」


 まだ、森に入ってから、30フヌも経っていない。

 それでも2人で700メルは進んだかもしれん。

 だが、これ以上はダメだ。

 俺にもデレクにも、妻がいる。

 さっき自分で啖呵をきったのに、なんてこった。


 俺は無言で悔し涙を流していた。


「……もういい、トルネ、ありがとう」


 何が、ありがとうだ。何も見つけていない。

 それどころか、帰る前にバーグベアに見つかったら、死ぬんだ。

 俺は、馬鹿野郎だ。

 子供達を守れず、友を危険に晒している。


「ぐうぅ……」


 俺は、この場所に、食らいつきたかった。

 足が動かなかった。

 後ろを向けば、全てをあきらめた事になる。

 くやしさが声に漏れた。

 これまでの経験が、逃げろと言っている。

 だが、ここで逃げたら、俺は、門番として、街の住人として、失格のような気がした。



 そんな、時。



 ───ぎゅううううううううううううん…………!!



「なっ」

「……この音は」


 この音はなんだろう。

 何か、金属と金属を擦り合わせたような音だ。

 そう、遠くない位置。60メル、いや、50メルトルテくらいか。


「な、なんだっていうんだ」

「! トルネ! あれだ!」

「!?」


 音の発生源が(・・・・・・)上にあがった(・・・・・・)

 空に、登っていくのだ。

 木の枝や葉に阻まれて、よくは見えない。

 だが、不思議な金属音を発するそれは、光を纏っているように見えた。


「「…………」」


 2人で呆然と見上げる。

 一体何なのだろう。

 もしや、精霊か何かだろうか。


 ピカッ、と光ったかと思うと、ソレは、地面に流れていった。

 まるで、流れ星みたいだった。

 その時だけは、山からの炎の色を忘れた。




 ──────。

 俺もデレクも、動けなかった。

 汗が、幾つかポタポタと腿の革鎧におちた。


 光が弱まり、火の勢いが見えてくる。

 周りの木々は、逆光で、黒い影にしか見えない。


 もう、街を捨てるのは決定事項だ。

 この火はまもなく、街を飲み込むだろう。

 さっきの光の正体を調べたいが、今は逃げねば。


「デレクよ、俺を恨め」

「ばかを言うな」


 やっと動かせた身体で立ち上がる。

 ────ある、違和感に気づいた。


「────風?」




 どっ! と、次の瞬間、突風が吹いた。

 いや、突風じゃねえ!! ずっと吹いてやがる!!


「うおおおおお!!!」

「デレク! 松明を放せ! 両手で木に掴まるんだ!!」

「しかし!!」

「はやくしろ!! これは普通の風じゃねえ!!」

「! わかった!!」


 2つの松明は、空にカッさらわれていった。

 この風はなんだ!! 上に向かって(・・・・・・)吹いてやがる(・・・・・・)!!

 木の葉が舞う中で、上を見る。


「炎が!」


 炎が、空に集まっている。

 俺は、おかしくなったのか?

 だが、隣には、同じく吹っ飛ばされそうになるデレクがいる。

 驚愕の顔で空を見ている。俺もあんな顔だろう。

 火の渦が、同じ場所に集まっているようだ。

 夜なのに、昼みたいだ。

 炎の嵐だ。俺らは木にしがみつくしかなかった。


 スッ、とある瞬間に、全ての光が消えた。

 いや、月の明かりだけは、消えなかった。

 風もやみ、俺とデレクは、地面に落ちて尻を打った。


「いてててて……」


 尻の痛みが、思考が止まるのを妨げた。

 周りを見てみる。


「火が、消えてやがる」

「ああ……」


 そんな事が、あるのだろうか。

 奇跡だった。

 ありえない。

 あんな規模の炎が鎮火するなど。

 …火の精霊が、助けてくれたのか?

 そんな事を、思ってしまうくらいには。


「! これなら、まだ探せるぞ!」

「! トルネ!」

「とことんやるべきだ、デレク!」

「……よし!」


 俺達は進み出す。

 光が落ちた場所へ。

 炎が向かった場所へ。


「お──────────い!!!」

「お──────────い!!! 誰かいないか!!!」


 声を張り上げる。




「ここー!!! ここだよ───!!!」

「「!!!」」


 走った。歳のことなど忘れて、走ったさ。

 ちょうど、さっき光が落ちた場所だ。

 だが恐怖はない。

 笑みが浮かんだ。

 神に感謝して走ったさ。





 森を抜けると、ユータとアナがいた。

 信じられない。生きていやがった。

 2人の間に、少女が倒れていた。


 幻想的な光景だった。

 開けた広場のような場所に、アンティは眠っていた。

 淡い月光は、彼女の黄金の髪に反射して、その存在を知らしめた。

 寝顔をマジマジと見たことはないが、母親に似て、スッキリした顔立ちだ。

 夜中のはずなのに、まつ毛までが、ハッキリ光って見える。

 彼女の頭には、小さな(かんむり)があった。

 ……まるでお姫様みたいだぜ。


 嬢ちゃんは所々ケガをしていたが、ちゃんと呼吸はしている。

 デレクは、同じ髪を持った娘を、大事そうに抱え上げた。

 声は出していないが、涙と、笑みが見える。


「……やれやれ。今日はこんなに、いい月だったんだな」

「あの……おっちゃん、ぼく、その」


 ……パシッ、パシッ!


「うっ!」

「いったぁ~い!」

「帰んぞガキンチョども! 気を抜くな!」


 まだ、周りに魔物がいるかもしれん。

 松明も失ってしまったが、この月明かりなら、かろうじて足元は見える。

 それに、確かにさっき、バーグベアが近くにいた。

 ……そう言えば、気配を感じないな。

 いったいどこへ……。





 そして、俺は、見つけた。

 すぐ横の木だった。

 爪痕。血。


「……っ!」


 息をのむ。こんな、こんな近くに……。

 ここに(・・・)いた(・・)


「……お前達、だいじょうぶ、だったのか……」

「えと…………」


 自分で聞いておいて、変な質問だと思った。

 だって、大丈夫だったじゃないか。

 ここに、こうして生きているんだから。

 だから、何故(・・)大丈夫だったのかが(・・・・・・・・・)わからない(・・・・・)


「……アン姉ちゃんが、助けてくれた」

「助けてくれた~!」


「何を……」


 何を、言ってんだ、お前たち。

 バーグベアだぞ。

 嬢ちゃんに、何とかできるわけないだろ。

 できるわけ……。


「…………」


 流れ星のような、光。

 炎を巻き上げた、何か。


 そんな、でも────……まさか。


 アンティの方を、見る。

 逆に、デレクが、こちらを黙って見ていた。


 俺はハッと我に返り、そして街に向かう事にした。


 ふと、頭に過ぎった、バカな考えを振り払って。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『今回の目次絵』

『ピクシブ百科事典』 『XTwitter』 『オーバーラップ特設サイト』 『勝手に小説ランキングに投票する!』
『はぐるまどらいぶ。はじめから読む』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