そんな時はシャッフルで さーしーえー
「うーん……」
コンコン。
乳の辺りを、小突く。
いや、直にじゃないわよ。
装甲よ、乳装甲。
「……確かに、ここに、吸い込まれた……」
さっき私は、
大切な約束をひとつ、
破ってしまった。
私が両親から受け継いだ包丁、
ヨトギサキ。
金と黒の意匠の、美しい包丁。
それは、"絶対断絶"というスキルを持つ、
意志を持った、魔刀だった。
私は子どものころ、
この包丁の刃に、
"決して、傷つけることに使わず、料理をする"
と、誓ったことがある。
刃物を持つ自分への、戒めと、覚悟。
傷つけぬ、魂の誓約。
あの時は、
この包丁に意志が宿っているなんて、
まっったく知らなかったけど、
そんな事は、関係ない。
確かに私は、誓いをたてて、約束した。
それが、ついさっき、破られた。
私が不甲斐ないせいで、だ。
……ものすごく、悲しい。
今までの自分が踏みしめてきた土台を、
自分で台無しにしてしまったみたいだった。
自分の歩んできた道が、まるで、
嘘になってしまったんじゃないかって……。
あの、夢のハコニワで。
初めて会った彼女は、
私を、せめなかった。
それどころか、私と会えたことを、
とっても、喜んでくれた。
……そだね。
ずっと、一緒にいたのに、
顔すら、知らなかったんだモンね。
「家族を守りたいのは、当然だ」と
そんな風に、言ってくれた。
今回は、自分が我慢出来なかったと、
言ってくれた。
ずいぶん、心が、軽くなった。
なって、しまった。
不甲斐ない。
でも、それに、あまえちゃいけない。
こうなりゃ、意地だ。
サキの顔を見て、わかったの。
"傷つける事に、使わない"
って約束を、心から喜ぶって事は、
サキは多分……今まで、
"傷だらけになりながら、生きてきた"
って、事なんだと、思う。
己を傷つけ、
他を傷つけ、
やっとこさ、
生きてきた。
そして何故か、私の包丁に、なってしまった。
なんとなく、そう思った。
あの、鬼姫の過去を、私は知らない。
でも、ここに来るまで、
とても、辛い事が、あったんだと思う。
色々あって、苦労して、
最後に、刃物になっちゃうなんて……
どんだけやねん。
もう、彼女は、家族だ。
大切な家族に、これ以上、
傷つけさせて、なるものか。
今度こそ、今度こそは、守りたい。
この包丁との、約束を────。
「包丁に戻ってくれて、よかった……」
助けてくれた時のことを、思い出す。
ヨトギサキが、はぐるまになった事。
そして、乳装甲に、吸い込まれた事。
「……なんで、はぐるまに、なっちゃったんだろ……」
彼女が、あの後もずっと、
"はぐるま"のままだったら……
私、今も、めちゃくちゃ泣いてたかも。
自分の乳を、ガンガン殴ってたわ。
「まさか、あんなことになるなんて……」
うっすらと、残る記憶を、思い出す。
『────"はぐるまどらいぶ。"』
────あのとき、クラウンは、そう言った。
今まで、たまに魔物からドロップしてた、
それぞれの特性を持つ、"はぐるま"。
その使い方って、もしかすると……?
「……ねぇ、クラウン。さっきの、"はぐるまどらいぶ"って、何だったの……?」
────ガッチャン、ガッチャン。
「ねぇ、クラウン」
────きゅいいいいいん。
「ちょと」
────ギガガガガガガ……!
「ねぇ……おい」
────ガゴゴ、ゴッきぃ……!
あ……つまった。
『────機構ジャミングを確認。駆動実験失敗。ケース27。』
「あのねぇ……さっきから、何をガッチャガチャ、やってるのよ……」
さっきから、顔の右上らへんで、
いくつかの歯車が、噛み合いながら、
くぅるくる、回っていた。
何か……クラウンが試しているみたい。
『────試行錯誤です。』
「なんの?」
『────解。"軸"となる概念構築に由来する。』
「じ、じく?」
軸って……あ。
「ヨトギサキの、助言?」
『────肯。"動を導く軸"の追求。』
「つ、追求って……」
夢の中で言ってたな……
たしか……"からくり"に必要な、一つ……?
『────"からくり"の概念は、歯車の周回軌道を支える、軸の存在が不可欠判定。そのパターンを構築しようと模索しています。』
「お、おう……ええとつまり、新しい料理を考えてるワケだ……」
『────的を射た比喩表現。』
「その感じの褒め方、好きね」
色々試すのは分かるけど、
あんたさっきから、
進行方向の視界を歯車で塞ぎそうじゃないの。
「クラウン……私も気をつけるけど、ちゃんと魔物の索敵もお願いしますね……」
『────レディ。索敵野強化中。先刻のような失態は、私も不本意です。』
「あ、ありがと……」
────ピコん、ピコん、ヴォンッ。
「うおっ」
なんだなんだ!?
顔の左半分から、
ちっこいアナライズカードが吹き出したぞ!?
「これって……もしかしなくても、先輩すか」
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>>>あ、ごめん……夢中になっちゃって
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「何に?」
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>>>"鯨のヒゲのバネ"
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「それって……クラウンと同じ……」
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>>>そ。サキ嬢のアドバイス
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「あなたもですか……。そもそも"くじら"って?」
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>>>あ、そか クラウンちゃん?
