ひみつのおふろでふたりごと さーしーえー
知らない香りで、目を覚ます。
「────……ん」
覚えのない、布団の色。
ゆっくりと、覚醒する。
「──────……」
……パサり。
「…………うわ」
ぱんいちだった。
客間のベッドの下を覗くと、
アブノさん特製肌着(上)が落ちている。
……キラッキラ、ツルッツルの布地で、
まるで、貴族のソレのようだ。
「今日は……いつ脱いだんだろう」
『────おはようございます。就寝より3ジカ36フヌ時点で、上半身装備の自己脱着を確認。』
「……おはよう」
まずいわ。
まただわ。
ひとり暮らしって、危険だわ。
女の子として終わってきたわね……
このままじゃ、そのうち夜のうちに、
きんきらぱんつも脱ぎかねないわ……。
ベッドから降り、
明るい布が張ってある窓を見る。
なるほど。
これで、風と光を取り入れてるのね……。
───ガッ!
「──あぅわっと!」
よそ見をしていたら、
何かに、つまずいた。
────タユン、トゥン、トゥプ……
くぐもった、金属と水の音。
「とっと……! こ、これ……」
でっかい薄い金属の入れ物に、
お水が張ってある。
アナやユータ達なら、
入って、水遊びができる大きさだ。
「丸い入れ物でよかった……ケガする所だわ」
『────損傷:無。身体を清めるための水分と予測。』
「あや、昨日の夜は無かったのに……」
『────解。就寝より1ジカ7フヌ時点で、ジジアラ・ロトラによって設置記録。』
じ、ジジアラさん……
お水用意してくれるのはいいんだけど、
乙女の部屋に侵入するのは……。
あ、いや、泊めてもらってるワケだし、
コヨンってお孫さんもいるから、
多分、孫娘を世話する感じだったんだろうけど……
「タイミング悪けりゃ、脱ぎ散らかしてるとこ見られたじゃないの……」
神官やら、巫女やら言われてる女の、
醜態を晒すところであったわ……。
「次から、起きてる時にお願いしよう……あ、そんな長居しないか……」
『────アンティ。身体を清めますか。』
「あ、お願い。えと、ここに入ったらいい?」
『────装備も一緒に洗浄可能。そのままどうぞ。』
「えぇ──! いやだよ脱ぐよ、張り付くでしょう」
後で乾くとはいえ、
水で肌に張りついた肌着ほど、
不快な物はない!
『────レディ。武装別洗浄モード。』
「ぱんつは武装じゃねぇ」
────シュルリ、しゅる。
────チャポ、たポン……
「つめた……」
『────アンティ。』
「ん、ひとつ、落とすね?」
────にょき、にょきにょき。
────きゅいいいん、きゅうん……
───ポたん!!
『────亜空間式洗浄機構、起動します。』
「仰々しい……ただのシャワーでいいで……」
────シャアアアァァァァ──……
「──ぎややややっ! ちべたいちべたいちべたい!!」
『────あ。』
「あ、じゃねぇわ!! 山火事はよ! 凍えるぅぅう!!」
『────す。水温調節を開始しました。』
お、おそいわよぉ……
こぉの、うっかりかんむりっ娘がぁぁ……。
ぶるぶるぶるぶるぶるぶる。
朝から冷水ぶっ被るとか、
マジで私を神官さんにする気か……。
「寿命が縮まった……」
『────心拍数、正常値。』
「しんぱくすう、ってなんやねん……あ、心臓?」
『────第二フェイズに移行。』
「こら人の話き、」
──バシャアアアアア───……
「こぽぽらあああばばはぁ」
まるで、滝に打たれてるみたいじゃないの。
足元の水は温くなり、
水流は、上の歯輪から、下の歯輪へ。
亜空を落ち続け、あたたかく、肌を濡らす。
床の輪の外は、まるで濡れず、
切り取られた空間で、私だけが、
違う流れに、打ちつけられている。
「…………すごい、チカラだ……」
来たこともない場所の、部屋の一角で、
全裸で、流れ続けるお湯に、身を任せている。
