門番は今日も、おっちゃんする③
松明を持って、バーグベアのいる森にいくのは、自殺行為だ。
ヤツは夜に近づき、火を目印に、人里を探し出す。
夜に皆が油断している事を、知っているのだ。
だが、今、大きな山火事がおこっている。
もしかしたら、これが目くらましになるかもしれない。
見つけてやる。
ユータと、アナと、アンティを。
俺はこの街の、門番のおっちゃんなのだから。
「これほど速いとは……」
街門を抜けると、火の音がより鮮明になった気がした。
街の中で駆けずり回っている内に、ここまで拡がるとは……。
「いこう」
「ああ!」
いったん出ちまったんだ。もう迷うこたない。
ギリギリまで、探し続けてやる。
湿る苔の中、森を搔き登っていった。
何人かで来たが、この滑る地面に足を取られ、皆、苦戦していた。だが、今はこいつらを待ってられない。
デレクは元炭坑通いだからなのか、体力はある。俺の速さに食らいついてきていた。
……暗い中、木と水の臭いがする。
湿った苔の生えた所まで、炎がまわっているのだ。
はやく、はやく、探さなければ。
焦る気持ちを抑え、足を1歩、また1歩と踏み出す。
その時だった。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおん……!!!」
なっ、そんなっ。
「……トルネ!」
「ばかな……」
こんな、ふもと寄りの所まで……。
俺とデレクは、とっさに木の影に隠れ、しゃがむ。
もちろんこんな事をしても、松明の火は見えるだろう。
「どうする……トルネ」
「…………」
まだ、森に入ってから、30フヌも経っていない。
それでも2人で700メルは進んだかもしれん。
だが、これ以上はダメだ。
俺にもデレクにも、妻がいる。
さっき自分で啖呵をきったのに、なんてこった。
俺は無言で悔し涙を流していた。
「……もういい、トルネ、ありがとう」
何が、ありがとうだ。何も見つけていない。
それどころか、帰る前にバーグベアに見つかったら、死ぬんだ。
俺は、馬鹿野郎だ。
子供達を守れず、友を危険に晒している。
「ぐうぅ……」
俺は、この場所に、食らいつきたかった。
足が動かなかった。
後ろを向けば、全てをあきらめた事になる。
くやしさが声に漏れた。
これまでの経験が、逃げろと言っている。
だが、ここで逃げたら、俺は、門番として、街の住人として、失格のような気がした。
そんな、時。
───ぎゅううううううううううううん…………!!
「なっ」
「……この音は」
この音はなんだろう。
何か、金属と金属を擦り合わせたような音だ。
そう、遠くない位置。60メル、いや、50メルトルテくらいか。
「な、なんだっていうんだ」
「! トルネ! あれだ!」
「!?」
音の発生源が、上にあがった。
空に、登っていくのだ。
木の枝や葉に阻まれて、よくは見えない。
だが、不思議な金属音を発するそれは、光を纏っているように見えた。
「「…………」」
2人で呆然と見上げる。
一体何なのだろう。
もしや、精霊か何かだろうか。
ピカッ、と光ったかと思うと、ソレは、地面に流れていった。
まるで、流れ星みたいだった。
その時だけは、山からの炎の色を忘れた。
──────。
俺もデレクも、動けなかった。
汗が、幾つかポタポタと腿の革鎧におちた。
光が弱まり、火の勢いが見えてくる。
周りの木々は、逆光で、黒い影にしか見えない。
もう、街を捨てるのは決定事項だ。
この火はまもなく、街を飲み込むだろう。
さっきの光の正体を調べたいが、今は逃げねば。
「デレクよ、俺を恨め」
「ばかを言うな」
やっと動かせた身体で立ち上がる。
────ある、違和感に気づいた。
「────風?」
どっ! と、次の瞬間、突風が吹いた。
いや、突風じゃねえ!! ずっと吹いてやがる!!
「うおおおおお!!!」
「デレク! 松明を放せ! 両手で木に掴まるんだ!!」
「しかし!!」
「はやくしろ!! これは普通の風じゃねえ!!」
「! わかった!!」
2つの松明は、空にカッさらわれていった。
この風はなんだ!! 上に向かって吹いてやがる!!
木の葉が舞う中で、上を見る。
「炎が!」
炎が、空に集まっている。
俺は、おかしくなったのか?
だが、隣には、同じく吹っ飛ばされそうになるデレクがいる。
驚愕の顔で空を見ている。俺もあんな顔だろう。
火の渦が、同じ場所に集まっているようだ。
夜なのに、昼みたいだ。
炎の嵐だ。俺らは木にしがみつくしかなかった。
スッ、とある瞬間に、全ての光が消えた。
いや、月の明かりだけは、消えなかった。
風もやみ、俺とデレクは、地面に落ちて尻を打った。
「いてててて……」
尻の痛みが、思考が止まるのを妨げた。
周りを見てみる。
「火が、消えてやがる」
「ああ……」
そんな事が、あるのだろうか。
奇跡だった。
ありえない。
あんな規模の炎が鎮火するなど。
…火の精霊が、助けてくれたのか?
そんな事を、思ってしまうくらいには。
「! これなら、まだ探せるぞ!」
「! トルネ!」
「とことんやるべきだ、デレク!」
「……よし!」
俺達は進み出す。
光が落ちた場所へ。
炎が向かった場所へ。
「お──────────い!!!」
「お──────────い!!! 誰かいないか!!!」
声を張り上げる。
「ここー!!! ここだよ───!!!」
「「!!!」」
走った。歳のことなど忘れて、走ったさ。
ちょうど、さっき光が落ちた場所だ。
だが恐怖はない。
笑みが浮かんだ。
神に感謝して走ったさ。
森を抜けると、ユータとアナがいた。
信じられない。生きていやがった。
2人の間に、少女が倒れていた。
幻想的な光景だった。
開けた広場のような場所に、アンティは眠っていた。
淡い月光は、彼女の黄金の髪に反射して、その存在を知らしめた。
寝顔をマジマジと見たことはないが、母親に似て、スッキリした顔立ちだ。
夜中のはずなのに、まつ毛までが、ハッキリ光って見える。
彼女の頭には、小さな冠があった。
……まるでお姫様みたいだぜ。
嬢ちゃんは所々ケガをしていたが、ちゃんと呼吸はしている。
デレクは、同じ髪を持った娘を、大事そうに抱え上げた。
声は出していないが、涙と、笑みが見える。
「……やれやれ。今日はこんなに、いい月だったんだな」
「あの……おっちゃん、ぼく、その」
……パシッ、パシッ!
「うっ!」
「いったぁ~い!」
「帰んぞガキンチョども! 気を抜くな!」
まだ、周りに魔物がいるかもしれん。
松明も失ってしまったが、この月明かりなら、かろうじて足元は見える。
それに、確かにさっき、バーグベアが近くにいた。
……そう言えば、気配を感じないな。
いったいどこへ……。
そして、俺は、見つけた。
すぐ横の木だった。
爪痕。血。
「……っ!」
息をのむ。こんな、こんな近くに……。
ここに、いた。
「……お前達、だいじょうぶ、だったのか……」
「えと…………」
自分で聞いておいて、変な質問だと思った。
だって、大丈夫だったじゃないか。
ここに、こうして生きているんだから。
だから、何故、大丈夫だったのかが、わからない。
「……アン姉ちゃんが、助けてくれた」
「助けてくれた~!」
「何を……」
何を、言ってんだ、お前たち。
バーグベアだぞ。
嬢ちゃんに、何とかできるわけないだろ。
できるわけ……。
「…………」
流れ星のような、光。
炎を巻き上げた、何か。
そんな、でも────……まさか。
アンティの方を、見る。
逆に、デレクが、こちらを黙って見ていた。
俺はハッと我に返り、そして街に向かう事にした。
ふと、頭に過ぎった、バカな考えを振り払って。