ありがと、はぐるま。
目を開けると、母さんのやさしい顔があった。
この人はよく、「あら~」とか「ふふ~」とか、そんな声をだす。でもこの時は、微笑みながら、黙って私の頭を撫でていたので、不思議な感じがした。
……だん、だん、がちゃ。
「なんだ、起きたなら教えてくれよ」
「おおアンちゃん! 目ぇ覚めたか!」
父さんと、門番のおっちゃんが入ってくる。
「ついさっきよ~」
「あ……」
身体を起こそうとする。
何か左腕に違和感があると思えば、包帯が巻いてある。
意外と痛くないもんだ。
でも身体は重い。
「! よせ、まだ明け方だ。お前を運んでから5ジカもたっていない」
「嬢ちゃんムリすんな」
「……お店は?」
「あほ。あんな騒ぎの後だ。今日は休みにする」
母さんに身体を支えられ、再び自分のベッドに横になる。
運んでから……てことは、私が森に入ったのは、もちろんバレている。
「……ごめんなさい」
「何がだ」
「森に入った、こと」
「…………」
超、怒鳴られると思ってたら、反応がなかった。
父さんも、おっちゃんも、何を言おうか考えてる感じだ。
母さんは微笑んでいたが。
「……怒らないの?」
「……迷っているんだよ」
「迷う?」
枕の上で、首を傾げる。
「お前のした事は、確かに浅はかだ。何かが間違えば、お前は死んでいただろう」
「……本当に、ごめんなさい」
……私がもし死んだら、両親はどうなるだろう。
まったく、想像できない。
例えば……もし、この2人が笑わなくなったら……
それだけで、むごい気持ちが胸に拡がった。
何て恐ろしい事なんだろう。
私は、2人の人生を変えてしまう所だった。
「本当に……ごめんなさい」
「ほら、それだよ」
「……?」
「お前は大人じゃないが、もう15だ。子供でもない。自分がどういう事をしたら、どうなるか。それを、お前はけっこうわかってるんだと思うんだ。」
「……」
「自分の娘としては、怒って二度とするな! で、いいかもわからん。でも、お前をひとりの人間として、お前の意志を尊重すると……怒っていいのか、よくわからん、ってのが本音だな」
「そんな……私は」
やっぱり、バカな娘だと思うよ。
バーグベアがいる森に行くなんて。
そんなふうに、言ってもらえる人間じゃないよ。
「私なんて……」
「それに、俺は頭は良くないが、直感でわかる事もある。……多分、お前が行かなければ、アナとユータは死んでいた」
「! あの2人は!」
「おいおい、嬢ちゃん……」
ガバッと、飛び起きてしまった。
痛っつぅ! さっきは痛くなかったのにぃぃ。
母さんが肩を支えてくれる。
門番のおっちゃんが、安堵の息をはく。
「無事、なの」
「ああ、嬢ちゃんのお陰でな。アナはめっちゃ怒られてたぞ。ユータの方は、母親のほうが、抱きしめた後に、唸るように泣き出してな」
「あれは2人とも、子供ながらに色々と考える事があるだろう」
「……2人は、何か言ってた?」
「「アン姉ちゃんが、助けてくれた」」
「…………」
「それしか言わん。何を聞いてもだ」
「なにか示し合わしたかのようにな」
えと、……気を失う前に、秘密ね、って言った事を守ってくれているんだろうか。
私はバーグベアを、倒してしまっている。
後、山火事を消し飛ばした。
異常だ。普通ではない。
さっき、父さんは、私の事を尊重してくれると言った。
だから、この力を振りかざして、危険に突っ込んでいくような、そんな愚かな娘だとは思われたくない。
そんな、親泣かせな娘になるつもりはなかった。
私は、力を隠したいと思った。
「……アンティ、すまん」
「な、なぁに……?」
父さんが切り出してくる。
「ひとつだけ、答えてほしいんだ」
「……どしたの、急に」
「お前、バーグベアに、会ったか?」
時が止まるような、質問だった。
夜が明けて、窓からは、やさしい光が部屋を照らす。
父さんと、母さんと、おっちゃんが、黙ってこちらを見ていた。
私は、この人たちに、心配をかけたくなかった。
思いやりを、裏切りたくなかった。
そうよ、私が倒したのよ、すごいでしょ、なんて、口が裂けても言えなかった。
「……遠くに、ちょっとそれっぽいのが見えたから、ユータたちと逃げたのよ。慌ててね」
「…………」
「こんな15歳の乙女に、熊なんて倒せる訳ないじゃない」
「……そうか、そうだよな……」
父さんは、少し笑いながら息をはいた。
おっちゃんは、真剣な顔をして、目を瞑った。
母さんはにこにこしていた。
「もう、ねろ」
「ぇ……」
もっと、昨日の夜の事を追求されると思っていた。
ユータとアナの事とか、バーグベアとか、山火事とか。
母さんやおっちゃんも立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
私は何故だか、見捨てられたような、変な寂しさを感じていた。
でも、父さんが最後に私のそばに来て、そんな勘違いを拭ってくれた。
「……アンティ。お前の顔見てればわかるぜ、一人娘だからな。お前、全部失敗したような顔してやがる。6歳の時に、卵を消し炭にした時と、同じ顔だ」
父さんが、私の頭に、ぽんっ、と手を置く。
「でも、今回は失敗なんかしてねぇだろ?」
「え……と?」
ぽんぽんぽん。
「守ったろ? 全部。お前が。」
えっ!
