門番は今日も、おっちゃんする②
夜闇に浮かぶ火を目にして、俺は泣きたくなった。
山火事の危険は、前から議題にあがっていた。
この森林は、上に行くほど乾燥していることがわかっている。
木もそうだが、地面に積もった落ち葉や、枯れ木の破片は燃えやすい。手前の森林は苔に覆われていて比較的、湿っているが、小山の上では、いつ火がでてもおかしくなかった。
街の方から木を伐採する計画もあったが、逆に、苔がそれを邪魔した。足元は滑りやすく、木の苗に水分を与えてしまう。すぐに、木の若木が伸びてしまうのだ。そして奥にいくと、ウルフやゴブリン。伐採は難航した。
「だからって、だからって何で今日なんだ……」
「トルネ……ユータは、護身用に火の魔石を持っている」
「! それが種火だっていうのか。だがあそこは……」
「ああ、中腹だ。ユータはバーグベアを倒すと言っていたらしい」
「ばかやろうが……」
とおい。だが、確かに燃えていた。ユータはバーグベアに会ってしまったのか? ……だとしたら、生存は絶望的だ。どうして、こんな事に。
コノボが人を引き連れて戻ってきた。
「隊長! あれは、火が!」
「……ああ。燃えている」
「どうされるのですか! ドニオスに行くなら、使者を募らねば! 捜索用の油もあります!」
コノボはなかなか頭のまわる男だ。だが、まだ経験がたりん……。
「使いは、今は出さん」
「!? 隊長!?」
「コノボ、あの火は、速いぞ。今はあそこだが、夜が明ける前に、この街に届く」
「そ、そんな……」
「コノボ。集まった全員で、街の皆に呼びかけろ。荷物をまとめさせるんだ。最悪、街を捨てねばならん」
「そこまでの、事なのですか……。しかし、ドニオスへの使いは」
「もし、街の皆で避難するなら、明け方に、街道を東へ降りねばならん。警護の者が足らんのだ。ウルフ、ゴブリンは森から焼け出されるかもしれん。最悪、バーグベアがくるぞ」
「…………」
「人手を、街の人々の警護に使いたいのだ。わかってくれ、コノボ」
「……あなたは、私の尊敬する人だ! すぐに各所を巡ります!」
「たのむ」
コノボと、今の俺の話を聞いていた部下が、街へ散っていく。俺には勿体ない、できた奴らだ。
「デレク、すまん、お前の店も……」
「トルネ、何度も言わせるな。俺はお前の門番としての腕を信頼している。確かに、店は、街は、惜しい。だが、お前ほど、この街の命を考えているものが、他にいるか! 俺はお前にしたがうよ」
「デレク……」
その後、街門に荷車を運んだり、集まってくる街の人の相手をしたり、荷物の詰め込みを手伝ったりした。最初は、本当に炎がこの街を飲み込むのか、疑っていた者もいたが、どんどん燃え広がる山を見て、荷造りしたり、他の人を手伝う者が増えた。
「デレク、ここはもういい!」
「わかった! 妻とアンティを見つけてくる。家に帰っているだろう」
「ああ……。おい! まて、あれは!」
デレクが行こうとした時、荷車の間を縫い、走ってくるソーラを見た。ユータとアナの親達もいる。
「ソーラ! どうした」
「あなた、アンティが帰ってこない」
「「!!」」
「まさかとは、思うのだけれど……」
「ばかな……門は通っていない」
「あの娘の身体は華奢よ。子供が通る所は全て通れるわ」
「! 水引き門だっていうのか……」
「ソーラ、あの火がもうすぐ」
「知ってるわ。30フヌくらい前に、詰め所の人とすれ違ったの」
「くそっ、とにかく、水引き門の確認だ!」
大人数人で、水引き門まで行く。
……当たりだ。かんぬきが外れている。
「…………」
デレクの顔を、見ていられなかった。
俺は、さっきユータとアナを、見捨てると言った。
そこに、アンティが加わったのだ。
俺は、親友の娘も救えないのか。
「……トルネ、街のみんなを逃がそう」
「デレク!」
「…………」
いつも笑っているソーラも、真剣な顔で、張り詰めた顔をしている。これは、これは娘を、失う覚悟をした顔だ。
「ごめんなさい、ごめんなさいソーラ……! 私の息子が、そのせいで……!」
ユータの母親が、ソーラに許しをこう。
ふざけ、ふざけんな。こんな事があってたまるか。
今日、俺に、子供を置いて逃げろというのか。
ふざけんじゃねえ。
「デレク、探すぞ」
「! ……トルネ、しかし」
「俺は門番である前に、この街の住人だ!」
「トルネ……あなた」
「美味い飯を食わせてもらった借りは、返さなきゃなんねえ!」
「……ばかめ」
「おう、ばかよ!! 上等だ! 行くぞデレク、どうせお前もくるだろう!」
「……ソーラ、すまん。俺は」
「……ご無事で。」
急いで、街門の詰め所に戻り、松明を掴みとる。
何人かの男手が集まった。
街はコノボに任せりゃなんとかなる。
火が来る前に、探し出してやる。
山はもう、全てが赤だった。