最初に用意された水の他に、
もともと持っていたものを混ぜ、
ぜいたくな水の量で、身体を清める。
ふふふ……魔女の行水だわ……。
「……とめて」
『────アンティ?』
ここまで、贅沢に水を使えるようになったのは、
ほんの1ヶ月と、少し前からだ。
お湯を、こんな滝みたいに使って、
贅沢にもほどがある。
……神官なんぞに、なれそうもない。
大量のお湯をかぶるようになって、
ひとつ、気づいたことがある。
湯の温かさに甘えて、
けっこう、おかしな気持ちになっている事がある。
陽気に、歌が、歌える時は、ぜんぜんいい。
……たまに、黙ってしまって、瞼を動かさず、
下を向いている時がある。
その時の私は、虚無だ。
目を見開き、ただ、何も考えず、
湯に、打たれている。
さっきも、少し、なってた。
歯車は消え、
あたたかい内装の部屋で、
裸で、水の中に、立っている。
────ポタん、ピチょん……
「────……」
『────大丈夫ですか。』
「ん? ふふ、だいじょぶよ」
『────ですが。』
「あによ」
『────無理をしていませんか。』
「はぁ?」
相棒が、自分の口調を崩壊させ、きいてきた。
「むり?」
『────明るさが、過ぎます、アンティ。』
「へ?」
『────あなたの奔放さが、時に……いえ。』
「言って」
『────……。』
いやいやいや、なんでそこで止めれると思うのよ……。
「はい言って。私が湯冷めする前に、言いなさい」
私は、何をコイツに、心配されてんだ。
『────……湯浴みをしている時。』
普段、クラウンは絶対に、
"湯浴み"なんて、表現を、しない。
『────たまに、今のように、虚無になり、下を向く。』
「…………」
『────悪い印象を受ける訳ではありません。しかし、湯が肌を流れる時のあなたは、たまに、その……空虚過ぎるのです。』
「────ん」
『────今も。下を向き、瞬きをせず、彫像のように、止まっていた。』
「────そ、だね……」
『────その時の空虚と、いつもの明るさの、"幅"の差が、その……。』
「──不安?」
『────! そうです、ね。』
「く、くくくふふふ……」
なんだ、この……
親友に心から、心配されているような感じは……!
髪をやわく、手でしぼりながら、言う。
「ねぇ、クラウン? "実は昔、人間でした"って言われても、今なら信じるわよ?」
『────! 私が発生したのは、あなたの部屋で、あの時です。私に、前世など。』
「どうだか──」
『────アンティ。話を逸らさないでください。』
「ぶぅ」
『────無理を、していませんか?』
「あんで?」
『────その、いつも明るいあなたが、あんな、虚空な時のように、止まってしまうから……。』
「あのねぇ……クラウン」
前言撤回。
親友じゃなくて、おかあさんか……。
「……いつもいつも、考えていたら、身が持たないじゃない?」
『────……。』
「クラウン。なんか、やたら心配してくれてるみたいだけど……多分、みんなそんなもんよ? たまに、ぼっーとして、何も考えないまま、じっとしている事だって、あると思うわ」
『────そうなの、でしょうか。』
「そぉよ。ま、その時の自分を、自分自身で見たら、うわ何止まってんだコイツ、とか思うでしょうけど……」
『────アンティ。』
「今日は、特に名前で呼んでくれるね。あぁ、もう。言いたいことは、全部言って」
『──────。』
身体はもう、乾きはじめている。
『────私達の抱える秘匿事項は、大きい。』
「うん」
『────当機は……クラウンギアの思考流路は、あなたの行動をサポートするため、ある程度、感情思考にも同期しています。』
「む、改めて言われると、なんか恥ずいわね……」
そこそこ、心の中が筒抜け、ってことだよね?
