聖樹の勇者 ③
こんなのって……
こんなのって、ない!!
「うわ、うわわわわぁああ……!!」
情けない、気が抜けたような嗚咽を漏らし、
ぼくは、長老に駆け寄った。
長老の白髪の下には、べっとりと、
血の赤が染み付いていた。
「……ぐっ、ぶっフォっ……」
「!! ち、長老ぅぅッ!!」
生きている!!
長老は、まだ、生きている!!
「あ、あ、あ!!」
どうすればいい!!
どうすれば、長老は、
生き続けることが、できるんだ────!!
「……────! おぉっ……おヌシ、いきとったかぁ……!」
「うわっ、うわっ! しゃべるなっ! 長老ぅう!」
ぼくは、傷なんか、ふさげない。
でも、今、彼がしゃべっては、
いけない事ぐらいは、わかった。
「ぐっ、ぶっ、ぐくっ……"大いなる者"め……皮と骨だけの老いぼれを、砕いてから、捨てていきおったわ……」
「あ、あ、みんな、は……?」
「つれて、いかれ、おっ、た……もう、ておくれじゃ……」
「ああ、ああああ……」
みんな、しんだ。
くちのわるい、でも、やさしいおにいさんも。
つっけんどんで、おとなっぽいおねえさんも。
いつも、あそんでいた、あのおさななじみも。
いない。
────地面の、染みだ。
「あああ、あああ! これだけだ! あっと、いう間に!」
「…………」
「ぼくと、長老しか、生きていない!」
「……ちが、う……」
「え……?」
「きけ……ごっぅボッ……わしは……死ぬ……」
「そっ……」
滲む涙で、前が見えなくなった。
見なきゃ、いけない気が、する。
でも本能は、視界の邪魔をした。
「そ、んな、あきらめないで。まだ、あなたは死んじゃいない!」
「……謝って、おきたい、こと、が、あるのじゃ……」
「う、うぇ……?」
意外な言葉に、震えが少しだけ引き、
ぼくは、顔をあげる。
涙は、その時に落ち、
ぼくは、長老の顔を、見ることができた。
「最初、に、ワシは、言った……」
「──え?」
「"何か、一つの事を、やり遂げて死ね"と」
「……! 覚えて、います……」
「あれは、嘘、じゃ……」
「……」
「……ワシらは、よ、わい。見ろ、ワシは、もう、死ぬ」
「うぅ……」
「ワシは、怖かった……生きてて、怖かった。だか、ら、隠れ、こんなに、年寄りに、なった……」
「ち、長老……」
「ふふ……"死ぬまでに、後悔しないように"。そう、言う、意味で言った……のじゃ……いつ、死ぬか……わからんから……」
「いい、いいんだ長老、ぼくは……」
「すまない……ワシは、嘘をつき、おヌシを侮辱した……ワシは、最低の長じゃった……」
「ちがう、ちがうんだ、長老……」
「おヌシに、成人の、名前も、つけ、てやれなんだ」
「もう、しゃべらない、で……」
「……名は、自分で、おつけ。好きな名を、好きなように」
「──!」
気づいた。
血が、止まっていない。
流れ続けている。
目を見開き、
ぐわんぐわんと、した。
「……みなが、やられる時……」
「うん……」
「おヌシを、思い出した……」
「うん……」
「木を、殴り続ける、おヌシを……」
「うん……」
「はじめて、戦ってやろうと、思ぅた……」
「うん……」
「立ちふさがった……やつらの、前に」
「うん……」
「はは。この、ざまじゃ……」
「…………」
目をかっぴらき、
焦点があわず、
声だけに、応えた。
何も、見たくなく、
声は、逃さず、きいた。
そして、こう、言われた。
「何か、一つの事を、やり遂げて……」
「──?」
「──生きろ!!」
「────!!!」
「──生きろ!! あの時は、言えなかった!!」
「ち、長老、だめだ」
「生きるんじゃ!! 死ねば、そこで終わりじゃ!!」
「ああ、ああ……むりだよ……」
「生きるんじゃ! 何か、やり遂げて、みせろッ!!」
「一人は、いやだ……!」
「生きろっ!! とにかくっ、生きるんじゃ!!」
「長老……!」
「ワシのように……おびえて、死ぬな……」
「 、 ……」
「……生きろ……いき……」
………………………………。
────大樹に、もたれかかっている。
ぼく以外が────しんだ。
「────……」
目は、開きっぱなしだ。
何も、考える気が、起こらない。
なのに、溢れる、何かがある。
何かが、動き出す……
涙が溢れ、
言葉となった。
「……"りんご の せいじゅ"……」
──────しゃららららら──……
「ぼく……ひとりに、なったよ」
──────しゃららららら──……
「もう、ぼくしか、いないんだ……」
空っぽだと思ってた心は、
そんなわけが、なかった。
みんなの顔が、目の前に、浮かぶ。
逃げ続けて、
隠れ続けて。
でも、悪くない日も、あった。
つらかったけど、
かなしかったけど、
みんなと一緒で、
だから、やってこれた日が、あったんだ。
でも、ぼくは、いまっ、ひとりだぁ……ッ!
────ぼくは、ねがった。
不思議な大樹に、ねがった。
「──"みんなの声を、ずっと聞いていたい……" 」
それは、願いなんかじゃ、
なかったかも、しれない。
────しゃららららら──……
────────キンッ────……
「────!」
反射的に、上を、向いた。
よく、知った、事だったから。
光が、落ちてくる。
……いいや。
今さら、食べて、何になる。
地面に、落ちてしまえ。
ぼくは、目を、つむる。
「…………」
──でも、その音は、おとずれず。
不思議に思ったぼくは、目を開ける。
────その光に、驚いた。
「────────っ!!」
太陽のように光る、りんごが、
────目の前に、浮いていた。