ほこりさきしはがね
食堂の一人娘だったから。
たくさん、切ってきた。
お気に入りの、包丁で。
肉も、野菜も、たまに、魚も。
たくさん、たくさん、切ってきた。
だから、ちょっと、考えてしまった。
────「自分が切られたら、こんなかな」と。
ギ ャ リ リ ギ ガ ギ ギ ギ ガ ギ
彼女の、時を重くするスキルのせいか。
危機を察した脳が、思考を速めたのか。
わからない。
火花。
白い、火花が、
ゆっくりと、見えた。
彼女の腕の外側を、
削り取るように、ゆっくりと、刃が、撫でる。
天に上げた腕の装甲から、グローブの手首へ。
肩。胴。腰。
足まで、抜ける。
巨大な斧の、刃だ。
最初に叩きつけられた衝撃で、
黄金の足は、苔と泥の中に、
ずぶずぶと、押し込まれてしまっている。
彼女は、両腕のスキマから、見た。
牛の化け物が、
彼女の身長の2倍はあろう、
何かの鮮血で錆びた大斧を、
もう一度、振りかざす所を。
────ゴォォオオオオオアンッッ!!
──────ギギッ、ゴリッ!
────ガッ! ゴッ!
──────ガァァアキィ!! ゴアンッッ!!
────ゴァァアアアアコォン!!!
「ブ、モ、オ、オ、オオオオ───!!!!!!」
雄牛の化け物は、叫ぶ。
女ったらしの、畜生の王。
筋肉と、獣の革で覆われた、欲望の化身。
最初は囲うつもりだった。
だが、反撃された。
だから、怒った。
だから、斬りかかった。
うぜぇ、うぜぇ、うぜぇ、と。
本能のままに、斧で、少女を殴る。
────ギゴォォオオオオン!!!
──────グゴロォオオオン!!!
────ガシュッ!
──────ガゴォオオオオオン!!!
────ガガガガ……、
──────ゴオオオオオオン!!!
刃が、立っている時もあったし、
寝たまま、斧の腹で殴られた時もあった。
ヨロイの少女は、ただ、殴られ続けていた。
何度も、何度も、何度も。
何度も、何度も、何度も。
何度も、何度も、何度も。
「………うっ、うっ」
黄金の少女は、泣いていた。
──彼女は、
────食堂の、
───────娘だった。
たくさん、切ってきた。
お気に入りの、包丁で。
肉も、野菜も、たまに、魚も。
たくさん、たくさん、切ってきた。
でも、自分が切られたことは、ない。
「あ、あ……」
「ブモォオオオオオオオ……!!!」
怖かった。
自分の何倍もの大きさの刃物で、
狂ったように、殴られ続けている。
足はもう、ほとんど地面に埋まっていた。
今まで、自分が、
叩き切ってきた、肉や、魚も、
こんな気持ちだったのかな、と、
思って、しまった。
それは、優しさに似た、なにか。
そして今は、とても、愚かな事。
彼女の纏う、黄金の龍のヨロイ。
これしきのことで、砕けはしない。
だが、頭をまもる、両の腕は、震えていた。
力が及ばないのではない。
心が、だ。
>>>しっかり! 抜け出すんだ!
────あなたなら、できる。
>>>ぼくのワザを、使えるだろうっ?
────わたしとともに、きた。
……彼女は、一人ではない。
心に、仲間を宿していた。
だか、その叫びは、想いは、
今は、恐怖に阻害される。
「うぁぁ……、ぅああ……」
泥が巻き上がる中で、
山みたいな牛の化け物に、
斧で殴られ続けているのを、
防ぎ、続けている。
音は、もう、聞こえていなかった。
衝撃が、鈍く、あった。
両の腕が、ガクガクと、震える。
なぜ、防げているか、わからない。
「う、あ、あ────」
狂気に染まった連撃は、
ヨロイの中の少女の心を、穿つ。
力を込めていれば、ヨロイは応えるだろう。
だが、意志のチカラが消えれば、
それは、ただの──────。
────────力が抜ければ、おわりだ。
ガクッ、と。
腕のガードが、外れた。
もう、黄金の身体は、泥まみれだった。
半分程、地面にズッポリと、ハマりこんでいる。
ガクガクと、震えた。
こわさに、涙を、流していた。
────いけない。
>>>アンティ──!!!
────斧が、振り下ろされた。
「ブモォオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
────時が、止まった気がした。
少女が、胸元を、見ている。
自分の、白い装甲。
その前に、浮いていた。
「────────」
包丁。
包丁だ。
いままで、切り刻んできたモノ。
たくさんを、切り落としたモノ。
「だから……」
虚ろに、黄金の少女が、問う。
恐怖に怯える、少女は、問う。
「やりかえされたのかな……?」
道理でない、的を射ない、問いかけを。
ともに育った、刃の切っ先に。
【────ふ ざ け ろ……。】
悲しそうな声で、答えた、気がした。
かわる、かわる、かわる。
まがる。まがる。まがる。
くねる。くねる。くねる。
金を孕みし、漆黒の刃が。
「あ────」
【────俺っちに、笑顔の未知をくれた──】
包丁は、はぐるまになっていた。
金を孕みし、漆黒のはぐるまに。
「あ……あ」
【────安嬢……堪忍、な?】
「う、え────?」
ポチャアン────……。
胸の、装甲が、波打つ。
黄金の中で唯一、白く輝く、装甲が。
波紋が、ひろがってゆく。
それは、まるで、水面のようで────────。
金と漆黒の"はぐるま"は、
────────白の胸甲に、吸い込まれた。
王の冠が、取り憑かれたように、言った。
『──、──。』
『────は、ぐ、る、ま、ど、ら、い、ぶ。』
『────ヨトギ ソウル : クラウニング────。』
きゅおおおおおおおおおおん、ん、ん!!
────黄金の少女の身体に、光の筋が、走った。
(つд⊂)改行がぁぁああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛