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『────検索完了。
────"ホエール"に該当。』
「えっ、ホエールって、海の魔物でしょ? ヒゲ? ヒゲって何?」
─────────────────────────────
>>>いや、言ってたでしょ
"バネ"ってさ
─────────────────────────────
「ヒゲ? ヒゲがバネ??」
なんのこっちゃ……。
─────────────────────────────
>>>うーん その言葉をヒントに
僕に何か出来ること
何かないかなーって思って……
─────────────────────────────
「……それで、お得意のアナライズカードで、色々試してるワケね……」
─────────────────────────────
>>>そゆこと
─────────────────────────────
いや、気持ちは嬉しいんだけどさ……。
…………。
…………。
……いらっ。
『───失敗。失敗。』
─────────────────────────────
>>>うーん うーん
─────────────────────────────
え、何これ。
想像以上の精神攻撃だわ。
右にピッカピカと光を反射する騒音。
左にウインドウがどんどん出てくる。
あれ?
なんだ?
私へのいやがらせか?
ぐぉお、うるせ、うっっとうしぃぃぃ。
だ、だめだ、がまんできん……
「……あのねぇ、あんたたち……。その、私のために、何か出来ることを探してくれるお気持ちは、とぉぉってぇもぉ有難いのですが……」
『────当然です。家族ですから。』
─────────────────────────────
>>>家族だからね
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「……さらりと小っ恥ずかしいこと言うわね」
くそぅ。
優しさに、文句が言えん……。
「……あのさぁ、さっきから苦戦してるみたいだけど、いっそのこと、交換しちゃったら?」
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>>>え?
─────────────────────────────
『────詳細入力。』
「いや、だから……"軸"と"バネ"よ」
このまま進展ないと、私がツライのよ。
「私ん家の食堂でも、新メニューのアイディアがつまった時は、考える分野を、シャッフルすんのよ。野菜が私、肉が父さん、魚が母さん、とかね? つまり────」
ビシッと。
それっぽく指をたてて。
「クラウンが、"バネ"。先輩が、"軸"」
『────私が、バネ。』
─────────────────────────────
>>>ぼくが、軸……?
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いやぁ、これでちょっとは静かになると……。
『────バネ。
────バネ、はつまり、動力のこと。
────動力源。
────より効率の良い。
────動力源の改善と、開発……。』
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>>>軸、か……
軸って、歯車の位置を決めたり、
座標って意味もあるよね
あ、つまり、アイディア、か……
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あれ、結構うるさい。
家族うるさい。
なんでやねん。
「……もういい。私が悪かった。好きに生きてちょうだい」
『────私はスキルです。』
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>>>ぼく今、マジックアイテム(笑)
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「生き生きしている非生物だこと……」
クルルカン2代目は、
今日も賑やかに、
前に進みますよ〜〜っと。
ぐすん。
ヨトギサキぃ……
静かなアナタが、とっても有難いわ……
わたし、負けないわ……!
どうか、バッグ歯車の中から、
見守っていてくださぁぁい────!
地図を見ると、もうすぐ遺跡地帯だ。
まだ、人工物っぽいものは見えていない。
だが、大いなる緑の森は、
少し、様変わりしてきている。
岩や、石が露出し始めているのだ。
相変わらずデカい木はあるが、
もう、緑一色とは言えない。
私は、深い緑の園を、抜けつつあるのだ。
「……ゴツゴツした岩が、緑の地面からちょこちょこ見えるね!」
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>>>こうなってくると近いよ!
すぐに、建物っぽくなってくる
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「……楽しみだけど、なんか住んでそうね」
『────警戒を強化します。』
「おねがい」
魔物が住み着いていたら、怖い。
万が一にも、
またヨトギサキに助けられるような、
情けない事態に、なる訳にはいかない。
私にも、食堂娘の意地ってのがあるわ。
家族にたてた誓いだ。
そんな簡単に、何度も破られるか。
「! これ……」
目の前に、ずいぶん大きな段差がある。
地割れかな……上下にズレて、
まるで、ケーキの断面だ。
上が苔塗れのケーキなんて、ヤだけどね。
「とびこえるね」
『────上昇地点に警戒推奨。』
「そうね。ありがと」
せのでっ……!
───キィ───────ン──!
この足音に当て字をすると、
まさに、これになるから、溜め息モンだわ。
やれやれ……遠くの魔物が聞いたら、
どう思うのやら……。
あっというまに、ケーキのてっぺんへ。
まだ、着地せず、空中にいる。
正面を、少し軽めの反射速度を発動して、
注意深く見回す。
まだ木が多いな……。
後ろは、今あがってきた、
ガケみたいなもんだ。
ここで襲われるのはゴメンだ。
────大丈夫……かな?
「クラウン」
『────呼吸音、鼓動感知。』
「着地後に再分析たのむ」
『────レディ。種族検索続行。』
何かいる。
もう、無様は晒さない。
あの人にも、自分にも、
申し訳がたたない。
着地したら、足音がなる────。
──────キン、キキン!
よし、反射速度、発動す──。
「な、なんじゃ今の音は!? だれかおるのか!?」
────!?
ひ、ひとの、声っ!?
(く、クラウン……)
『────対象:前方12メルトルテ。地表7メル地点。』
さ、更にうえ……?
うえに、人……?
「おおいっ! だれかおるのかっ!? た、助けてくれぃ……」
しゃがれた、男性の声だ……
こんな超、街外れに……
ま、まさか、山賊とか!?
(クラウン。警戒して、進む)
『────レディ。』
…………。
────キン
───────キン
─────キン
────────キン
──────キン
─────────キン
「ひっ! な、なんじゃ、この音は……あ、足音? まるで人間のものではない! ま、まさか、高位の魔物の足音かっ!?」
し、失礼な……。
足音で、魔物扱いて。
泣くぞコラ。
複雑な乙女心のまま、
私は、歩みを進めていく。
さあ、
ゴブリンがでるか、
スネイクがでるか。
『────検索完了。
────対象種族:──……。』










