羊さん、やらかす さーしーえー
「お願いします、お願い、します!」
「いや、えと……そう言われてもね〜〜……」
光射す、王都の一角で。
私たち、姉妹に向かって、
小さな2人の獣人が、膝をついている。
「お願い致します! オシハ様! ヒキハ様! どうか、どうか! 我らに、お力をお貸しください!」
ラクーン族、特有の額に縦に入る、
黒い毛並みと、頭に跳ねる、毛皮の耳。
彼らは、12、3の子供に見えるが、
もう成人していて、私達より年上だろう。
生まれつき小柄な体躯を、さらに小さくし、
彼らは、懇願する。
少女に見えるラクーン族の名。
コヨン・ラクル。
少年に見えるラクーン族の名。
ポロ・ラクル。
この夫婦、私たち姉妹にとって、
他人、という訳ではない。
以前、私たちが、
羊の獣人と間違えられて招待された、
"獣人親睦会なかよしパーティー"。
会場は、なかなか遠かったが、
たまたま姉妹そろって休みが合い、
姉さまの「いってみようぜ!」的な、
悪ノリのせいで、森の中にある、
旧集落を補強した会場に押しかけ、
おそらく、人類で初の参加者となった。
その時に、隣に座っていたのが、彼らだ。
最初は人間、しかも"羊雲姉妹"などという、
二つ名持ちの剣技職に恐縮していたが、
姉さまの、"超・ざっくばらん"な性格が幸いし、
途中から、ちらほら笑顔も見られた。
その時、色々な話を聞いた。
昔は、"アライ族"と名乗っていた、とか、
私達は、成人しても小さいままだ、とか、
みんな、木に登るのが得意で誇らしい、とか、
子供たちが、すぐ、飛ばし弓に触って困る、とかだ。
この夫婦は、私たちを頼って、
王都まで来たのだった。
ラクーン族の里は、
あの森の会場より、さらに南に位置するはずだ。
王都までは、かなりの距離だっただろう。
着ている服は、土やシミがあり、
お世辞にも綺麗な状態とは言えない。
ロクに護衛など雇えないのだろう。
木に登り、魔物の目を盗み、
やっとここまで来たのだと、予想できた。
「お願い、します……もう、たくさん怪我人が出ています。せめて、新しい柵ができるまでで、いいんです……」
「うんにゃ〜〜、可哀想だと思うけど、そこまで遠い所に、人はさけないんだよなぁ〜〜……」
いつも奔放な姉さまも、流石に、弱っている。
どうやら、彼ら、ラクーン族の里で、
大量の魔物が発生しているらしい。
もちろん、彼らも森に生きる種族、
魔物の対応はお手の物だ。
"飛ばし弓"。私たちで言う"スリングショット"。
矢や石を、木の上から放つ彼らの技は、
軽技職の大弓職も、
顔負けの力量だと言う。
私は、思わず問うた。
「……あなた達なら、魔物くらい木の上から倒せるでしょう?」
「もっ、もちろん飛ばし弓には、自信があります! ですが、何か妙なのです……」
「妙……?」
コヨンの言葉に、首を捻る。
問いかけに答えたのは、
側に控える青年、ポロだった。
「……追い返したはずの魔物が、またくるんだ」
「「えっ」」
「ポロ、言葉遣いに、気をつけて……」
「……一度傷つけて、追い返した魔物が、またやってきて、柵を削るのです……同じ特徴の魔物や、明らかに前に来たことのある個体などが……」
「?? どういうこと?」
「わかりません……。魔物の治癒力が、あんなに高いはずはないのです。里を抜けてくるのも、とても神経を使いました……」
「……ケガを負わせた魔物が、またやってくる……?」
確かに、何か異常な事態になっているようだ。
いるようだが……。
「……悪いけど、やっぱ、人を出すのはキツイよ……」
姉さまが、苦渋の決断をする。
この人は、ちゃんと、言葉にする。
言い渋らない。
例え、それが残酷でも、
隠しておいても、何にもならない事を、
よく知っているから。
「そ、そんな……」
「柵を補強、もとい作り直す間の護衛ってのは、やっぱ現実的には無理になっちゃうよ……元手もないし、たどり着くのにも色々かかる……」
「おっ、お金のことは、本当に、申し訳ありませんが……」
