おこったくまぁぁぁ!!! さーしーえー
「ユータ! ねぇー! もうかえろうよー!」
「いやだ! かえるならひとりでかえれ! 」
暗い森の中を、少年と少女が歩いていた。
前を行く少年の両手は塞がっていた。
右手に、木でできた玩具の剣。
左手に、家庭用の火炎の魔石。
故に少年は、少女と手を繋いではいない。
少女はうねる木の根に四苦八苦しながらも、
幼なじみの少年に制止を呼びかけていた。
「ねぇ、もう、かえろー! こんなことしたら、すっごいおこられるよ!」
「いーんだ! バーグベアをたおしたら、みんなほめてくれる! それに、たおせなくても、おいはらうだけでもいいんだ!」
「でも~!」
「だいじょうぶ! 火のませきがある!」
少年は、カーディフの街にある食堂で、客から聞いた事があった。森の魔物は、火を恐れる。森には火を使う生き物が少ないからだ。未知の恐怖に、魔物は敏感だ。ウルフなどは、逃げていく。街に入られたら厄介だが、定期的に火で追い払えばよい、と。
「これで、バーグベアをおいはらえば、おれはゆうしゃにちかづける!」
少年は、勇者に憧れていた。
少年はたくさんの冒険や、伝説の絵本を読んだ。
太陽の巫女。
義賊クルルカンの冒険。
封じられし、光の精霊の神話。
その全ての物語に、強い魔力や、技を持った者たちが描かれていた。だが、少年は、それらの力だけに憧れている訳ではない。
登場した主人公たちは、皆、何かを助け、守るために戦ったのだ。
太陽の巫女は、降り注ぐ星から、大地を守るために。
クルルカンは、貧しい子供たちに、明日の未来を作るために。
光の精霊は、永遠に人々を癒すため、自分の時間を止めてまで。
少年も、そうなりたかった。そうありたかった。
誰かの明日になるように。
誰かの役に立てるように。
子供ながら、それが自己満足の形だと、自分の我がままだと、理解はしているのだ。
だが、街の中でじっとしていて、何が変わるのだろう!
時間の流れに身をゆだねて、それでよいのだろうか!
ご飯を食べて、寝て、大人になって、仕事を見つけて。
それが人生となっていくのだろうか!
わからない。
子供故にわからない事だ。
少年は、何かを変えたかった。
「ねぇユータ……あれ」
「!」
少年が、胸の中の、決意の様なものを噛み締めていたとき。
少女が、皮肉にも、それを見つけてしまう。
「バーグベア……」
まるい、とても大きい、黒いカタマリが、呼吸をしていた。
少年は、その大きさに息をのむ事をも忘れた。
まるで、しゃっくりをする前みたいだ。
恐怖は、痺れて、機能しなかった。
「ちゃんすだ……」
少年は、そう、思った。
誰だって、寝ている時は油断している。
バーグベアが火が嫌いだとしたら、いきなりの攻撃に驚き、逃げていくかもしれない。
「アナ、さがっていろ」
「あ……でも……」
火の魔石へ、魔力を込める。子供でもできること。
これで、もうすぐ火の玉になるだろう。
後戻りはできない。
「……──────ぃっ!」
ポ─────ン
トッッ
ボッ!!
「「──────」」
まるい毛玉の上に、火の玉がのっている。
動かない────
はずが、ない。
はじめは、ゆっくりと、顔をおこした。
少年たちは、唖然と見ていた。
大きい。さらに。
先ほどは、体を横にして、丸まっていたのか。
体をおこし、向きが変わったソレは、家くらいあった。
あたりを見廻している。
この魔物が、そんなに怖い魔物なのか?
とても静かな中、燃えている石で目が止まる。
毛皮に、焼け付いてしまっているようだ。
恐ろしく長い、爪で掴む。
ブチブチブチ。
黒い毛が、炎を反射して、オレンジ色に見えている。
ブンッ! ……ガササッ!
火の魔石は、森に投げ捨てられた。
少年と少女は、思わず目で追う。
明るい。
茂みから、光が出ている。
まだ、燃えている。
木の幹の模様が見える。
「────グルルル……」
ハッ、とする。
今、目の前に、魔物がいるんじゃなかったか。
大人たちが、恐れる、人外のモノ。
街の全ての門を閉じ、締め出そうとしたモノ。
────そんなモノから、目を離して、いいのか?
ゆっくり、と。
ゆっくり、と。
視線を、戻した。
多分、2人とも、全く同じ動きをした。
まだ、周りは、静かだ。
隣の炎が、大きくなった、気がした。
魔物の、顔が、照らされる。
こっちを、向いて、いる。
目が釣り上がっている。
歯が見えている。
息が、白い。
怒って、いる。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!」
ゆうしゃは、
叫びながら、
少女の手をとり、
逃げ出した。
「「うわあああああああっ!!!」」