おんぶにだっこじゃない! さーしーえー
──女は、度胸だ。
黄金の少女は、
この局面に対して、
そう、思い起こしていた。
彼女の住んでいた食堂では、
客が女房のおっぱいの大きさでケンカしたり、
店の入口に、腹を空かせた行き倒れがきたり、
水を飲まない爺ちゃんが、喉を詰まらせたり、
そんな事は、しょっちゅうだった。
食堂の看板娘の彼女は、
男性客のガラの悪さと、
女性客の笑顔の明るさ、
皆の様々な心に触れて、育ったのだ。
彼女は魔無しであったが、
他の同年代よりも、多くの人の心の瞬きを、
肌に感じて、生きてきた。
それは当然、彼女の心の、強さとなろう!
彼女にやどっている魂は、
これしきの事で揺るぎなど、しない。
黄金は、今も彼女の中で、
カタチを成しているのだ。
彼女の瞳には、英雄の輝きが生まれ始めていた。
金骸馬の後ろに座る、獣人達は、
それを見る事は叶わなかったが、
その後ろ姿に、言いようのない、
輝く心強さを、感じ取っていた。
────ガロロロロロロォォオンン──!!
────ギィャアオオオオオオオ───!!
何匹もの獣が、金骸馬に並走している。
砂は舞い、景色は飛ぶ。
金の少女は、考える。
「クラウン! 速さで振り切れる!?」
『────否。砂岩帯粒子の抵抗不足。加速度上昇規制。』
「くそっ! 今、走ってる感じ、サラサラの砂ってワケじゃなさそうだけど、限界があるか!」
『────迎撃推奨。行動入力。』
「チャクラム展開! 自動迎撃!」
『────索敵します。』
金の少女の両肩に、亜空に繋がる輪ができる。
横にせり出し始める、黄金の円柱。
それは、一つの塊ではない。
『────攻撃、開始。』
────シュシュシュシュシュシュン──!!
────シュシュシュシュシュシュン──!!
黄金の棒の先から、切り刻まれるように別れる、
黄金の二重構造の刃輪たち。
それは意思を持つように回りだし、
閃光豹の首を、刈り取りにいく。
だがしかし、獣の断末魔は、きこえなかった。
「────クラウン!?」
『────視認後に回避行動確認。敵対損耗:無。』
「マぁジか! 避けられてるの!?」
閃光の獣達は、輝きを見逃さなかった。
岩と砂を蹴り、ことごとくを、躱す!
弾け飛び、ダンスのステップを踏むような獣!
閃光の異名は、伊達ではなかった。
『────追撃速度不足です。』
「くそったれ、フォレストウルフより速い!」
「あ、あの、アンティさん!」
「僕達も手伝うよ!」
「!? あんた達、何しようっていうの!?」
「大丈夫! おサイフは落としたけど、コレは肌身離さず持っていたから!」
「"森の射手"! ラクーン族を舐めるなよ!」
幼子に見える、獣人の番。
彼らがその袖口をめくると、
肌に密着するように、
折りたたまれた金具のようなものが、
収納されている。
彼らがツマミを外すと、
勢いよく、それらが展開され、組み上がる。
──シュバッ!!
──シャキン!!
黄金の少女は、
手元に浮く、透明の鏡に反射するそれらに、
一瞬、注意を惹かれる。
「そ! それが……」
「ああ!」
「私達の、"弓"です!」
ラクーン族が独自に培った、
折りたたみ式の、飛ばし弓。
彼の右手に。彼女の左手に。
それらは、開放されている。
服の下、腕に巻く帯に、
鉱石でできた針のような物が、
びっしりと備えられている。
そう、この"矢"がなければ、
あの長い、曲がりくねった森を、
抜ける事などできない!
「今まで、節約してきたけど!」
「今こそ、大盤振る舞いだぁ!」
仲良く横に並ぶ射手達。
彼は右。彼女は左。
それぞれに弓を向ける!
弓と逆の手に握る針は、
彼らの土の魔力を食い、
巨大な、石矢となった!
「「貫け、礫の針よ!」」
後ろに飛ぶ景色の中で。
構えし獣人の射手達は、
その感覚を持ってして、
穿つ時を、待っている。
「ここだッッ────!」
──────────ソォンゥ!!
