あ、あごおちましたよ?
「あれっ、森ぬけた?」
「「うそだぁ……」」
ポロくんとコヨンちゃんが、
何かをあきらめたような声で呟いた。
こ、こら。
子供の内から、
そんな底が見えない深さの目をしないの……。
「わ、私達が、あんなに苦労してきた森なのに……」
「なぁ、ここは、本当にドニオスから真っ直ぐ南に進んじゃってるのか?」
「? ええ、そうよ?」
ヒゲイドさんに貰った地図は、
とっくにアナライズカードで取り込んでいる。
今、私たちの前には、砂と岩でできた大地が、
太陽で、キラキラと輝いている。
「まずいよ……僕達は、ここを避けるために迂回して、ながい森を進んできたんだ……!」
「? 何がマズイの?」
「"砂岩帯"は、隠れる場所が少ないんだよ……」
「そうです……魔物と会った時に、すぐに身を隠せないし、逃げ切る事も難しいんです」
「なるほどね……」
だから面倒くさくても、
森の木の上を進んできたのね。
うーん、
"見つかりやすい"、
"隠れられない"、
"逃げられない"、かぁ……。
確かに厄介な場所ね……。
「ねぇ、どんな魔物がいるの?」
「スコーピオンや、サンドクレイグ、チイタハなんかは、砂に潜っていることが多いんだ……いきなり現れるんだよ」
「里では、ちいさな子供の頃に教えられる事です。私達が、砂岩帯で魔物に出会ったら、まず生き残れません……」
「うーん……」
少し思う所があって、考え込む。
先ほどまで、私はこの子達を、
私の両腕に、しがみつかませていた。
両手が塞がっていたのだ。
私がこの子達を、
腕にしがみつかせていたのには理由がある。
この子達、子供とはいえ、
アナやユータ達に比べると、
ひとまわり、体格が大きい。
バーグベアの時は、
ユータ達を背中に歯車で固定した。
でも、コヨン達の大きさだと、
背中では狭すぎるし、遠心力もある。
"距離滑り"の衝撃で、
足や手同士がぶつかって、
怪我をするかもしれないわ。
彼らは木登りが得意って言ってたから、
私の両手に掴ませたほうが、より安全に、
速く移動できると思ったわけなのよ。
……ちゃんと、考えてるでしょ?
でも。
その状態で、急に魔物が出てきた時に、
私がスキル"力量加圧"を使ったら、
とっても危険なんじゃないか。
そう、思う。
いきなり魔物が出るかもしれない場所に、
両手を使えない状態で突っ込むのは、
やっぱ危険だよな……。
どうしょっかな。
歩いて行っても、
魔物に追いつかれたら、いっかんの終わりだ……
「な、なぁ、少し遅くてもいいから、迂回して森を進んだほうがいいよ! さっきのアレ、すごく速かったじゃないか!」
「わ、私もそう思います……」
ポロとコヨンは、砂岩帯に対して、
かなり警戒をしてるみたい。
そりゃそうか……
でも……。
「ポロ、コヨン、アンタたちの故郷、今も魔物に襲われているのよね?」
「!!」
「そ、それは……はい。断続的にですが……」
「ドニオスにくるまで、一週間以上かかってるんでしょう?」
「「……」」
「私が考えているのは、アンタたちの安全、そして速さ、よ」
「……!」
「クルルさん……!」
……この2人の安全は、絶対だ。
でも、ここでのんびりゆっくり進んでは、
守れないものがあるかもしれない。
彼らの里の柵は、二重構造になっているらしい。
昨日、聞いた話では、
この子達が出発した時は、
まだ柵は壊れていなかったようだわ。
この子達、かなり早めに行動したようね。
子供なのに、すごいこと。
「私の努力で、安全を保ちつつ、速さを維持できるなら、少しは無理をするべき」
「僕らのことだけじゃなく、里の者のことを考えてくれていたのか……」
「ただ、せっかちな人だと思ってしまっていました……」
「し、失礼ね!」
いや自分でも、せっかちだとは思うわよ!?
いつでも食堂は、時間との戦いなんだから!
「でも、あの、じゃあどうやって……」
「また、腕に掴まればいいか?」
「うーん、それを考えてるの……森と違って、ここからは木の上を通れないし。そのまま私が魔物にパンチしたら、アンタたち吹っ飛ぶだろうし……」
「「あ、あわわわわわわ……」」
「うーん……」
両手がすぐ使えて、
移動速度も速くて、
2人も連れて運ぶ……。
──はこぶ?
「……人を運ぶっつったら……馬車だ」
「クルルさん……こんな森はずれの辺境に、馬車なんて通りませんよ……?」
「そんなものがあれば、あんな苦労はしないぞ……というか襲われるだろう!」
「…………」
「「??」」
……ある。
……いっこ、ある。
いや、あれは、馬車ではない。
────断じて、馬車ではないわ!!
ましてや、エルミタージュ様の馬車には、ほど遠い……!
「……ほど遠いゴミクズだわ!!」
「え、ええっ!?」
「ど、どうしたいきなり……」
『────該当素材は、フレーム構造として流用可能な形状と認識。』
「はぁっ? クラウン、あんたマジで言ってんの!?」
「……ねぇポロ、"くらうん"って、誰だろう……」
「さぁ……僕達には見えない、妖精みたいなのがいるんじゃないか?」
やば。
このままだと、
私が不思議ちゃん扱いになりかねない……。
ええい、この子たちはまだ子供だから、
後でいくらでも言いくるめられるでしょ!
「クラウン、馬車モドキだして」
『────レディ。展開中。』
──きゅうううううううん……!!
「「??」」
私たちの視線の上に、大きめの、バッグ歯車。
あれ、クラウン……なんか位置、高くね?
シュツ!
────ドゴァァアアアンン!!!
「「ぎゃああああああああ!!」」
「…………」
砂と岩の地面に、黒い顎が突き刺さっている。
「……おい、クラウン。アンタ、久しぶりに、やらかしやがったわね」
『────油断しました。』
「な、なに? なに!? このアゴ、どっから出たの!?」
「な、なんだこの大きさ……どんな魔物なら、こんなデカいアゴになるんだ……!?」
あ……
バッグ歯車、マントで隠すの忘れた……
やべ……。
ポロとコヨンが、お互いに抱きつきながら、
ガクブルしている。
この子ら……兄妹にしては、仲、良すぎない?
────ゴッシャアアアアアアン!!!
「「ひぃぃいいいいいッ!!!」」
地面に刺さってたアゴが、
ハデな音をたてて、倒れた。
うーん、大丈夫かな……。