優柔不断一時停止宣言!
「わからないっ! わからないですよ! そんなの!」
思わず、叫んでしまう。
ラララとロロロに、きこえてしまっただろうか。
「この、手紙を読んで、話をきいて……確かに、魔物が襲ってきた原因は、ネネネさんが植えた精霊花だったかもしれない……でも、だからって、ネネネさんが"悪"かって言われたら、それはわかりません!」
「……じゃあ、正義、なのかい?」
「それもッ! ……違うと思います。少なくとも、エルフの皆さんが感じる"正義"とは、かけ離れてしまっていた、と、思います……」
「…………」
「正義とか、悪とか。……どちらでもない、そんなんじゃない、そんなんじゃないでしょ!?」
声をあらげる私を、しかし、バスリーさんは、どこか達観したように、見ている。
「……? ばすりー、さん?」
「……くっくっく」
「……え?」
「か────っかっかっかっかっか!!!」
「……はぃい?」
え、いや……私、けっこう今、真剣だったんだけども……。
なぜ、ばばばばーちゃんは、爆笑しておられるのか……。
「はー……いや。わるかったね、アンティ。何か、色々つっこみ過ぎたみたいだ」
「え? ……う……はい……?」
「"正義"でも"悪"でもない、か……そうさね」
「えと……?」
「アンティ、実はね、あたしも同じ考えなんだよ」
「ぅえ……?」
私と、バスリーさんが、同じ……?
「でも、考えっていうか、どっちか決められないだけで、優柔不断っていうか……」
「ふん! この世のすべてが、"正義"と"悪"に、わけられるはずないだろう! 逆に、そんなふうに分けてしまう奴がいたら、それは、世界で一番、自分勝手なヤツさ!」
「ええええええ……」
ごくごくごく。
バスリーさんが、お茶を飲み干して、続ける。
「アンティ。ネネネ様は、なぜ、お一人で魔物と戦ったと思う? なぜ、エルフの皆は、助けなかったと思う?」
「え……? うぅ……?」
「"正義のカタチ"を固めてしまったからだよ。そして、それを変えられなかったからだ……」
……?
"正義のカタチ"を固める……?
「それって、どういう?」
「"私が精霊花を植えた、だから魔物を追い払う"。それが、ネネネ様の正義。
"精霊花で魔物を呼び寄せた巫女を、助ける必要などない"。それが、エルフの里の者達の正義」
「…………」
「そこで、正義を、"決め固めて"、止まれなくなってしまったんだ」
「"決めて"しまったから……?」
「ああ……自分の生き方を、そこで、固めちまったんだよ」
正義を、決めたから?
だから、いけなかった?
……よく、わからない。
自分の目標や、生き方を決めることは、
悪いことなのだろうか?
「……自分の生き方を、決めてはいけないんですか?」
「……そうじゃないよ、アンティ。でもね、それを"固める"ことは、簡単にはしてはいけないんだよ」
「かためる?」
「自分のやり方や、正しいと思う事を、決めていくことは、とても大切だ。それが積み上がって、私達は成長していく……でもね? それを、固めすぎちゃいけないと、あたしは思う」
「かためちゃ……いけない」
「"自分の正しさを固める"ってのは、新しい成長や、他の意見を無視する事でもあるからねぇ……」
………………。
「…………だったら」
「?」
「だったら、私はどうすればいいんでしょうか。何が正しいか、ずっとわからないままで不安で……こんな、大きなチカラを持ってしまって……あ」
この時。
自然に言葉に出た言葉が、
私の悩みの根源だと、気づく。
私は、今の自分のチカラの大きさに、戸惑いを覚えているんだ。
こんな、こんな人間離れした力を、こんな食堂の看板娘が持つなんて、誰が思うだろうか。
自分の都合で、もちろん、何かを守るために、魔物を倒した。
でも、通り道にいる魔物も、けっこう倒したりした。
手紙の配達の時に、たまたま見かけた魔物も、だ。
あまり、感情もなく、力任せに。
それは、正しい事だったろうか?
それとも、悪い事だったろうか?
このままで良いのか、よく、わからなくなっている。
安心、できないのだ。
大きな力に、戸惑っている。
命の重さに、戸惑っている。
このまま、私は進んでよいのだろうか?
