" / " ④ さーしーえー
野菜のカゴを囲み、
二人の少年、一人の少女、一匹の魔物が、
地べたに座わりこんでいた。
「では、"偽物たち"のかいぎをはじめる!」
「にょきちゃん、ブロコロもたべる?」
「に……にょにょや……」
「おまえら、きいてやれよ……」
少女の膝の上で、
野菜を突きつけられている白い魔物は、
何故か両手にしている赤いグローブで、
しっかり口を、おさえている。
上に伸びた、長い耳は、小刻みに震えている。
あまり、悪い魔物には、見えなかった。
「アナ……もうやめなよ、どう見ても、こわがってるよ……」
「やさいでまものをこわがらすなんて、たぶんアナがさいしょだぞ……」
「まだいける! まだいける!」
「にょやややややや……!」
……ぴょ──ん!
──ぐんむ。
「わっ」
「あっ、とんだ!」
手のあるラビットの魔物は、堪らず、
木の剣を持った少年の顔に飛びついた。
よじのぼって、頭に移動する。
「にょややややや……」
「だ、だいじょぶか? ユータ」
「あ、あったかくて、ふるえてる……」
「こらぁ──! にげるなぁ──!!」
⚙⚙⚙
「……んで? どっちに逃げたのよ……」
「あ、あっちの屋根づたいに、こう、ぴょ──んと……」
「屋根づたい!? うさ丸って、そんな跳べるの!?」
「軽技職、顔負けの大ジャンプでした……」
「あのコ……普段は二足歩行で、のっしのし歩いてるから、油断してたわ……まぁそれもどうかと思うけど」
「も、申し訳ありません……」
「ラビットに、シチューの話なんか振ったらダメでしょう! しかも多分、笑顔で話しかけてるし。……ゼッタィ食われると思ったわよ?」
「う、ううう……て、手分けして探しましょう! 幸い、王都のように広大な都市ではありませんし!」
「あんた……カーディフ住民の私に、ケンカ売ってんの……?」
「メッ! メッそうもないッ!?」
「……まぁいいけど。じゃあ、私はこっち、ヒキ姉あっち」
────ビッシィ!!
「──か、かしこまりましたわッ!!」
「街娘に敬礼って……ヒキ姉、ほんとに副隊長なの……?」
⚙⚙⚙
「とりあえず、どうやってラビットを、外につれだすかなんだけど……」
──かりかりかりかり……
「やっぱり、まちのかべぞいに、人をさけながらいこう!」
──こりこりこりこり……
「え──!! もっとやさいをたべさせてからでい──じゃない!」
──ぽりぽりぽりぽり……
「いや、それはアナのお母さんがキレるよ……ていうか、よくたべるね。きみ……」
剣の少年……ユータは、うさぎの魔物のほうを見る。
「? にょきっと?」
「……あれ?」
うさぎの魔物は、
ユータの側で、きょとんとしている。
垂れた、長い耳が、哀愁を漂わす。
では、この食べる音は、
何処から聞こえるのだろうか。
「あれ? きみじゃ、ない?」
「……! ユータ、みろ!」
「え、あ!」
「あ──!」
小さな、リスのような生き物が、3匹、
野菜をかじっていた。
「な、なんだ、こいつら!」
「これ、でんでんリスじゃないか!?」
「でんでんリスだって? ログ、知っているのかい!?」
「ああ! まものじゃないけど、しっぽがくるくるした、リスのなかまさ!」
「わ──! ちっちゃいね──!」
「で、でも、おっきな"まえば"だね……」
「ああ……かまれると、いたそうだな……」
「にょやんや〜〜……」
──キキキ!
──キキキキ!
──キキ! キキキ!
「! こいつら、金ポタタしか、かじってない!」
「! ま、まさか、はんにんは、こいつらか!」
「え!? あ! お、おどかさなきゃ!!」
「あ! よ、ようし! え、えいッ!」
───ガッ!
ユータが、でんでんリスのいる場所の、
地面を、座ったまま、木の剣で、殴る。
でんでんリスは、びっくりして、飛び上がる。
───キキキキキャ──!
───キキキキキキキャ──!
