聖樹の勇者 ①
( º дº)どうわびればいい。
────いつかも、わからない、
────どこかも、わからない、世界で。
また、誰かがいなくなった。
若い親子が、襲われたらしい。
ぼくらは弱い。
ぼくらのなかに、戦いを教えられる者はいない。
なんとか隠れて、子を作るしかない。
言いようのない悲しさと、恐怖の中で、
隠れ続け、逃げ続け、生きるしかなかった。
見つかりにくい場所を転々とし、
ぼくらは耐えていた。
今の場所は、かなり長く住んでいたので、
僕にとって、愛着がある場所だったが、
この様子だと、移住しなきゃいけないんだろう。
おとなたちはずっと、その事で嘆いていた。
「くそっ! 今月で何度目なんだ! あいつらは、気のいい奴らだったのに……ぅうぅ」
「……落ち着くのじゃ。気持ちはわかる……じゃが、今は、我々が生き残る事を考えよう……!」
「く──、長老ぅ! あんたは悔しくないのかっ!? こんな、一方的に、いつも、いつも!!」
「…………」
「……よして、長老が悪いわけじゃないわ」
「ッ──! ……わ、わかっている! く、くそぅ、俺たちに、戦う力があれば……!」
「……すまぬ。ここは長かったが、そろそろ、移動せねばなるまい……」
「……く、くそぉぅ……」
ぼくより、体の大きなおとなたちが、
消え入りそうな声をだして、項垂れている。
長老は、神妙な表情だった。
「……! おまえ……」
ぼくと目が合い、
ぼくは、すぐさま、駆け出した。
「ちょっとまて! おまえ、また、あの場所か!」
「……よい。よせ」
「しかし、長老!! あんな場所で、襲われでもしたら……!」
「……わかってやれ。こんな皆、暗い顔の場所に、居たくないのじゃろう……それに、ここいらの危険は、どこにいても同じじゃ……ヤツらが来たら、木に登るしかない……」
「お、俺たちはモンキーじゃねぇんだぞ……くそっ、情ねぇ……」
走り去る間も、後ろから、
何も楽しくない、会話が聞こえる。
ぼくらの集落は、崩壊しようとしていた。
ぼくは、本当に逃げるように、
必死で地面を蹴って、おとな達から離れた。
ここにいる時だけ、何も考えずにすんだ。
いつも逃げ隠れている、ぼくにとって、
こんな場所は、大切だった。
────大きな、大きな木だった。
まったく、上が、見えないような。
まるで、世界を支えているような。
まとめて、落ちてくる緑のような。
だけど、光が透き通り、葉色が優しくそそぐ。
この大樹がある場所だけは、周りの木が伸びず、
光に切り取られた、幻想的な空間になっていた。
────「 りんご の せいじゅ 」。
長老は、この大樹を、そう、呼んでいた。
この大樹があったから、ここに住むことを決めたと、
随分前に、話を聞きに行った時に、教えてくれた。
ぼくは、「せいじゅ」が何なのか、
よくわからなかったけど、この場所は何だか、
清らかな感じがして、好きだった。
「…………」
ぼくよりも、何十倍も大きな、
苔に覆われた、大樹の根っこ。
駆け上り、いつもの場所へと。
幹に、手が届くところに立つ。
根っこの上に立って、見る幹は、
緑色のフワフワで包まれている。
一箇所だけ、色が違う所がある。
ぼくは、構えた。
「ふっ──!」
────────トォォン。
「やっ──!」
────────トォォン。
「とっ──!」
────────トォォン。
ぼくが殴った所が、苔に音をころされ、
情けない音を出す。
本当に情けない音だ。
これが、僕の日課だった。
この「 せいじゅ 」の根に登り、
大きな幹に、拳を当てる。
戦う力のないぼくの、たった一つの、抵抗だ。
確かにぼくには戦う力はないのかもしれない。
でも、求める事を、やめたくはない。
あきらめたく、なかった。
初めて長老に会った日、
「何か、一つの事を、やり遂げて死になさい」
と、きいた。
何故「生きなさい」ではないのか、きいたら、
優しい目で、何も、言わなくなってしまった。
ぼくらは、よわい。
そしてぼくらは、それを、知っている。
最近、あの時に黙った長老の気持ちが、
少しだけ、わかる気がする。
嘘を言いたくないから、
本当のことを、黙ったんだ。
この、大樹を殴るバカな行為は、
その日から、続けている。
何か一つをやりとげるなら、
ぼくは、強くなりたいと、願ってしまった。
くる日も、くる日も、殴った。
おとなに怒られたり、友だちに追い回されたり、
笑った日も、怒った日も、泣いた日も。
強く殴り過ぎて、後で、両手が腫れたり、
優しく殴って、苔がくすぐったかったり、
根っこから落ちて、お尻を打ったりした。
それが、あんまり意味のない事だと、
わかり始めてからも、続けた。
────────キラッ!