悩む私に、バスリーさんは、
「アンティ、あんたは、それで、いいんだよ」
そう、言ってくれた。
「……いいって、何がでしょう」
「ふふ……例えばね、アンティ。あんたが、正義の味方になったとして、"魔物は絶対、悪いヤツだ! みんな倒す!" って決めてしまったとしよう」
「は、はい……」
「それから、うさ丸に会ったら、あんた、どうする?」
「え!?」
そ、そりゃ……あいつは魔物だけど、
愛着があるっていうか……。
憎めない所あるし……。
「……悪いヤツじゃなければ、倒さないと思います」
「じゃあ、あんたは正義の味方じゃなくなるね。それでもいいかい?」
「!」
ちょっと、ムッとしてしまう。
まぁ……なんかわざと煽られている気がするけど。
少し、ぶっきらぼうに答えてしまう。
「別に、いいですぅ、正義の味方じゃなくて。うさ丸を倒したりしなくていいなら、正義の味方なんてやらないですぅ!」
「くっくっく……それでいいと思うよ?」
「うぇえ……?」
ど、どゆことですか、バスリーさん?
「それでいいんだよ、アンティ。なんか悩んでたみたいだけどねぇ? そのやり方で、いいんじゃないのかい?」
「……こんな、自分勝手なので、いいの……?」
そんな、その、気楽な方法で……。
「うーん、アンティ。自分勝手っていうのはね、人のことを考えない奴の事だよ。あんたは違うだろぅ?」
「?」
「まず、『うさ丸が大事だ』ってトコロから始まっているだろぅ?」
む、そりゃそうだけど……。
「アンティ、あんたはね、『大切なモノ』のために、"自分の正義"を、その場で変化させる事が、ちゃんと出来るんだよぅ!」
「せ、"正義"を変えちゃう?」
「ふふ、そうさ、自由に、勝手きままにね?」
その場で、"じゃあ、やっぱこうしよう!" って決めるってこと……?
「……なんか、それだけ聞くと、とんでもない、いい加減な奴ですね!! ……気分屋じゃないですかぁ!!」
「くっくっく! そうさね……でも、ネネネ様は、とうとう最期に、それができなかった……」
バスリーさんが、深い息をはく。
「アンティ、あたしはね……ネネネ様の手紙を読んで、一つだけ後悔している事がある」
「はい……?」
「"正義"を、固めさせてしまった事だ。それしか、選択肢が無いように、あの方は思ってしまわれた……。一人で魔物を倒しにいく? 責任をとって? 冗談じゃない! それが、本当に、唯一の方法だとでも思うかい……?」
「バスリーさん……」
「……もし、その時だけでも、私が居てさしあげたら、"新しい正義"が、うまれたかもしれない。皆が生き延びる、違う方法が、導き出されたかもしれない!」
「…………」
「私は、その時だけは、お側にいたかった……」
遠くを見るバスリーさんに、
声が、かけられなかった。
こういう時に、何も言えないから、
私はまだガキなのだ。
少し、俯いてしまう。
「……あんたは、そんな簡単に、固めちゃダメだよ?」
「え?」
パッと、顔をあげる。
「アンティ。そんな簡単に、正義とか悪とか、そんなモンにはなれないさっ! 結局、あんたはあんただ! 正義でも、悪でもないッ! あんたの頭で考えるしかないよッ! ムリっ! それ以外っ! 絶対ッ!」
「な、なんて、ざっくりとした結論ですかっ!」
「今は、悩みな。
これからも、悩みな。
決めてもいいけど、また、変わることはある!」
「そ、そんなぁ〜〜!!」
「ふふふ、いいかい、アンティ。
"その場で" 考えな!
"その時に" 考えな!
いいんだよ! あんたは! それで!」
「え、えええええええええええ……!?」
そんな、場当たり的な……。
「その場、その時に、"自分の正義" を考えな! 自分の大切なモンが守れる、"イチバン"の方法を! あんたはそういうのが向いてるタイプだ! 今、考えたって、わかんないもんは、わかんないんだよぅぅ!」
………………。
故郷の、父さん、母さん……。
ハーフエルフのおばあさんに、
「自分が、良いか悪いかわかんない」
って、悩みを相談したら、
「今、何考えても、ムダ」
って言われました……。
私、どうしましょう…………。
「それはそうと、アンティ。
あんた、今日、泊まんのかい?」
「と、とまりますぅ…………」
一時停止って、大切だよね!
何起こるか、わかんないもん!
(*´﹃`*)