「か、かわいそうだが、しかたない! 金ポタタを、たべすぎたばつだ!」
「でも、3匹だけだと、あんまりいみないな……」
「3匹、だけじゃ、ない……!」
「「え?」」
いつも元気なアナが、急に、か細い声を出すので、
ユータとログは、虚をつかれた。
アナは、いつの間にか、立ち上がっている。
「あ、アナ?」
「ど、どうしたんだ?」
「あああ、あああ、あ……」
「「??」」
ログとユータは、立ち上がり、
アナの見ているほうを向いて、
────ゾッとした。
「…………う、」
「うそだろ……!」
──200匹はいるだろうか。
──でんでんリスの、大軍に囲まれていた。
「「「「「「キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ!!!!!」」」」」」
「「「────────っ!!!」」」
⚙⚙⚙
「もうっ! うさ丸ったら、どこ行ったのよ──!? クラウン、うさ丸の声とか、においとか、足音とか探れない?」
『────捜索野展開中……。』
────ソナーデバイス形成。』
────震音発信……判別不可能判定。』
────視野領域……該当判別結果無。』
────フェロモン検出試験中……。』
「"ふぇろもん"、って何やねん……久しぶりにわからない言葉ね、もう。はぁ……」
ラワムギの帽子をかぶった少女が、
黄色いワンピースをはためかせて、
革のホルダーのウッドサンダルの、
つま先を地面に、トントンならす。
それは、まるで、一枚絵。
移りゆく季節の中にある、
様々な想いを抱えている、
黄金の少女の、姿の一つ。
少女は、気づいていない。
通り過ぎる、全ての人が、
彼女を、振り返らずには、
いられないという事実に。
しかし、落ちこぼれに慣れた心は、
それとかけ離れた黄金を晒しつつ、
街中を走り回り、見る人々の心に、
次の季節の訪れをつげるのだった。
「も〜〜! 手間がかかるうさちゃんだこと〜〜!」
──とたたたた……。
⚙⚙⚙
「わ、わ、わ!」
「な、んて、かずだ……」
「う、うええええええ!」
「にょ…………?」
ぐるりと、囲まれている。
子供三人と、魔物一匹が。
二百を超える、爪と歯に。
キキキキ────!
キキキキキキ────!
キキキキキキキキキキキキ──!!!!!
「うわぁ、あ、あ」
「こ、こわい……」
「うえぇ、うるさいよう……」
思わず、耳に、手を当てる。
こんな小さな動物、一匹だけなら、
どうという事は、ないだろう。
だが、目の前にいるのは、
すでに、地面の色を変えるほどの、でんでんリスである。
先ほど、野菜をかじっていたリスが、
少し大きめのリスの背中に、隠れる。
子供なのだろうか。
親のリスは、少年たちを、細い目で、睨んでいる。
その表情は、周りのリスにも、広がっていく。
そう。
小さくとも、
────怒ったやつは、こわいのだ。
「キキキキキキキキ────!!!」
────ダダッ!!
「──!?」
「ユータ! あぶないッ!」
一匹、飛び出した、少し大きめの、でんでんリス。
大きな歯を、剥き出しにしている。
ログは、咄嗟に、手に持った盾で、防ぐ!
──がキン!!