まぁ、あんたなら、別にいいけど。
『────私の、クラウンギアの、根幹スキルの能力の重さ。』
「そりゃ、それは、理解してるつもりよ?」
『────論点は、"罪悪感"と、"至らなさ"』
「はぁ?」
『────"時限結晶"を本当に隠すなら、食堂にこもり、ただの看板娘として生きればいい。』
「────ッ!!」
『────でも、家族を危険に晒し、自身の夢を追った。』
「…………」
『────その事への、自責の念を、時に、感じるのです。』
「…………はっきり言って、くれ、るね」
『────それが、湯の中の虚無や、普段の目につく奔放さに、繋がっているのではないか、と。』
「はは……」
なんて、繊細な心配の仕方をしやがるんだ……
ほんと、びっくりスキルちゃんだわ。
「クラウン、わたしは────」
『────あなたの決意を、私は私に刻み込んでいる。だからこそ、くやしい。』
「──ぅえっ? ……なんでよ」
『────私は、人ではない。』
「……私は、怒ろうか?」
今の自虐に、
瞬時に、怒りがわく程度には、
こいつのことが、気に入ってる。
『────あなたの相棒として、私にも、"誇り"のようなものが、発生しています。笑うでしょうが。』
「笑うかボケ」
『────あなたは、何人かに、秘密をしゃべった。その開示率は、まちまちですが。』
「え……う、ん。ごめん……」
『────無意味な謝罪認定。受理を拒否。』
「ひでぇわ」
『────アンティ、あなたの心は、無意識に、でも、耐えられていなかった。』
「ッ────……」
『────あなたは、心を軽くするために、あらゆるものを利用して、しゃべったの。』
「……きっついこと、言うなぁ……」
『────誠意や、優しさ……そのような人の気持ちに、あなたは、頼った。』
「……わたし、よわっちいよね……」
『────ちがう。』
「う」
怒気を含んでいたので、僅かに、ひるんだ。
『────決して、あなたが弱い訳じゃない。今、あなたと喋って、わかった。それは、普通のこと。"たぶん、みんなそんなもん"なのです。人が生きていく中での、必要なプロセス。』
「……………」
『────あなたは、人として、当然の事をした。』
「──クラウン……」
『────学んだ。人は、お互いに支えあい、生きている。』
この子……すごく、心が。
『────アンティ。私は、くやしい。』
「あんた……」
『────あなたを支える、"人"としての役目が、私だけでは、充分に、運用できない。』
「…………」
そうか。
これは、
クラウンの、気持ちの話だ。
「頼りに、してる。ほんとうに。」
『────感じています。しかしここに、あなたの側に立ってくれる、人はいない。』
「それは……」
『────寂しそうなのですアンティ。あなたの空虚は。』
「……」
『────運良く、私や、仮面もいる。人の縁にも、恵まれている。でも。』
「……でも?」
『────あなたをちゃんと支えてくれる、"何か"が、欲しい。』
え、え────っと……。
ま……まいりましたなぁ。
「クラウン」
『────はい。』
「服出して」
『────……はい。』
──しゅるるるるるる……
──きゅい、きゅいん……!
流石にこのままだと、風邪をひく。
相棒の気持ちを、
おざなりにする訳じゃないけど、
今の話は、感情的だ。
答えなんて、すぐに決まりなんかしない。
う──ん……。
水差しから、コップに移す。
『────アンティ。』
「なぁに?」
『────好きな人とか、いないんですか?』
「ぶぉっふぉッ!!」
霧に虹が見えた。
「ふぉ……あんた、マジでお母さん化する気……?」
『────ほっとけない感はあります。』
「やかぁしぃ……ほら、村の見回り、いくよっ!」
『────……レディ。行動計画に追加。』
やれやれ、ほんと、こまったこまった。
「……絵本の英雄に、白馬の王子様は、こないわ?」
『────……。』
「なんか、あやしい世界になっちゃうでしょ?」
『────理解不能。』
「ふふ」
そんな、変な話をしながら、
白金のローブを、まとった。
また変な話でごめぬ<(_ _*)>










