ココロハコニワ大集合 さーしーえー
目の前にいる女性が、そうなのだと、わかった。
黒の服に、金の装い。
花のような、風車のような意匠。
腕と裾から垂れる大きな布地は、
光を吸いこむような艶があった。
母さんと同じ、纏められた黒髪。
頭にしゃらんと、金色が鳴った────。
「──……十五年も、かかってもうたな──……」
「ヨトギ、サキ……」
金の、角と、爪。
嬉しそうに、悲しそうに、笑った。
「ここは……」
「ここは俺っちの、心のカケラ。思い出の箱庭じゃ……」
「はこ、にわ……」
建物の、中だろうか。
昼か、夜かはわからない。
四角く、切り取られた空間。
見たこともない組み方の間取り。
あの、扉のようなモノに貼ってあるのは、
紙、かな……?
血のような赤で塗られた、
細かな木の柵が、とても綺麗だった。
「ふふ……障子を見るのは初めてじゃろな」
「…………」
「どうした、黙りこくりようてからに」
見たこともない建物に囲まれた、
小さな、そして、神秘的な箱庭。
真ん中に、黒い幹、金の葉の樹木が、
祀られている。
その、傍らで、
俯いた私に、
砂と石が、歪んで見えた。
「あなたに」
「ん」
「あなたに、頼りたく、なかった……」
「ん……」
「今、私、変わりはじめてる……」
「うん」
「でも、多分、たくさんの人のお陰で、変わりはじめられた」
「そうさな」
「だから……だから! あなたのことは、変えたくなかった!」
拳を握り、涙を弾いて、前を向く。
「色んなモノが変わっていく中で、でも、変えちゃいけないモノがほしかった! 私が、あなたとした、あの約束……」
「……」
「父さんと、母さんから、譲り受けた……大切、だから……」
「ん……」
また少し、
顔の角度が、かげる。
そばの部屋の奥から、ほのかに、
弦を弾くような、綺麗な音が流れている。
「あなたは、私が変わっていく中で、それでも、変えちゃあいけない、誇りのようなものだった……」
「……」
「それを……わたしの、せいで……」
私は、自分だけの生き方を、在り方を探して、
ここまで、来てしまったけど、
それは、昔から大切にしているものを、
切り捨ててきていいって、ことじゃない。
いや……そうじゃない。
もしかしたら、
みんな、みんな、
次の一歩を踏み出すために、
何かを決断して、何かを切り捨てて、
それでも、前に進んでるのかもしれない。
でも、私は……
我が儘な、私は。
大切にしてきたものを、
持ち越して、繰り越して。
一緒に、持っていきたかった。
私が、彼女と、一方的に交わした約束。
両親から受け継いだ、宝物への、誓い。
命を刻む刃だからこその。
私自身を、奮い立たせるための、礎。
私の大切な"軸"が、
私のせいで、崩れた気がした。
私は、裏切ったのだ。
「私は、自分でした約束を、守りたかった……」
「……そう、さな……」
──しゃんら、
────しゃんら、
───しゃんら。
夜伽の姫が、私に寄り添い、
ながい袖絹ごと、私を抱く。
私は、ハッとしたが、
すぐ、その優しさと、
香りの温度に、力を抜いた。
「そうさな、ぜんぶ、おまぃのせいじゃ」
「あ……」
「くく、否定はせんよ。見よ、安嬢、俺っちを」
「ん……え?」
優しく責められて、
でも、穏やかに促され、
私は顔をあげ、彼女を見た。
綺麗な、金の目をしていた。
母さんよりは、少し、白に近い金。
でも、目付きは母の、ソレだった。
横に裂けるような、面長のつり目。
ずっと一緒にいた、私の刃。
「ふふ、見よ。俺っちはまだ、ここまで人の形を保うとる。心はここに、しかとある」
「……?」
「くく、おまぃのせいじゃ、安定。主があのような約束をする故、俺の心は、とうとう、ここまで縫い止められた」
「サキ……あなた……?」
「魔の刀に、心など、いらん。しかし、主は、俺に、話しかけよる。穢れし刃で、食を生み、人を笑顔にしよる」
「あ……」
「ばかものが。お陰ですっかり、情が湧きやがる! おまぃは、紛うことなき俺っちの家族じゃ!」
「う! うぇ、え……!」
あんまりな言葉に、涙が滲む。
約束を破った私には、防ぎようがない、
反則な言葉すぎた。
ゆったりと、黒と金に抱かれたまま。
「みぃぃぃんな、お主のせいじゃ! この俺っちが、心の家族を助けぬわけが、なかろうて!」
「ふ、ふぐぅぅ〜〜……!」
「ぐかかっ、泣け泣け、ばか娘が!」
情けなくも、黒に顔を押し付けて、泣く。
自分で出す声は、自身ではよく、聞こえない。
知らぬ間に、金の花が、舞う。
夜伽の姫は、包むように、堪えてくれた。
弦の音が、慎ましやかに、響いた。
「もう、迷惑かけない」
「ほんにか?」
「うん、かけない」
「かけてもええど?」
「やだ」
「かか!」
「あなたは、私の包丁」
「せや」
「あなたが、傷つける者になるのは、いや」
「ん」
そっと、彼女を押し返し、
顔を見る。
「私、あなたに会えて嬉しい」
「!」
「へへ、そんな顔、してたんだね」
「……」
「……サキ?」
「……俺の、台詞じゃ……」
艶のある、黒髪の。
金の眼に、涙が浮かび、驚く。
「俺っちが、どれだけおまぃに救われたか、おまぃは知るまい……」
「──……」
額には、金に光る、小さな角。
