門番は今日も、おっちゃんする①
俺の名は、トルネ・クリーガー。
この、カーディフの街の、門番のおっちゃんだ。
門番のおっちゃん、と言えば、俺。
俺と言えば、門番のおっちゃんだ。
ふふん。
俺も長いことこの街にいるが、この街ができて以来の、大事件がおきた。
バーグベアが目撃されやがったのだ。
4年前に、街にウルフが侵入したときも、騒ぎにはなった。
あの時は、ウチの男連中と、たまたまドニオスにいた特異持ちの雷使いと協力して、比較的はやくに討伐できた。俺らはあんまり役に立たなかったが。
だが、今回の件は、警戒の度合いが違う。
もちろんウルフも群れると危険な魔物だ。
弱いから、群れる。それが、厄介なのだ。
しかし、バーグベアは違う。
ヤツは群れない。強いからだ。
Cランク冒険者が、パーティで倒すくらいのバケモンだ。
俺の強さがギリギリDランクに届かないくらい、と言ったらわかりやすいだろうか。これでもこの街では腕が立つほうなんだぜ。
目撃されたのは、北東の入口の街道沿いの茂みらしい。
……おいおい、400メルトルテもねぇじゃねえか。
すぐに通達がおり、今日の閉門はいつもより、2ジカほど早くなった。
街門の警護と、外から臨時できた商人の対応があるので、今日は徹夜だろう。くそっ、昼間に無理してでも、デレクん所の食堂で食っておけばよかったぜ。
きんきらデレクとは長い付き合いになる。あいつが炭坑通いだった頃からの仲だ。まさか、あいつがソーラちゃんを射止めるとはなぁ……。友として嬉しい反面、自分の嫁さんとの落差に愕然としたもんだ。ウチの嫁は丸スライムみたいな、ポッチャリ型だからなぁ……まぁ、アイツはアレで、なかなか愛嬌のあるいい女だが。
噂をすれば影ならぬ、きんきら親子だ。
デレクがこちらに向かってくる。
いつもこの時間だったら、寝ているか、家でツマミを食っているかだろう。仕込みは終ってるはずだ。
外で見かけるのは珍しい。月明かりに、あの金髪は目立つ。
一人娘のアンちゃんと、誰だ?
何やら急いでやがるな……。
「おう、どうしたデレク! ……アンちゃん、とログ? なんだ? 子供2人引き連れて」
「トルネ、子供が2人、外に出ている。ユータとアナだ」
「…………嘘だと、言ってくれ、デレク」
デレクの言葉をきいた瞬間、頭の中が、真っ白になった。
こいつは、人を傷つけるような嘘を、絶対に言わない。
デレクが冗談を言っていない事は、すぐにわかった。
……だが、それでも食ってかからなければ気が済まない内容だった。
「門は閉めたはずだ! 誰もでていない!!」
「水引き門を使ったらしい。ログが聞いている」
! 何てこった……。
「クソッタレが!! コノボ!! 詰め所からいるだけ引き連れてこい! 油もだ! 捜索するぞ!!」
見習いの若いのにすぐ、声をかける。
水引き門は、確かに最後に施錠を確認する。
それまでに、抜け出しやがったって事だ!
そんでも最初の確認から、もう3、4ジカは経っちまってるハズだ。やべぇ、かなり遠くにいるかもしれんぞ。
────そんな事を考えてる時だった。
……ぐぉぉぉぉぉぉん……
バーグ、ベアだ。
「やめろよ、やめてくれよ。オレは、今日、酒を呑んでねぇんだよ」
こいつは、悪い夢だぜ。
「捜索は中止だ」
「訳を言え」
デレクが、答えを促す。
「今からの捜索は、火を使う」
「何がまずい」
「ウルフ程度なら、火で逃げる。だか、ヤツは違う。火は目印にしかならん。ユータ達を見つける前に、必ず俺たちが喰われるだろう」
「だが……」
「だからって」
声を被せたのは、デレクの横にいた、アンティだった。
「だからって! 子供が2人! 外にいるのがわかってて、門を閉めたまま知らんぷりするの!! おっちゃん! おっちゃんは門番なんでしょ!? それで! そんなんでいいの!?」
涙目になって、叫ばれた。
こいつはデレクに似て、根が真っ直ぐに育った。
だが、俺は門番なんだ。
心を鬼にしてでも、人々を守る選択をしなければならない。
俺は説明した。
バーグベアは、松明の火で、街を見つけてしまうことを。
1度、食いもんの場所を見つけてしまったら、ヤツはそこをねぐらにしてしまうことを。
どの道、昼になれば、門や、一部の人の流れは見られてしまうだろうが……。
「だから、だからって……」
「どうするつもりだ」
デレクが対応を聞いてきた。
「森への探索はヤツを刺激するだけだ。そして俺たちは弱い。会えば喰われるだけだ。ドニオスに使いを送る。今の声は、森奥の小山からだ。街道は、まだ通れる遠さにいるはずだ。」
目撃された北東の街道から、北西部の森に回り込んだんだ……。
今なら、街の入口を知られずに使いを送れるかもしれない。
「朝になれば捜索できるか」
「……難しい。この街の最高の鎧は、オークの革鎧のハンパが2つしかない。部下に、会えば死ぬ相手のもとに行けとは言えない。ドニオスの冒険者を呼ぶまで、ユータ達が隠れていることを祈りたい」
自分で言っていて、恥ずべき事だ、と思った。
俺は門番なのに、ずっとここで街を守ってきたのに。
祈る、など。
何と人任せで、他力本願で、ヘドがでる言い訳だろうか。
俺は弱いな。
俺の悔しさは、おそらくデレクに察されたのだろう。
あいつはすぐ、娘に声をかけた。
「アンティ、ログ、家へ帰れ」
「でも!」
「帰るんだ!」
アンちゃんは、何か言いたそうだったが、デレクの表情におされて、ログと行ってしまった。
「……デレク、すまねぇ。俺は……」
「トルネ。俺はお前の門番としての腕を信用している。4年前のあの日、誰も死ななかったのは、お前がこの街にいたからだ。ウルフの誘導、避難経路の指示。正しい身の隠し方。この街は、お前に感謝している者ばかりだ」
「…………」
「しかたない、ことは、ある」
デレクだって、アナとユータはよく知ってる仲だ。
赤ん坊だった頃から、アンティと、兄妹みたいに育った。
家族みたいなもんだ。くそっ、くそぅ。
「すまねぇ……」
「……ドニオスへの、使いを出そう」
俺は無力だな。若い頃は冒険者を目指して、色んな所へ行った。そして、挫折した。この街には、正直、逃げ出してきたのかもしれない。
でも、夢を叶えられなかった俺でも、これまでの知識で、守れる人達がいると、そう思ってやってきたのに……。
「……トルネ」
「なんだ、デレク」
年甲斐もなく、落ち込んでいた。
早くドニオスに行くヤツらを決めないと。
そんな時に、デレクが声をかけ、指さした。
「あれを、見ろ……」
「! ────燃えて、やがるのか」
小山の中腹に、確かに、火が見えた。