「────!」
大樹の上から一瞬、眩い光が見えた。
やった、今日だったんだ!
ぼくは咄嗟に、身構える。
ヒゅるるるるるるる────……!
「と、とぅッ!」
根っこの上から、飛び降りつつ、
落ちてきたソレを、受け止める。
────しゅたっ!
苔が生えた、柔らかい場所に降りた。
手の中を、おそるおそる、見る。
「……よかった。潰れてない……」
りんご、だ。
ぼくが、この木の下にいると、
「 せいじゅ 」は、たまに、りんごをおとした。
ぼくは「 せいじゅ 」の事はよくわからないけど、
「りんご」が、この光る美味しい実だと言うことは、
よく知っていた。
「しゃあり、しゃあり、しゃあり……」
おいしい。
この大樹は、たまに、実を落とす。
ぼくが殴ってる時に、よく落とす。
でも、ぼくみたいなやつが殴っただけで、
この大きな「 せいじゅ 」はびくともしない。
多分、たまたま熟れた実が、落ちてきてるんだろう。
1人だけのごちそうを食べ、ぼくは、集落へ向かった。
「……かえったか」
「! ……長老……」
「ふふ、そう構えるでない」
またあの場所で、バカをして、
ぼくは怒られるんじゃないかと不安になった。
でも、長老はいつも、怒らなかった。
ぼくの愚かな行為をたしなめるおとな達は、
もう、いなくなっていた。
「長老……あの……」
「……正式に、集落を移動することが、決まった」
「!!」
あ、ああ……やっぱり、か……
わかってはいたけど、改めて聞くと、
とても残念だ……
明日にでも、「せいじゅ」に、
お別れをいわなくちゃ。
「明日の昼には出る。あまり、荷物を持ちすぎないようにするのじゃ。食べ物は、途中で見つけながら行く」
「……わかりました」
どのみち、ぼくらが持ち運べる量なんて、
たかが知れている。
草や、木の実で食いつなぐしかない。
「すまぬな……おヌシはまだ、おとなと子供の間くらいじゃのに……」
「! ……いえ、長老が、悪いわけじゃない」
「……ふふ、心も大きく育ったものよ」
「……ねぇ、長老、いつもの話、ききたい」
「! ……またか?」
「うん!」
「……よかろう!」
彼は、ぼくが本当に小さい頃から、
たくさんの物語を聞かせてくれた。
朝日と共に開く葉っぱの美しさや、
時おり空に見える、青い星の輝き。
森に住む大いなる者達の恐ろしさ。
若い頃にやった、女の子との会話。
すべて、好きで、おもしろかった。
その中でも、特にぼくは、
「 せいなる しんでん 」の話が好きだった。
「長老、ぼく、"しんでん"の話がききたい!」
「! またか? おヌシは本当に好きじゃのう!」
長老は、少し困った笑いを浮かべながら、
手招きした。
ぼくは、ウキウキ弾みながら、
中に入った。
<(_ _*)>←常時土下座。
「アンティはよ!」(総意)の方は、
少々、感想欄に怒りをぶつけてくださぃ……
ちなみにこの子は後で、アンティと、
運命的な出会いをします(*´﹃`*)