「……うん、ごめん、私の立場だからこそ、それは、ムリ」
「う……あ……あ」
……姉さまの、言う通りだ。
王都"剣技職"部隊、総隊長。
そして、プレミオムズ"剣技職"。
その肩書きが、時に、邪魔になる時がある。
私たちが、フリーの冒険者なら、
何ヶ月か、自身で行動できたかもしれない。
……でも、今の仕事をほったからして、
離れた場所の、
友人の故郷に護衛に行くことは、難しい。
とても、心苦しいが……。
「……何とか、移住とか、柵の強化とかを頑張るしかないのか……」
ポロが、ポツンと、つぶやいた……。
コヨンは、顔を手で覆ってしまっている。
「……本当に、本当に、ゴメン……いこう、ヒキハちゃん……」
姉さまは、一瞬辛そうな顔を見せ、
身体の向きを変える。
……そう、姉さまだって……。
胸くその悪い気持ちが広がるが、
私たちは、有名に、なりすぎた。
責任が、時に、自由を奪い去る。
私も、歩き出すことにした。
後ろから、悲痛な声が聞こえた。
「……──いつも、いつも、一生懸命、生きてきた! なんとか、自分たちだけで、がんばった! なのに、なんで、私は里のみんなさえ、守れないのッ! ほんとうに、ほんとうに困った時に、なんで、誰も助けてッ、くれないのッ!」
「コヨン、よせ」
「みんな、みんな、ゆっくり削られていく! いやだ! いやだぁ……だれか、だれか、たすけてよォ……」
ガツンッ、と、
心が、殴られたような気がした。
私は、ここで、何をしているのだろう。
確かに、ここでの使命も、
たくさんの命を、守るだろう。
でも、なぜだ。
今は、自分が、恥ずかしい。
なぜ、私は、
ここから動けないのだろうか。
守りたい。
もし、自由に、飛び回れるのなら。
この力を、自由に、自由に───。
────自由な、チカラ?
────────キィン。
足音を、思い出す。
自由に、駆け回る、あの、少女の。
黄金の、足音を。
「─────うるさいですわっ!!」
「えっ──!?」
「「────ッ!?」」
気づけば、振り返り、叫んでいた。
私は、今は、ちゃんと彼らと向き合っている。
突然、叫んだ私に、
横にいた、姉さまでさえ、
目をまんまるにして、驚いている。
「さっきから聞いていれば、何を勝手を言っているのです!? 私たちを頼ってきたのでしょうが、我らは、そんなホイホイ森の中に潜れるような身分ではありませんッ!!」
「…………」
「あ……あ……」
「ちょ、ちょっと、ヒキハちゃん……」
言ってしまえ。
言ってしまえ。
言ってしまえ。
──それのみが、可能性を、持つのだから。
「……せっかく王都まできたのです。もし、お金に困るようならば、隣街のドニオスにでも、観光に行きなさい。あそこは安くてよい菓子店があると聞きます」
「なっ! き、貴様……!」
私の言葉に、ポロが怒りを顕にする。
構うもんか。
私は、希望を捨てはしない。
「……そんなに助けて欲しいなら、ついでにギルドにでも行って、助けを求めてごらんなさい! もしかしたら、"絵本の英雄"が現れて、無償で助けてくれるやもしれませんよっ!!」
「え……?」
「──お、おまえッ!! それ以上の、妻への侮辱は、ゆっ、許さんぞッ!!」
「──ふんッ、確かに、伝えましたわよ?」
即座に踵を返し、歩き出す。
「え、ちょと!? ヒキハちゃん!?」
姉さまが付いてくるのに、時間がかかった。
────コン、コン、コン……
────────これで、いい。
もう、私に出来ることが、ない。
脳裏に過ぎる事は、ある。
「……あああ。アンティに、ぶっ飛ばされそうですわね……」
私の、"ガクブル"のひとり言は、
後ろから慌ててくる姉さまには、
きこえなかった、ようだった。
「ヒキハちゃんが、グレた……!」
「な、なんだ!? あの態度は! てっきり、人格者だと思っていたのに! もういい! 帰ろう、コヨン!!」
「……まって、ポロ」
「ん!? どうしたんだ、コヨン? ……何か、考えているのか?」
「ドニオス……絵本の英雄……"助けてくれる"?」