鬼さんこちらでキレてますぅ
異質な、鋭い金の鬼の瞳は、
大牛に、一度の後退の選択をさせた。
「ブ、ブモォオオオオオオオ──!!!」
──ズドォオォォォォ────ンッッ!!
裂かれた、折れた斧を持ち、
苔の大地を大きく蹴り、後ろに跳ぶ大牛。
すぐ側の、巨木の後ろに隠れる。
そして、生まれる違和感が、
冠に宿る意思を、困惑させる。
あの巨体の足音が、しなくなったのだ。
『────ッ。震音反応ロスト。そんな……。』
冠の力を持ってしても、音を、感知できない。
あれほどの巨躯の魔物の。
何故だ。
自身の得意分野で、何故、成果がでないのか。
王の冠は、確かな焦りを持った。
【──……冠。御前、やらかしたな】
『────な。』
どういうことだ。
最初、王冠は、この金の鬼が何を言ったか、
理解できなかった。
分析を以てして、問いかける。
『────やらかした、とは。
────私が、失敗した、と言う表現ですか。』
コクリと頷き、
鬼は、冠の問に、肯定を示す。
【──おぅよ、冠】
『────ッ。わ、私には、"クラウンギア"と言う呼称名が──。』
既に感情が開花している黄金の王冠は、
鬼からの"至らなかった"という指摘に、
わずかばかりムキになり、声をあげた。
【──"喰らわん"? そんな名じゃったか? 面妖じゃの……】
『────ちがっ……。あなたに言われたく──。』
【──! くるぞ。黙れ】
『────!?』
……────どぉおおおおん!!
【──か。当たらんな、それでは】
『────な……。』
背後から、折れた大斧で殴りかかる、牛の化け物。
半身を引き、最低限の動きで、鬼は避ける。
『────……全く、音が……。』
【──……馬鹿たれ。"斧"じゃ】
『────お、の……?』
【──あの大斧、俺っちと同じで、"妖力"がありよるぞ】
『────!!』
指摘され、王冠は、斧を見る。
『────……分析完了。』
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名称【 クレタリージュ 】
(スキル媒体/アイテム)
種類:特殊戦斧
対象:アステリオス
スキル:"隠密"
状態:破損(中)
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『────そん、な……。』
────スキル:"隠密"。
敵の持つ、大斧に隠された、特殊な力。
今までの奇襲のからくり。
その字面から、金の冠も、
容易に、その特性を、予測できた。
【──俺っちのように意志まではないが、あの大斧も同じ類よ。"妖刀"の一と考えれば、容易いものよ】
『────……。』
【──"喰らわずの冠"よ……御前、何故、これを安嬢に伝えなんだ?】
『────! ッぅ……。』
王冠は、自身の失態を悟った。
何故、魔物の本体だけをみて、
その武装の分析を怠ったのか。
あの大斧に、
気配や足音を消す力があると予測していれば、
黄金の少女は、泣かずにすんだのではないか。
無機質の見た目に似合わぬ、自責の念が、
王冠の心に、ひろがっていく。
「ブモォオオオオオオオ────!」
──ぐぉぉおおおん────!!
【──ち】
──ドォォオオオオン────!!
避ける、
避ける、
避ける。
わずかな動作で、スルスルと。
花の羽衣をたなびかせ、避ける。
だが、その身体は、わずかに、軋んでいる。
【──ッ! おい! 仮面の童ァ! 貴様、随分な無茶を、こやつにさせよったなァ──!】
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>>>え……え!? ぼ、ぼく……?
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優雅に舞う女鬼に見惚れていた仮面は、
しかしその彼女に、叱咜される。
【──この鎧……安嬢以外の意志では、"力のかさ増し"は起きん、とか抜かしておったな】
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>>>"あんじょう"って、
アンティのことだよね……
そ、そうだ!
あなたも、アンティ以外の意志!
えっと察するにあの包丁さんだよね!?
まずいよ!
また、アンティの身体に負担が……
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【──こんのォォォオ、馬鹿たれめぇぇえぇ!!!】
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>>>ひっ!!?
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ひらり。すらり。はらり。
大牛の猛攻を避けながら、
鬼が、娘を想い、さけぶ。
【──確かにこの……力をかさ増しするヨロイ、俺っちが使うとると、能力が弱まるようじゃな。じゃがなぁ! 安嬢の身体が軋んだんは、おどれのせいよ!】
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>>>えと、ど、どういう……!?
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斧をかわしながら、
声をかわしながら、
鬼は、優美に舞う。
【──聞け小僧……。女の身体っちゅうのは、男のソレより柔らかい。肉の話だけではあらはん。骨の節やら、曲がる角度のことをも言うとる!】
大牛の気配がまた、
空間に溶けるように、消える!