それは、木でできた盾で受けたとは、
思えない、重い、音だった。
「グぅッ!!」
「ログ!!」
「だいじょぶだ!!」
しっかりと、足を地面につく、ログ。
盾を構え、目を見開いて、前を見ている。
「……こんどは、おれのばんだ、ユータ」
「ろ、ログ!」
「ユータ! おれがなんとかする! アナをつれて、にげろ!」
「だ!? だめだ! こんなかず、かみ殺されてしまうよ!!」
「うるさい! ユータ、おまえの剣は、じっとしていたら、ダメだ! かこまれたら、それでおしまいだ!」
「そ、それは……!」
「わかっているんだろう! おまえは、にげながら、おってくるヤツを、たたくしかない!」
「でも、きみは!」
「おれの盾が、いちばん、おとりにむいてるんだ!」
「ログ……!」
「ユータ……! あの日、おまえたちを、みごろしにするところだった、おれのやくめだ!」
「そんなこと!」
「いけ! いくんだ! ユータ!」
「…………!!」
「ゆ、ゆぅたぁ……!」
アナが、隣で、震えている。
ユータは、考えた。
いつ、襲われるかもしれない中、少しだけ。
少しだけ、考えた。
すぐ、やめた。
友だちが、大事だった。
「──できない」
「なっ!? ユータ!」
「えっえっユータ?」
「友を見すてるヤツは、"本物"には、なれない!」
「ば、ばかやろぅ……!」
「うぇぇ、ゆぅたぁ……」
盾の仲間を、見捨てる事はできない。
でも、杖の少女がいる。
彼女は、逃がしたい。
剣の勇者は考えた。
また、考えた。
子供の頭で、愚かに、優しく。
────そして……たくす事にした。
「……なぁ、うさぎのまもの」
「? にょきっと?」
「アナを、つれて、にげてくれないか」
「!! ユータ!!」
「ゆ、ゆぅた……?」
「きみは、まものだから、今まで、たくさんの人間に、いやなことをされてきたかもしれない……」
「にょっき……?」
「でも、今は……! きみにしか、たのめないんだ……!」
「ゆ、ユータ! そいつに言っても、ムダだぞ!?」
「ううう、そ、そうだよ!」
「いや! こいつはまものだけど、心があると、かんじるよ! それに……今は! こいつしかいない! アナを守るには、こいつにたのむしかないんだ!!」
「「ユータ……」」
「にょっ、きゃ……?」
「ねぇ、ラビット……ぼくは、"にせもののゆうしゃ"だ。でも、にせものでも、ゆずれないことは、ある!」
「にょ……?」
「なかまを、守る。……きみは、今だけ、ぼくの……"ゆうしゃのなかま"に、なってくれないか?」
「にょにょにょ!?」
キキキキキキキキ、
キキキキキキキキ、
キキキキキキキキ────!!!
「! く、くるぞ!」
「うわあああん!!」
「! ラビット、たのむ、たのむ。まもってくれ。にげるんだ。そのまま、外ににげてもいい。でも、とちゅうまで、アナをつれてってやってくれ」
「にょや……」
「そ、そんな、ユータ……!」
「いけ! アナ、つっきるんだ!」
「や、やだ! そんなのやだ! アナもたたかう!」
「だめだ! まほうなんて、つかえないだろう!」
「でもぉ〜〜!!!」
「おい、はやくしろ! いつくるかわかんないぞ!」
「あっ、おい、アナ、はなして! はなすんだ!」
「やだ! やだ! ひとりではにげない!」
「おい! やばいぞ! くるぞ!」
「そんな!!」
キキキキキキキキキキキキ…………!
ダダダダダダダダ…………!!!
少年達が、見る中で、
小さき牙を持つものが、空中に、躍り出る。
──歯を、剥き出しにして、迫る。
盾の少年は、前に構え、
剣の少年は、背中を合わせ、
杖の少女は、目を、瞑った。
そして、白の魔物は────、
「にょきぃっ、とぉぉおおおおお────!!」
彼らの下に、もぐりこんだ──!
────────!!!
…………。
………………。
……………………。
「……あれ?」
「ん、お?」
「えっ……?」
……どう、なったんだろうか。
今、たくさんの、でんでんリスに、
おそいかかられた、はずなのに。
……なぜ、ぼくたちは、
白い、じゅうたんの上に、いるのだろうか。
……ここは、どこだ?
ずいぶん、あったかい。
でんでんリスが、一匹もいない。
いや、とおくに見えた!
…………にげ、てる?
──ずずん!
「わっ!」
「ゆ、ゆれたぞ!」
「にょ、にょきちゃん、どこ?」
『──にょきっとなぁ!』
「え?」
「お?」
「な?」
下のほうから、あのラビットのこえが、きこえた。
よこに、毛むくじゃらの、白い木が、はえている。
……あれ、このかたち……?
「…………なぁ」
「…………うそ」
「…………まさか、これ……耳?」
ぼくたちは────、
でっかくなった、ラビットの上に、乗っていた。
『────にょきっとおおぅ!!』
( º дº)<エェェェエエェェェ!!?