山火事ララバイ さーしーえー
ズズウン……
「勝った……」
バーグベアと私は、同時に倒れる。
向こうは仰向けに、私は膝から崩れた。
身体に力が入らない。肘で上半身を起こそうとしたけど、へたりこんでしまった。
『────分析完了。
対象の生命活動停止を確認。
状態:熱暴走。
現在、計画的冷却中、進行中です。』
相変わらず、何言ってんのかわからんなぁ……。
どこが計画的なのよ……行き当たりばったりで、突っ込んだだけじゃない……。
ジュウウウウウウ……
身体に纏っていた歯車は回転が止まり、白い煙が吹き出ていた。熱したフライパンに野菜をぶっこむと、こんな音がでる。
「おねえちゃん!」
ダダダッ、と、ユータとアナが、隠れていた草むらから出てくる。……あんた達、もっと遠くに隠れてなさいよね。さっきも声、聞こえてたわよ。
「あんたたち……ケガない?」
「ケガしてるのはおねえちゃんだよ!」
両側から、抱え起こしてもらった時に、数箇所に痛みが走る。
左肩と、右腿から血が滲んでいた。打ち身にもなってるみたい。
はは、あんだけ飛んだり跳ねたりすれば、ね。
むしろこれくらいですんでよかったかな。
バチバチ……ザザザザ……
また、燃えた木が倒れる音がきこえる。
丘の方は、もう昼みたいだ。
ああ、せっかくバーグベアを倒したのに。
結局こうなっちゃうのか……。
「あんた達、先に逃げなさい」
「! なにいってるの!」
「街から人が来てるわ。さっき松明が見えた」
「お、おねえちゃんもいっしょにいこうよぉぉ~」
「足、動かないのよ」
痙攣したみたいに、もう、動けない。
歯車は動きを止めている。一気に力を使いすぎたのかな。
ねむい。私はいけない。
アナが泣き出している。
ユータは歯を食いしばっている。
「……ほら、これかえす。行きなさい」
ユータに木の剣をかえす。バーグベアを倒した時、持ちっぱなしだった。
「……この剣は、いらない!」
「はぁ?」
「ぼくは、山に火をつけた! ぼくは、にせもののゆうしゃだ!」
あんたねぇ……こんな時にぐずってんじゃないのよ。
さっきの、バーグベアの一撃で崖が崩れた時、いくつかの、燃えた木も、巻き込んで落下している。ここも、もうすぐ燃えるのだ。
「……そんなの当たり前でしょ。あんた子供じゃない! あんたは勇者なんかじゃない!」
「……!」
「あんたは子供! それをまず、ちゃんと受け止めて! それでいいの! これからあんたは、よく食べて、よく寝て、よく遊んで、それから、何になるか決めるのよ!」
「でも、ぼ、ぼくは……」
「私はね、今日の事で、アンタに止まってほしくないのよ! あの時こうすればよかった。こうしなければよかった。そんなふうに考えながら、大人になっていくなよ!」
「……」
「今日の事は謝り倒しなさい。謝って、謝って、自分を取り戻しなさい。自分のために謝っていいのよ。後悔しないために。明日に踏み出すために。……だから、だから先に逃げなさい。街の人が来てくれる……」
はやく、はやく、ここから離れてほしいのよ。
「……うそだ」
「な……」
「う、うそじゃないけど、うそだ」
「……ユータ」
「子どもだからって、わかる! ここは、もうすぐもえる! いま、いまにげたら、おねえちゃんはたすからない! そうでしょう!」
……きづかれてたか。
「そんなの! おねえちゃんに助けてもらったのに! おねえちゃんをみすてていくのはいやだ! ぜったい、ぜったいこうかいするよ! これから、ずぅっと、ずぅっと!」
「わたしもおねえちゃんしぬのやだ~!」
2人が、ギュッと服にしがみつく。ちょっと、色々痛いんだってば。
「まちのひとらがくるまで、いっしょにいる!」
「アナも!」
ばーか。
ガキンチョどもが……。
何カッコつけてるの。
10年早いのよ……。
あー、でもどーすっかなぁー。
ここで私が死んだら、こいつらの人生、お先真っ暗だよなー。
ぜったい、ロクな人生にならんよなー……。
まったく、ホント、そんなの、勘弁だわ。
ダメで、もともと。
死なば、もろとも。
聞いてみるか。頭で回る、相棒に。
右腕を、空に向ける。
「────クラウン。私の力、今、止まってるよね?」
『────正。歯車法機構は計画的冷却中です。』
そうよねー。
でもねー。
今、ちょっと、死ねないんだわ。
「────ダメもとで、頼む。この子らの未来と、帰る場所を守りたい。この火を、無かったことにしたいの。……難しいとは思う。でも、でもさ、クラウン。」
言ってる途中で、笑いながら、涙でてきた。
そんなの、無理なのに。
山火事を消すスキルなんて、無いんだって、わかるよ?