わずかな音が裂き鳴り、
その小さな弓から放たれた矢は、
走り駆ける獣の一に吸い込まれる!
───ギィヤオオオオオ!!
─────グギャウアアアア!!
「! すっご! 当たったわ!!」
思わず感嘆をもらす黄金の少女。
彼と彼女は、全く同じに矢を放ち、
それぞれは、敵の肩と足を貫いた!
射抜かれし二匹は、
減速を余儀なくされ、後方に消え去る。
「やった!」
「コヨン、油断するな! 次だ!」
「はい!」
────ガルルルゥオオオオオロロロロ──!!
────ソォン!
──────ソォン!
──────グキャアアア!!
────ギィウウウウ!!
────ソォン!
────────ソォン!
─────ギャオオオオオ!!
─────グルルルルル!!
「すごいわ! ラクーン族って、弓の天才ね!」
「はぁ、はあ……」
「くっ…………」
「っ! あんた達……!」
黄金の少女が、気付く。
すごい、汗だった。
小さな射手達は、消耗している。
当然だ。
彼らの普段の戦法は、高い木に登り、
里の柵の外にいる敵を狙うやり方だ。
今は違う。
敵は、すぐに飛びかかられる位置にいる。
景色は流れ、風は弓を携えた腕を鈍らす。
焦り。恐れ。速さ。
彼らは持ち前の感覚で、
それらを押さえ込んでいたが、
その集中力は、切れようとしていた。
「だ、だいじょ、うぶです! まだ針矢はあります!」
「これ、くらいの数ならッ!!」
「でっ、でも!」
『────警告。第二陣、きます。』
「────!!」
────バッシャオオオン!!
砂から幾多の獣が飛び出し、
またもや、走る金骸馬を追いかける。
多い。それは、針の射手の心を折る。
あれらに、一度に飛びかかられたら、
どうなるのか。
「そっ、そんな……!」
「ぐっ、くそっ……!」
────ギャルルルルルルル!!
────グルルルルルルルル!!
小さな彼らが、
ここまで危険な状況で頑張れたのは、
黄金の背中に、思うところがあったからだ。
生き物の気配を感じとる能力に長けた彼らは、
目の前の英雄から発せられる輝きに、
絶対的な安心と、勇気を貰っていた。
「この人といれば、大丈夫だ!」
「自分たちも、何か出来ることを!」
──しかしそれらは、蛮勇では、なかったのか。
いま、魔物に囲まれている自分達に、
少しずつ、恐怖が、育っていく。
矢はまだある。
だが、弓は震えだした。
この気持ちで射る事が、
いかに無駄な事であるか、
彼らはよく、知っていた。
震えが、とまらない────。
「────安心なさい」
「「え?」」
周りを魔物に囲み尽くされ、
金骸馬の咆哮に染まる中で、
しかし、その声は、耳に響いた。
「──あんた達、やるじゃない! 見直したわ! 大したもんよ!」
「「あ……」」
明るい光が、心に灯る。
──そうだ、この人が、いる。
「私はあんた達ラクーンの事を、よく知らない! でもね……あんた達が、誇り高き弓の一族だってことは、よォく! わかったわぁ!」
その声に、恐怖などない。
温かさを含む、射手を賞賛する言葉は、
ただ、彼らの瞳に、輝きを、取り戻す。
「──たださぁ? 護衛対象に、守られっぱなしってのも、カッコ、つかないじゃない?」
「え、えと……」
「あのッ……」
────ガルルルルルォォオオオオオンン!!
「ちょっと、休憩してなさい! クラウン! 彼らを見習うわ!」
『────詳細入力。』
「直接、狙う。このアゴ、任せていい?」
『────レディ。仔細把握。自動操縦。』
「────このまま、おんぶにだっこでさ!」
獣人の番が、黄金の気配を、感じ取る!
────輝く、無敵の、英雄の気配を!
「────すむわけが、ねぇだろうがよ」
黄金を纏いし少女は、
客ゆずりの、ガラの悪いセリフを吐き、
金と黒の骸から、両の手を、離した。
(*゜∀゜*)次回、アンティ無双(笑)