「そこは、少し、誇れ」
唖然としているうちに、父さんが出ていった。
………………。
まさか……
ばれて、ないよね……。
陽だまりの部屋で、あほぅみたいに口をあけ、天井を見て、寝ころんでいる。
窓から、ゆれる白のカーテンが、光をちらつかせる。
────守った。
さっき、言われたこと。
勝手に森に入った事ばかり、気にしていたけど。
確かに、私は守れた。
小さな2人のお客さんを。
炎から、街を。
誇れ、って言われても、よくわかんないや。
もしかして、私は夢をみていたんじゃないか。
最初から、山火事なんてなかった。
最初から、バーグベアなんていなかった。
最初から、はぐるまなんて、なかった。
「!」
──────それは、いやだ。
私は不安になって、頭の上を、探る。
こいつが、いなくなるなんて、いやだ。
パシッと、両方から、頭の上で、はさむ。
確かな金属質の感触がある。
そ~っと両手で、目の前に持ってくると、
──────小さな、金の王冠があった。
こいつは今日も、私の頭上で、
くるくるしていたらしい。
ちょうど、赤の綺麗な宝石が、私のほうを向いていた。
「……はは、何だこいつ」
変な、スキルに出会ったものだ。
まわるし。
しゃべるし。
すいこむし。
少し前の私は、もうちょっと魔法に憧れがあった。
火を使い、
風を操り、
雷を纏って、戦う。
そんな憧れが、あった。
でも、こいつじゃなければ、ダメだった。
火の魔法で、森をあんなに、走れただろうか。
風の魔法で、バーグベアが、倒せただろうか。
雷の魔法で、山火事なんて、消せただろうか。
こいつだったから、できた。
こいつで、よかった。
王冠を胸に抱きしめ、感謝を伝えた。
ありがと、
ありがと、
ありがと、クラウン。
あんたでよかった。
あんたとでないと、できなかった。
わたしにであったのが────
「あなたで、よかった。クラウン────」
心の中で言ったのか。
寝ぼけて言葉にしたのか。
伝えられたか、わからない、感謝の気持ち。
こんな気持ちは、果たして、
"スキル"に届くんもんなんだろか……はは。
涙が頬をつたい、私は明るい部屋で眠りに落ちた。
爽やかな風と陽射しの日だった。
きゅいいいいいいん……
『──────────。』
『──────────。』
『──────状態分析、オン。』
『────正体不明の、エラーの発生を感知。』
『────状態異常からの問題解決の模索を開始。』
『────分析中。』
『────分析中。』
『────機能的な障害は発生していません。』
『────自己分析結果:良好。』
『────状態を改善できません。』
『────状態障害:不明。』
『────エラー発生原因:不明。』
『────わかりません。』
『────わかりません。』
『────わかりません。』
『──────元の状態に、復元不可能です。』
「うぅん……。おやすみ、クラウン……」
『────……。』
『────……。』
『────……。』
『────クラウンギアは、
エラーの解決を、保留します。』
『───────……おやすみなさい、アンティ。』
王冠は、今日は頭の上に、戻らなかった。
むにゃむにゃ……。