彼女の過去を、私は、知らない。
「──あんてぃ。俺っちを"笑顔"だけに使う心意気、嬉しく思わぬはずがない」
「はい」
「じゃがな……努々、忘れるなや。俺は、お前が好きじゃ」
「……はい」
「もし、おまぃが危のうなってみろ……俺は、閻魔でも斬るぞ?」
「え、えんま……?」
「ぐかか……させんように、できるかや?」
「……!」
正直に言うと、
ちょっと、ここで、ぐらついた。
彼女がいて、心強かった。
いつも、見守ってくれていた。
ずっと、一緒だった。
でも、だからこそ────。
「やる」
「……ん」
「私、黄金の義賊になっても、郵送配達職になっても、巫女さんになっても、食堂の看板娘であることは、捨てないわ!」
──決断して、切り捨てたりなんか、しない。
「なんで、ここにいるのか、私もよく、わかってない、でもね──」
金の眼を、合わせあって、言う。
「あなたに迷惑をかけないくらいには、強く、なるわ!」
「──さよ、か……」
ほんの少し、寂しそうに、振袖が、おろされる。
でも、その表情は、晴れやかにも見える。
「──おまんら、こやつを、手伝ってやってはくれんか……?」
「──え?」
ヨトギサキが、私の後ろを眺め、言う。
振り返る前に、その気配が、追いつく。
「当然だね」
『その質問は、愚問です。』
左手が、後ろから絡めとられ、
頭に、暖かな手の感触がある。
左側に、真っ金金の、お人形。
右側に、仮面を被った、男性。
さも当然のように、私の両隣りに、いた。
「こっちもね……ちょっとお説教されたくらいで、おりる気は、サラサラないんだよね」
『私達は、常に、側にいるのですから。』
「あなた、たち……その、声、まさか……!」
初めて姿を見る、目の前の、3人。
私の心の中は、けっこう、にぎわっているらしい。
「あんたに、頼らないように、支えていくよ」
『あなたはあなたらしく、料理を作ることを推奨します。』
「! ……くかか、俺らしさが、"料理"か……」
義賊の青年と、王冠の化身の言葉に、
夜伽の姫は、苦笑する。
とても嬉しそうに見えるのは、
ぜったい気のせいじゃ、ないと思う。
────バッ!
「「『 ! 』」」
金の、扇が開かれた。
それだけで、優雅な。
向き直り、姫が言う。
「──刃の鬼より、ひとつ助言をば」
皆で向き直り、言葉を待つ。
「──俺っちの遥かなる故郷にも、"からくり"はあった。郭に持ち込むあほぅもいて、困ったものよ」
「"から、くり"……?」
「──あんてぃ。歯車だけでは、"からくり"にはならん」
「!」
「──"鯨のヒゲの、バネとなれ"。"動を導く、軸となれ"」
────……?
まるで、謎かけのような、鬼姫の言葉。
でも、とても大切なことのような、気がした。
「──ぐかか。あの、講釈たれの客が、このような所で役に立つとはの」
「えと……?」
「"鯨のヒゲの、バネ"……?」
『"動を導く、軸"……。』
仮面の青年と、
王冠の化身が、
鬼姫の言葉を、復唱する。
「──俺っちも、明るくはない。だが、"歯車"には、必要なことよ……」
「はぐるま……」
私が使いこなせていない、
謎の、チカラ。
そのことを、例えているのだろうか。
「──おまんらに、支えを任す」
「『!』」
明らかな目線を受け、
しかし、彼らは頷く。
「……承ります」
『受諾しました。』
「えーっと?」
知らない間に、箱庭は、消えていた。
何も無い、白い、空間。
夜伽の姫と、私達。
弦を弾く音だけが、響いている。
「──お、おい」
金の扇で口を隠し、
少し、遠くに立つ、姫が言う。
「──か、家族で、仲良くな」
────?
妙に、歯切れが悪い、言葉だった。
何を、言っているんだか。
両隣を順に見ると、
仮面の青年も、王冠の化身も、
やれやれ、といった表情だった。
「あのさぁ、それって、よくわかんないよね?」
『同意。そう表現するなら、あなたも。』
「────私たちの、"家族"だよ?」
「──!!」
黒と、金の眼が、見開かれる。
「──────そうか」
扇の後ろで、笑った。
巨木の根の上で、目が覚めた。
片手に、ヨトギサキを、握っていた。
髪は、解けている。
いつもの、私の金だ。
泥だらけだったはずのヨロイは、
清々しいほどに、金ピカだった。
大きな、木の根から、降りる。
牛の化け物は、きれいに、解体されてた。
もう、各ブロックにわけ、バランっバランだ。
さすが、私と料理をし続けてきただけはある。
血は、緑の苔の下に染み落ち、
赤は、ほとんど目立たなかった。
斧は、裂いた魚の干物のようになっていた。
片手の、包丁を、見る。
「…………ぐすっ」
『────アンティ……。』
じんわりと、涙ぐんでいた。
私が、弱かったから。
なんで、強くなる必要があるのか、
これからも、わかんないかも。
でも────……
「ごめん、ごめんね……私、がんばるね──……!」
涙を拭い、
包丁を熱湯に通し、
布で拭いた。
肉をしまい、
バラバラの斧は、放置した。
少し件の魚をかじり、
遅めの昼食をとった。
フゥっ、と息をはき、
滲みそうな涙を騙し。
髪を、二つに結わえ、
私は、歩きはじめた。
(つд⊂)琴を弾いているのは、大姉です。










