またね、ヒキ姉
「……アンティ、それでは私はそろそろ行きますわ」
「あ、うん……!」
ヒキ姉が、こちらに向き直して、
改まって言う。
どうも、カーディフの山火事調査は、
正式な王都の調査、というよりは、
ヒキ姉の個人的な興味の範囲が大きかったみたい。
どうやら休暇も利用してこちらに来ていたようだ。
「……お休みを潰しちゃって、ごめんね?」
「ふふ、あなたが謝ることではありません。それに……」
「?」
「……かわいい妹分も、できました。得たものは、大きかった」
「え……ぅ……」
ずるい。
ヒキ姉は、残念羊だが、あったか美人さんだ。
そんな優しい表情をするのは、ずるい。
「アンティ」
「はい」
「あなたは、大きな力と、秘密を持っている」
「はい」
「でも、先ほどからのあなたを見ていると……あなたの"黄金"は、そうそう隠せるものではない」
「え……」
そ、それって、まずいかな。
やっぱり、そうだよね。
とても、危険なモノを秘めているのに、
こんな、バカみたいに目立つ格好してさ。
なんか、やってること、チグハグだよね。
おかしい、な。
自分の、自分だけにできることを探して、
その時その場で、こうしたらいんじゃないかって、
やってきた結果なんだけどな……。
なんで、こんな事になっちゃってるんだろう……。
「私は……あなたの周りを見ていて、安心しましたわ!」
「え、ええ!?」
……な、なんで?
こんな目立つ格好で、
命を狙われる秘密を持っているのに。
カーディフで、そのままの髪型や、
半分本名の偽名も、怒ってくれたよね?
よくわからず、首を捻っていると、
ヒキ姉が、また突然、話し出す。
「アンティ。もし、"1人で全てが出来る力"があれば、それは凄い力ですが、同時に、さびしいモノだと思います」
「ヒキ姉……?」
「そうそう、そんな人はいません。全てを成し得る過程で、たった1人で何かを成し遂げることは、感情的にも、実務的にも、ありえない事ですわ。心の奥で、道具で、環境で。あらゆる面で、誰かの助けがいる……」
「……はい」
──思いおこす。自然と、心に。
父さんと、母さんの、慈愛にみちた笑顔を。
バスリーさんと、元気な2人のエルフの声を。
ゴリルさんと、サルサさんと、新しい命を。
自身の信念を貫く、なりふり構わない変態を。
ギルマスと、キッティの、優しさを含んだ目を。
──死してなお、守り続ける、黄金の仮面を。
──私の頭上に陣取る、無垢なる王の冠を。
いっぱい、いっぱい、いっぱいだ。
──今は、目の前に、肌色の髪の、微笑みがある。
「ふふっ、アンティ。世界は……けっこう上手いこと、できています。世の中のバランスが崩れないように、まるで見えない神の手が働くように。何かが生まれたら、何かが死ぬ。ある物が増えたら、ある物が減る……」
「う、うん……」
「アンティ。あなたは、1人でできる力を、手に入れてしまっているのかもしれない。大きな、抱えきれない力を。……でもね?」
ヒキ姉が、私の肩の装甲に、そっと、手をそえる。
「だからこそ、あなたが1人にならないよう、世界は働きかける。それが、神でも、悪魔でも、別にかまわない」
「う……?」
「あなたは、多分、世界に愛されている。その黄金のヨロイは、運命が与えた、あなたへの"祝福"よ。あなたを決して1人にせず、あなたの真の輝きを、皆に伝える手助けをしてしまう」
「え、えと?」
「"あなたを決して1人にしない祝福"……ふふっ、そして調和は、生まれるのだわ」
……ヒキ姉が、また、
訳わっかんないこと、言ってる。
でも、この優しく、まぶしい笑顔の前で、
この人をバカにしようなんて想いは、
まったく、おきない。
「アンティ? あなたの"秘密"、私は言う気はない。とても、大きなものだから」
「……うん」
「でも、こんな事言ったらダメかもしれませんけど……あまり、"秘密"に引っ張られないで。こだわりすぎてはダメ」
「──え?」
"時限結晶"。
私の持つ、恐らく世界で一つだけの、
誰もが手に入れたい、神秘の結晶。
それに、この人は、"こだわりすぎるな"と言う。
「あなたの人生は、絶対に、その"秘密"を隠し通すためだけに、使われていいものじゃありません! ……なにか、あなたがその黄金を身に纏うに至った、意味があるはず」
「そ、そうかな……ヒキ姉、私は……」
「あなたの心は、まだ何も、決まっていない。それが私は、とても嬉しい。あなたは固まらず、決めつけず、その歳相応の感情で、その黄金を、まとめあげている。アンティ、自分だけにできる事を、一所懸命、やればいいんですのよ!!」
「あ……」
「もし、それであなたが危機に晒されるのでしたら、私、いつでも副隊長なんか辞めて、あなたの元に駆けつけますわ?」
「ふ、ふっふ……やめてよ……」
泣いていいのか、笑っていいのか、
わからなくなるって。
ボスン、と、ヒキ姉の胸に、身体をあずける。
優しい香りと、温かさが、頬から伝わる。
──多分、この人にバレて、よかった。
1人だけで抱えてても、いつか、くずれた。
運命なんて言葉を、受け付けない時もある。
でも今は、妙な運命に、感謝した。
「ありがと……ヒキ姉……」
「ふふふっ。あんなに強くて、いつも口がわるいのに、こういう時は、とても可愛らしいわね?」
……うるせぇ。
世話になった人に礼を言って、なぁにがわるい。
肌のローブが、そよ風に、たなびく。
今日の内に、王都へ出発するそうだ。
1人だけなので、気が楽だ、との事。
ヒキ姉の、遠ざかる背中を、じっと、
動けずに、見ていた──────。
「……あ、うさ丸……まぁいっか。生きてるでしょ」
『────アンティ。』
「うん、いこっか」
しばらくして、ドニオスギルドに向かって、
1歩ずつ、歩き出した。
1歩ずつ、1歩ずつ。
何かを確かめるように────────。