とばせとばせとばせ!
山が、燃えている。
私たちが小山と呼んでいるが、都会の人から見たら、丘に近いかもしれない。森が茂っていて、パッと見は山に見えるのだ。
もちろん魔物がいるので、普段は絶対に入らない。
北西の森と小山は、カーディフの街の一番身近な恐怖だ。
燃えている。何で、あんなに。
誰か松明を持っていったんだろうか。
いや、捜索に行ってたどり着く距離としては速すぎる。
しかもあんな丘の真ん中まで行かないだろう。
だってバーグベアが……バーグベア?
(「とめた! とめだんだ! でもいうごときかなぐぇ、おればにぜものじゃないって! だいどごろの、火のませきでだおすっで、アナと、いっしょに!!」)
──────火のませきでだおすっで、
うわぁ、血の気って、こういう風に、引くんだな。
あれが勇者の放った火だとしよう。
てことは、最悪の場合、
勇者はもう魔物に会っちゃってるってことになる。
ああ、
馬鹿やろう、
馬鹿やろうが。
気づくと私は、馬鹿みたいに走り出していた。
周りが知らない間に木だ、すごいな、記憶がない。
肺から、ごっ、ごっ、ごっ、って音がする。
あ、これ肺じゃない、心臓だわ。
腕って、こうやって上に振り抜くと体浮くんだな。
ダッ、ガッ、ゴ。
超こけた。
根っこかな。引っ掛かりました。
遠い。何あれ燃えてる、消えんのか、あれ。
足、ヒザから下、わかんないな。
はは、あれ? 私パニクってるかな。
「ク、ラウン、火、分析」
『────分析完了。
前方2ケルメル、
火災範囲:平均直径8メル単位。
なお、増大中です。』
はは、8メルだって。私ん家丸ごと入っちゃうじゃない。
急がなきゃ、いけない。
熊のバケモンと、火事だ。
ガキンチョ2人のツケには、ちょっとキツイお代だ。
ダメだ。ヒザっつーか全身笑ってるわ。
どうしよう。どうしたらいい?
馬車みたいにさ、ぴゅーんて行きたいんだよ。
車輪がさ、ついててさ……。
「クラウン、私の足に車輪つけて」
『────指示分析完了。
移動速度の上昇を規定概念とする。
非推奨の行動。地形に起因する。』
「もういい、こっちでやるよ」
両足首の下、それぞれ2つずつ。
はぐるまが固定される。
「クラウン、回して」
『────非推奨行動。』
「まわして」
『────非推奨行動。』
「お願い」
『───────レディ。回転開始。』
ギギュルルルルルル!!
苔とかと、擦れて嫌な音するな。
あ、ほら、速いじゃない。
振動凄いけど。
地面デコボコだね。
あ。
左肩、痛い。
ずれて木に、いったな。
「どれ、くら、い進んだ?」
『────分析完了。58メル28セルチです。』
「ほら、速い。もっかい」
『────危険。非推奨です。』
「もっかい」
『────危険。非推奨です。』
「…………私はさ!!!!」
危ないから、止めろと言う相棒に、私は食ってかかった。
「私は、そりゃ、あんたみたいな、よくわかんない魔法!? スキルしか、使えないけどさ!!! だからって、今、今日を何もしなくてさ、おウチに帰ってさ、そのまま!笑ってヘラヘラして、生きていけると、思うの!!?」
『────────────』
「……クラウン、私が今日、あいつらに会った時……、もっと怒ったら、あいつらをコテンパンに怒ったら、こんな事にはなってないのよ、多分。もっとちゃんと怒ったらよかった! 邪魔くさいなぁ! どうせまた冗談でしょ! なんて、思わずにね!」
夜の森で、吐き捨てるように、言う。
ウルフが寄ってくるかもとか、そんな事は今はどうでもいい。
「そして明日になってね、全部終わった後にね、明日から思うのよ。「ああ、ああ、今日の夕方に戻りたい、戻りたい、やり直したい」って。」
『─────────』
「クラウン、いつも、こんな風に言うわけじゃない。私だってさ、お皿割ったら、後で片付ければいいって思う、砂糖ぶちまけたら、後でやるから、壁際に掃き寄せるわ。でもね────」
ああ、何で私はこんな事を叫んでるんだろう。
こんな夜中の森で、1人で。私のスキルに。
「────普段サボってる分! だらけてる分!
本当に後回しにしてはいけない時を見逃しちゃいけないのよ!!!」
ありったけに、叫ぶ。
「ホントにやらなきゃいけない時に、危ない、わからない、できないからって、そこでやめちゃ、ダメな時があんのよ!!!」
『──────』
「それが、今。私にとっては今。これをやらなきゃ、明日からの地獄が待っている。自分で、自分を許せない、地獄よ!」
多分、誰もが許してくれる事。責められない事。
だから、決して許されなくなる事。
「私は、自分で自分を慰めてあげられるような、立派な人間じゃないのよクラウン……だから、今、あきらめちゃダメ」
私は罪に怯える、愚か者なのだから。────だから、
「今、考えて。すぐ、考えて。出し惜しみはなしよ!」
『────────』
────きゅいいいいいいいいん!
「あなたと、私なら、できるわ。見てよここ! 一瞬で、58メルも進んだじゃない! 大したモンだわ! もうひと踏ん張りよ、クラウン!! あなたの今の可能性を、あなたが今、あきらめないで!
────クラウン! あの炎の場所へ、私を連れてって!」
さぁ、いこう! 私だけの、相棒とともに!
『────レディ:オーバー。アンティ。
オーダーによる行動指針の優先項目を更新します。
自己分析完了。規格概念が、組み直されました。
過去の演算計測値より、パターンフレーム抽出。
────────────────展開を開始します。』