なみだちょちょぎれ さーしーえー
受付嬢ってのは、大事だと思う。
私も、食堂屋の娘ですから?
ほら、最初のお客さんとの、
初めての会話とか、印象とか。
最初の心掴みは、けっこう大事。
いち、接客業員として、
思う所があるわけですよ。
今は義賊クルルカンなので、
接客もナニもないのですが。
──さて。
私が何故、いきなりそんな事を、
語りだしたのかと言いますと─────。
「………………」
「………………」
ドニオスギルドの受付に、
山みたいな、でっかい男が、
座っているからなのよ……。
「ヒソヒソ……」
「ヒソヒソ……」
……周りの、何人かの冒険者さんが、
何故か、受付カウンタに座っている、
ギルマスのヒゲイドさんを見て、
ひそひそ話をしている。
ちょっと、聞き耳をたててみる。
「な、なんでヒゲイドの旦那が受付してるんだ……?」
「我らが女神、キッティ嬢はどうした……」
「でかい……座ってても、デカイ……」
「なに、キッティちゃん、逃げたの?」
「ええっ!? な、なぜだ!?」
「いやいや、昨日はいるの、見たぜ?」
……何やら、冒険者さん方の方でも、
混乱する事態のようだ。
そりゃそうだ。
ギルマスっつったら、ギルドのトップだ。
そんな偉い人が、何故か受付をしている。
いみわからん。
しかも、ヒゲイドさんは、
身長3メルトルテオルバの、超巨体だ。
そんな黒スーツを着た、
ボサボサ頭とヒゲの大男が、
ギルド受付にいるのは、ハッキリ言って、
かなり異様な光景だわ。
私のような金ピカ道化師が、
冒険者ギルドに入ったら、もっと、
悪目立ちするハズなんだけど、
あまりの受付"大男"の異様さに、
私へのツッコミはほぼ、無かった。
今日は、ロビーで、
ゴリルさんが店を出していない。
……ギルマスと仲良さそうだから、
この状況を説明してほしかったんだけど。
まあ、シカトする訳にもいかんので、
いざ、受付カウンタに、参らん。
キィン、キィン、キィン────。
わたしの、あしおと。
「……帰ったか」
「た、ただいま、もど、りました」
この人、座高も、たけぇぇな。
「……いま、着いた所か?」
「え、ええ、ついさっき。てか、このギルドの上が私の家ですから、今帰ったって、わかるでしょう」
「そうか……そうだな」
……?
ヒゲイドさん、なんか元気ないな……。
なんで、受付なんかやってんだ?
新人冒険者が来たら、逃げますよ?
「あの……」
「おい、受付をかわってくれ」
「ええ!?」
「あ……はい!」
あ……なんだ。
私にギルドの受付をやってくれ、って、
頼まれたのかと思ったわ……。
義賊クルルカンが、ギルドの受付嬢て。
────ねぇな……。
カウンタ内の、男性ギルド職員が、
返事をして、こちらに向かってくる。
「ね、ねぇ、キッティは、どうしたの?」
ガマンできずに、ヒゲイドさんに聞いてみる。
「その事に関係するんだが……」
「は、はい」
「……帰ってきて早々すまない。お前に、奥の部屋で話がある」
「え?」
な、なんか、すごい深刻そうな表情だ。
奥の部屋って、ギルマスの執務室だよね……?
「キッティも、奥だ。よいか?」
「キッティも? は、はい、もちろん」
「……すまない」
ギルマスが冒険者に話がある、っつったら、
断る事なんてしないわよ。
ヒゲイドさんにも、キッティにも、
けっこうお世話になってるし。
なんか、ヒゲイドさん、イヤにしおらしいな?
ドコ、ドコ、ドコ────。
キィン、キィン、キィン────。
「……わるい、話ですか?」
「む……」
廊下の足音の無機質さに耐えきれず、
思わず、きいてしまった。
この反応……
「……アンティ、先に言っておく。……最悪だ」
「────」
言葉が、でない。
私、なに、やらかした。
キッティは、なぜ受付にいない!?
「──私は、私はっ!? なにをしたの!?」
「──! アンティ?」
「私を冒険者にしたことで、何かが起こった! そうでしょう!!」
「む……」
「迷惑を、かけているのね……」
くっそ……くっそ!!
私の存在は、ギルドにとって、異物。
私は、"イレギュラー"だ。
世界唯一の、冒険者クラス"郵送配達職"。
金ピカの、クルルカンの格好をした、15の子供。
装備のせいで、身に釣り合わない、大きな力。
何かが、何かが、私のせいで! おこった!
……私のせいで……。
足が止まり、肩が震える……。
「……くっくっく」
「…………ぎるます?」
私のせいで、
何か問題が起こった事を察して、
私は、落ち込んでしまってた。
ギルマスは、廊下で立ちすくむ私の前に、
巨大な膝をつき、しゃがみ、
私の小さな両肩に、大きな両手を、
そっと、のせた。
しゃがんでも、なお大きな巨躯は、
上から、落ち着いた声で、つげる。
「……アンティ、正直に言おう。確かに、お前がきっかけで、ある問題が起きた」
「う、う……」
「しかしな? 今回の件、お前に、全く、非はないのだ」
「……え?」
意外な言葉に、俯いていた顔が、上を向く。
ヒゲイドさんが、まっすぐ、こちらを見ている。
「俺たちだ、アンティ。"俺たち"が、やらかした」
「……はい?」
「アンティ。俺たちの失敗を、お前は責めることができる」
「え、え? えっと……え?」
「今からお前に来てもらうのは、お前に、謝罪するためだ」
「なっ……!」
えと、えと。
"私に謝る"?
俺たち……"ギルド側"が、ってこと!?
「……来てくれるか? アンティ」
「は、はい」
わからない。
何が起こったと言うんだろう。
でも、ついていくしか、ない。
ギィィイイイ────…………
前に聞いた時より、大きな歪みの音を出し、
ゆっくりと開く、巨大な木製の扉。
部屋の中に─────。
ぐしゃぐしゃに泣いている、キッティがいた。