ラム肉にしてやろうか
ううん……?
なんだ、この獣人の子供達……。
ユータ達よりか、ちょっと年上っぽい。
兄妹かな?
少し汚れが目立つ服を着てるわね。
えっと、なんか話がよく見えないわね……。
「……あなた達、手紙を預けにきたんじゃないの?」
「え、えと……あなたは、郵送配達職なのか?」
「そうよ」
「……その、随分前に、廃止されたっていう……?」
「……そうよ。私で復活したの」
「「…………」」
獣人の2人が、顔を見合わせている。
な、なに、なんなのよ……。
この、
「やっべぇ、変なのに声かけちゃったぜ」
「どうする? 他いこっか」
的な雰囲気は……。
「……ちが……この……」
「で……ひ……だか……」
なんだなんだ。
コソコソ相談しよってからに。
うーん……左足が痛いわね。
……どんな格好で寝てたんだ、私……。
(……クラウン?)
『────開脚角度を報告可能。』
(……直角以上?)
『────直線以下です。』
ぐおおおおおおおおぉぉぉおぉぉお……!!
それって本当におっぴろげじゃないのぉおおお!!
なんでキッティとか起こしてくんないのぉおぉおお!!
あまりの羞恥にソファの上で、
頭を抱えてグァングァンしていたら、
獣人の女の子のほうが、
恐る恐る、近づいてきた。
「あの……」
「……あに? 先に言っとくけど、今私、とっても自己嫌悪中だから、あんまり愛想良くできないわよ?」
「いえ、先ほどの寝方は、私も思う所がありますけども……」
うわぁ、この子にもなんか見られてる……
うううううう……。
「あの、私達、あなたを紹介されたんです」
「ううう……し、紹介? 私を?」
「はい……」
? 紹介?
後ろの、獣人の男の子を見てみる。
困ったような、張り詰めたような顔で、
こちらを見ている。
女の子と共に、確かに見覚えがない。
誰から紹介されたのだろう。
「あの……耳を」
「?」
そろりと、女の子のほうが近づいてくる。
言われるがままに、首を傾ける。
一体なんなの────……
「ヒキハさんです」
「──────────」
──────── ?
「わ、たし達、ヒキハさんの紹介で、き、ました」
「────────……」
………………。
…………。
……。
「ひっ!」
「コヨンッ……!」
──────怒りだった。
気づけば、ギリギリと、拳を握っていた。
多分、スキルも発動してる。
このヨロイじゃなかったら、
手からは血が出てたかも。
あにを…………
あにをッ! やってくれてんだッッ!!
ヒキ姉はッッ!!!!
こっちは!
やばい橋、わたっ、てん、だっ、て……!!!
わか、るっ、て……!!
ワケありだろお……!!?
汚れた服のォ、獣人の子供……ッ!!
「…………う……」
「…………え、ぁ……」
……私を見て、おびえてる。
でもね、あなた、言ったよ?
言わないって!!
約束だって……!!
なのに、なんだこれは!!
なんで、私を頼って来てる!!
あいつ、ラム肉にしてやろうかぁぁああァ!!!
───ギリんッッ!!!
拳からヤバイ音がして、
2人の獣人は、震えあがっている。
今気づいたけど、ヨロイに纏っているいくつかの歯車が、金色の刃を出して、振動していた。
私の怒りに、反応している。
『────アンティ。』
…………あんだよ。
『────アンティ。』
……だから、なんだって。
『────……アンティ。』
……なによ。
「……なんだってのよ……」
「「…………」」
……2人は、もう、一言も、しゃべれない。
『────考えなさい。』
……あ?
『────思い出して。』
……思い、出す?
『────それしか、ないのだから。』
…………。
拳を、見る。
────ヒキ姉を、思い出す。
拳を、見る。
────ヒキ姉を、思い出す。
拳を、見る。
────ヒキ姉を、思い出す。
………………。
───キィィン。
「「ッ!」」
……握っていた拳を、仮面ごしに、
額に、打ち付ける。
…………おちつけ。
落ち着け、アンティ……。
考えろ……
単純に、考えろ……。
ヒキ姉は、なんでこの子達を、
私によこした?
…………。
…………。
……簡単だ。
ヒキ姉だと、助けられなくて、
私だったら、助けられるからだ。
「すぅ────、ハァ────………」
「「…………」」
あんの羊……
なんで、私のことしゃべった?
ん、しゃべったのか?
この子ら、私のことを、何にも知らないようだし……。
……てか、ヒキ姉って、
私のGSランクのことは、知らないよね?
それのせいで、けっこう怒っちゃったけど……
まぁ、"時限結晶"のことも、けっこうヤバイけど……。
……。
チラリと、2人を見る。
……可哀想に、震えあがっている。
……こわかった、かな……。
ちぇ、全部、ヒキ姉のせいだ。
「ご、ごめんな、さい……」
「……!」
女の子のほうが、声を、絞りだす。
「ご……めん、なさ、い……わたし、たちの、せい、なんです……!」
「…………」
「わたし、たち、が、ムリを言った、か、ら……」
「……」
彼女の怯え様に、大分、頭が冷える。
……まったく、なんでこんなことにぃ。
ヒキ姉、私にこの子らをけしかけたら、
私が怒るとか、予想つくでしょうに。
…………。
──"あなたには、あんな人たちと、幸せに暮らしていてほしい⋯⋯"
「──────……」
あの日の、ヒキ姉の言葉を、思い出す。
「…………」
また、チラリと、この子達を見る。
まだ小さな、子供、だ。
……私が、知っていること。
……ヒキ姉は、優しい。
……とっても、優しい。
……世界一かも、しれない。
あの、ベッドで押し倒されて、泣かれた日。
あのにおいと、
あの優しさと、
あの震える声を、覚えている。
あの人の、失われない想いを、知っている。
「……見捨てらんなかった、のか」
「「……!」」
「……ふぅ」
頭ん中に、土下座するヒキ姉が見えた。
……ひっしこいて、土下座している。
……物凄く必死に、土下座している。
……間違いない。
……次に会ったとき、ヒキ姉は、
────ぜっったいに、土下座する。
…………。
…………。
……ぷくく。
「くく、くくくくく……」
「「え……?」」
間違いない。
ぜったいに、次に土下座する。
「くくく、ははははは……!」
──それはちょっと、楽しみだ。
「あ、あの……」
「あ──あ、はいはい。わ、か、り、ま、し、た、っと」
「え……」
「えと?」
「──あなた達は、手紙じゃなくて、"ワケあり"のほうでしょう?」
「「────!!」」
ソファから、立ち上がる。
白金のマフラーには、シワひとつ、付いていない。
「……話は、きく。やるかどうかは、それから。それでいい?」
「あ、あ……り、がとう」
「ぁい……、はい……! ありがとう、ございます!」
「いやだから……まだ何の用か、聞いてないってば……」
頭をポリポリかきながら、私は、思い出す。
そして、ヒキ算する。
あの日、私に向けられた優しさから、
今の、チンケな私の怒りを引いたら、
……ずいぶん、大きなお釣りがくる。
私は、食堂屋の、娘だ。
────お釣りは、ちゃんと返さないとね?