でも、あがいて、みたかった。
言ってみたかった。
この、おかしな相棒に。
だから──────……
「この"カーディフの火"、何とか私達の力で、消せない、かな?」
『────レディ。
歯車法のレベルアップにより、根幹スキルも強化されています。
根幹スキルは、常時使用可能です。
────アイテムストレージ機能を、上限解放します。』
「……ふぇ?」
ぐおあん! ぱぁぁっん!
手首にあった歯車が、一気に大きくなり、空に打ち出された。1重かと思ったソレは、いつの間にか、わかれ、かさなり、5つに。
5枚の大歯車は、少しずつ重なりながら、少しずつズレながら、まるで花弁のように展開する。
きゅるるるるるる……!
きゅるるるるるる……!!
きゅるるるるるるるるるるるるるる……!!!
回り出す。回り出す。花を模した、大門が。
変化はまず、疾風から。
「かっ、風が!」
門に向かって、ごうごうと風が吹いた。吹いたっていうか、吸い込んでるじゃないの!
ちょ、ちょま。うわあああああ!
「「わああー!!」」
「あ、アナ! ユータ!」
ガシッ、と、2人の服を掴む!
空飛ぶ円盤に吸い込まれてるみたいだったわよ!
間違っちゃいないけど!
あんなの出版ギルドの都市伝説じゃないの!
あああ、私もちょっと浮いてるじゃないの!
木の枝に手と足を絡ませ、子供2人と自分を固定する。
ひぃぃぃ! おっかねえぇー!!
何とか歯車門の方に視線を戻すと、信じられない光景があった。
────ゴォォォォオアアアア!!!
火ぃ、吸い込んどる……!
炎が、いくつもの渦になって、山から、ひっぱがされてる。
その、火炎の竜巻が向かうは、5重のはぐるま。
まるで、あの世へと繋がる門。
私のスキルやよ。わあー。
ギュオオオオオオオオ!!!
「「あわわわわ」」
「しっかり掴まってなさい!!」
突然の、この世の終わりみたいな光景を見て、あわてる2人に、注意する。再び、空を見る。まるで、でかい炎の風車だ……。
あ、今、首なし熊も吸い込まれたような……。
あれ、見間違いかな……。ゴシゴシ。
終わりは、突然きた。
ボッ!
と、マヌケな音を最後に出して、あたりは、当たり前に、闇夜に包まれた。月が、静かに光っていた。
『────アイテム名"カーディフの火"を格納しました。』
山火事って、アイテムなん?
風がやみ、私たちは木の上の大きな枝に、寄りかかる形で落ち着いた。地面からそんなに離れていない高さ。
……ふぅ、吸い込まれなくてよかった。
……─────い!
声が、きこえる。これは……
「お──────い!!」
街からの、捜索隊だ。
────よかった。やっと、終わる。
「────おねえちゃんは、」
「ん?」
もうすぐ目を閉じようとした時、ユータに、きかれた。
「おねえちゃんは、ゆうしゃなの?」
「────────……」
ひとさし指をのばし、
口に、あてる。
「ふふっ、そうよ」
「街の人たちには、ヒミツだからね」
『────オーバーヒートラインが更新。
スキルを一時凍結します。
強制過冷却に入ります。』
私は意識を失った。