ネネネのてがみ
「2人、だけで……暮らしていたんですか」
ラララとロロロは、とても笑顔に溢れたエルフの子供だと思う。
なのに、バスリーさんは、彼らが泣きながら暮らしていたという。
「あたしは最初、2人がネネネ様の子供だと、気づかなかった」
「えっ、そうなんですか?」
「見た目が若すぎたんだよ……」
「…………?」
「アンティ。あの子たちは、何歳だと思う」
「あっ! ……そうか」
ラララとロロロは、純血のエルフだ。
歳をとるのは、人間よりずっと遅いはず。
うわぁ、年上だったのか……。
「えーと……20歳くらい、ですか?」
「……200歳は、いっているはずだよ」
「……ッ!!? そんなッ!?」
……それは有り得ない!
手元のカップが揺れ、お茶がこぼれそうになった。
2人は……まだ子供だ!!
そんなに歳を重ねていたら、人格だって、もっと、大人らしく……。
「……あの2人が、肉体的にも、精神的にも、歳をとらなかったのには、理由がある……」
「理由……」
「あの2人は、封印されていたんだよ……ネネネ様の結界によって、ね」
「ふ、封印?」
「ああ……ただの結界じゃあない。時間を遅らせるような、すべてからの干渉を拒絶するような、強力な結界さ……」
「そんな事が、可能なんですか……?」
「ああ……ネネネ様なら、できたはずだ。"時越えの結界"を……」
…………。
時間をゆっくりにしてしまうような、強力な結界。
私は、自身のスキル、"反射速度"を思い出していた。
"時間をゆっくりにする"ってイメージが、何となくだけど、掴む事ができる。
「でも……なんで、そんな結界を、自分の子供に……」
「あたしが里から離れて、しばらく経ってからだそうだ……魔物に襲われたんだよ……エルフの里がね」
「!」
「弱り始めた精霊花は、もう、魔物を呼び始めていたんだ。それに気づくのが皆、遅すぎた……。ネネネ様は、最期の力で、子供たちを守ったのだ……」
「…………」
「里の跡地には、手紙が残されていたよ」
「てが、み」
「ネネネ様から、私へ、のだ」
パラッ……
「!」
「読みな」
おもむろに、バスリーさんから、古い封筒を差し出された。
封は、あいている。
「……そんな、大切な手紙、部外者の私が読めません……」
「いいんだよ。あんたに、その手紙を読んだうえで、聞きたいことがあるんだよ……」
「ききたい、こと?」
バスリーさんの眼差しは、真剣だ。
私は、それに圧されて、手紙を読むことにする。
「……え、えと、じゃあ……」
──────────────────────────────
「 親愛なる弟子 バババへ
この手紙を君が読むことは、ないかもね。
でも、情けなくも、これを残します。
結論から言う。
私は、里に魔物を呼び寄せた、大罪人だ。
大きな、蔦を絡めたような魔物が、
里の周りを、グルグルと回っている。
私が、精霊花を植えていた所だ。
弱り始めた精霊花は、自然に溶け込み、
魔物たちを呼び寄せる呪いと
なってしまった。
私は、その責任を果たそうと思う。
今も、里の者たちが、私の家の扉を
叩いているよ。
出ていけ、だの。消えろ、だの、ね。
ま、当然だね。
ラララとロロロは、すっかり怯えている。
可哀想なことだ。
バババ。君のお陰で、ラララとロロロは、
たくさんの人の助けを借りて、産む事が
できたよ。
でも、もし君に会えたら、まずは、
引っぱたかせてくれ。
私は、とても、さびしかったんだよ?
まあ、多分、会えないとは思うけどね。
今から、私は魔物を追い返しに行く。
多分、死ぬだろう。
ラララとロロロを里の者に預けたいが、
それは、叶いそうもない。
結界にて封印し、
君がここを訪れるのを、待つことにする。
そんな奇跡みたいな事は、
起こらないかもしれないけどね。
もし……もし、そんな奇跡のような事が
おきて、この手紙を読んでくれたなら、
私の子供を、たのむよ。
情けない師匠の、最期のお願いだ。
さて、そろそろいくとするよ。
今から、最愛の子供たちに別れを告げねば。
あ、そうそう。最近、気づいたんだけど、
バババって名前を、君がちょっと
嫌がっていた理由が、やっとわかったよ。
はは、間抜けな女ですまない。
バババ、その名前、嫌いなら、捨てな?
もっと可愛い名前があるよ。
じゃあね。
私の可愛いバババ。
さよなら。
ネネネ
」
──────────────────────────────
そんな、長くない手紙。
それを読み終えて、私はよくわからない、なんとも言えない気持ちになった。
自分が、どんな顔をしているか、わからない。
なんで、こんな寂しい気持ちになるんだろう。
……ああ、そうか。
私……初めて、
────────遺書を読んだんだわ。
「あの子たちが目覚めると、その手紙と、破壊された里があるだけだった。あの子らは、僅かな穀物をとって食べ、見つけた精霊花の種を、まきつづけていた」
「…………」
「……アンティ?」
「……なんで、ですか」
「……!」
「なんで、これを、私に見せたんです? こんな……寂しい手紙を」
「…………」
よくわからない。
私は、バスリーさんに、"怒りに似た何か"を感じていた。
私は15の小娘だから、その感情を、言葉で表せられない。
でも、この手紙は、寂しいけど、とても大切な手紙で、私なんかが見る資格はないと思った。
なぜ、これを私に見せるのか。
それが、わからなかった。
「……アンティ。きかせておくれ。……ネネネ様は、悪だと、感じるかい? それとも、正義だと感じるかい? あの、心優しい方が、どっちだったのか。私は、今も、わからないんだよ」
「! そ、そんなの……!」
────そんなの!
私みたいな子供に、わかんないよっ!