しかし、鬼は、意に介さない。
【──せやがの。常の力の入れ込みや、一気の力に、ただの女の身体は脆く、儚い……】
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>>>それは……
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【──小童。貴様は"女"の柔らかさに甘えて、"男"の戦い方をしよったのじゃ!】
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>>>──ッ!
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【──急に止まり、力を入れ続け、宙を走り続け、こやつの身体に、気を使わなんだ!】
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>>>あ……
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黄金の仮面は、思い当たることがあった。
あの時、確かに自分は、
周りの敵の事を考えて、
ヨロイの力が弱まっていることには、
気づけなかった。
走り、振り回し、跳ね、
それを、続けた。
感覚を感じさせることを重視し過ぎ、
感覚を感じることを、失念していた。
【──ふん、貴様、童貞じゃろう】
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>>>──ぐ、ぐぬぁ!?
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【──ぐかかっ! 図星か! 道理で、おなごへの配慮が足らぬわ! 小童!】
音の消えた一撃が、
金と黒の鬼を襲う。
しかし、焦燥など、
彼女には、無縁だ。
【──それ】
金の鬼が、左の膝を曲げ、
前に突き出す。
たった、それだけの行為。
なのに、まるでその膝が、
見えない何かに引っ張られるように、
身体が、前に流れ出る。
上の身体はその勢いに抵抗せず、
ゆったりと、後ろに倒れ、続く。
膝を前に、まるで踊り子のように、
優雅に、羽衣をなびかせながら、
金の鬼は、宙をすすむ。
斧の斬撃は、見当違いの場所をえぐった。
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>>>す、ごい……
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わずかな力で、風に舞う羽衣のように、
攻撃を、避ける、鬼姫。
その姿は、もはや、美しくすらある。
仮面に宿る彼は、その舞に、
自分の、至らなさを知った。
【──ふん。訳あって、女の身体、男の身体……それに殺意にも、俺っちは慣れ親しんでおる。今、この程度の遅さでは、永劫に俺には当たらんよの】
事もなく告げる鬼の姫。
だがそれは、この刃心の生き様が、
いかに厳しいものだったかを、物語っている。
【──"面の童"よ。主の先見の力、確かに凄まじい。じゃが、主は少し、周りの者への目届きが、単純すぎようぞ。軽薄そうで、しかし真っ直ぐな所は可愛らしゅうもあるが……その結果が、この身体の軋みじゃ】
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>>>────……
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「ブモォオオオオオオオ───!!」
【──かか。せっかく気配を殺しよるに、苛立ちで叫びよるか!】
右に、上に、下に。
無茶苦茶に、巨大な欠けた斧を振り回す。
全ては、紙一重にて、避けられる。
斧が通る時の風に、さわりと乗るように。
羽織りし花の羽衣が、なびく曲線を追い、
滑らかに、美しく、尾をひいた。
【──"喰らわず"、"面の童"。厳しい事を言うたが……俺は、おまんらに大きく感謝もしとる】
舞いながら、鬼は、唄う。
着飾らぬ、己のきもちを。
『────。』
>>>…………。
【──俺っちが戦うと、こやつは、悲しみよる……だかんら、今までの戦に出てこなんだ俺が、おまんらに偉く語るは、卑怯な事になるんやもしらん──】
ブモォオオオオオオオ────!!
乱れた大牛が、音を消している事を忘れ、
愚かに、苛立ちの叫びをあげる。
【──おまんらの心の在り方に、俺は、礼を尽くしたい! かか、おまんらは知らんやろうが、俺が感謝を述べるは、げに珍しきことよ!】
気配を消し殺し大斧が、
天空に振り上げられる。
【──だから、任そうと、思うた。心を支えよる、おまんらの想いに! じゃがの──】
ブモォオオオオオオオ────……!!
斧が、振り下ろされる。
真っ直ぐ、ただ、ばかの一つ覚えのように。
【──こンの畜生の有り様は、幾分、目に余りやがるゥ……!!】
せまる、赤鉄の斧。
金の鬼は、今度は避けず、
その軌道に、右の金剛の爪を、合わせた。
【──牛肉ごときが、俺の可愛い安嬢を泣かせるなんぞな───】
─────しゃこぉぉおおん────!!
【 一千年、はやかろうぞ!!! 】
魔刀、夜伽咲。
固有スキル:『絶対断絶』。
────大斧は、バターのように、裂かれた。
【──貴様に、覚悟のヒマなど、与えん……】
情を忘れぬ、
世を研ぎ裂く、刃。
その眼光は、怒りの黒と、慈愛の金。
【──腹に収まる大きさまでは、刻みこんで、くれようぞ……?】
────ズズゥゥゥン。
「ブモ、ブモモ……!?」
斧を裂かれ、
とうとう、
音と、重みを消す力を失った、
愚かな、大牛の化け物。
でかいだけの畜生は、
生まれて初めて、
"捕食者の瞳"を、見た。
会話しながら戦闘ってムズっ( º дº)










