花守たちの過去
目を、見開いてしまう。
でも、何も見えていない。
私は、
ただの、殺し屋なのか?
──────ズドム!!
「──あいったぁ!」
「……まったく」
……バスリーさん、
なんで、いきなしチョップするんですか……。
割と重量が乗った脳天チョップに、涙目になって、頭を抑える。
バスリーさんが、お茶を2つ入れ直し、椅子を立ち上がる。
「アンティ、ちょっと付き合いな」
「?」
バスリーさんについていくと、何のことは無い、ただの窓際だった。
外には、薄らと光りだす精霊花が、闇夜を、幻想的な場所にかえている。
わぁ……もうこんな暗くなってたの。
これ、お泊まり頼まなきゃね……。
バスリーさんにもらったカップのお茶を、くちに含む。
「……少し、ババァの昔話をきいとくれ」
「ごくん……昔話、ですか?」
「ああ。まだ私が、エルフの里にいた頃のね……」
「!」
それって……。
「もう、ずっと前の話だ。まだ、エルフが当然のように、奴隷として扱われていた頃だ」
「……!」
「その奴隷と、人間との子供が、私だった、らしい」
「……らしい?」
「ああ……人から、逃げ出したエルフ達が、赤ん坊の私も、エルフの里に持って帰ったのさ。ハーフエルフだと知らずにね」
「! ……そんな、ことが」
「ふん、後で、私が人間の血も引いているとわかると、処分しようとした者もいたらしいよ」
「ひどい……!」
「そうさね……でも、その気持ちも、わからなくもないくらい、昔のエルフの扱いはひどかったんだよ……」
「あ……」
「その時、私をかくまって、育ててくれたのが、ネネネ様だった」
「……ネネネ、様?」
「……ああ。"ネネネ・アーガインズ"。第23代目、花守の巫女。……そして、ラララとロロロの母親さ」
「!!!」
「……ネネネ様は、穢らわしいと言われる私を庇ったそうだ。"赤ん坊に罪などない"と仰ってな」
「……私も、そう思います!」
「くっく、でもね、私は、当時のエルフの里では、魔物同然だったろう」
「!!」
「アンティ。あんた、もし知り合いが、穢らわしい魔物の赤ん坊を、自分の家に持って帰ってきたら、どう思う?」
「……! ……!!」
そんな、言葉だけの表現。
だけど、私は、当時のエルフの人々に、怒りが湧いていた。
「まぁ、落ち着いてききな。……ネネネ様は、そんな私に食事を与え、愛をそそぎ、育ててくれた。そして、花守の結界まで、授けてくだすった」
「…………」
「母でもあり、師匠でもあった。くっくっく、ロロロとラララと、姉弟とは、おこがましくて言えないけどね!」
笑いとばすかのように、バスリーさんは続ける。
「花の種を取り、蒔いていく毎日だった。魔物に襲われた時、私たちは、結界を張る。ただ攻撃せず、魔物が去るのを待つんだ」
「……! それって……怖い、ですね」
「……そうさね、そして、愚かだったろう……その頃にはもう、精霊花の力が落ち始めているのに、エルフの皆が気づいていた」
「……"純精霊花の減少"」
「ああ、生きるため、"やり方"を変えたんだ」
「…………」
「それでも、ネネネ様は、花守を続けていきたいと、願っていた。里の連中は、よくバカにしていたよ。あんな、力のない花などに、命をかける重みなどない、とな」
「ぐ……」
「ネネネ様の夢はな、確かに愚かだったんだ。"魔物とエルフが、共に生きる世界"など……」
「! そ、それは……」
「……ああ、誰もが無理だと、思っていたよ。……でも、ネネネ様はやめなかった。魔物とエルフ、どちらの生活も守れるようにと、花を植え続けた。あんたと一緒さ。優しく、強い方だったんだよ」
……だった。
私がいくらバカだって、わかる。
バスリーさんが、寂しそうに、目の前に広がる風景を見ている。
見せたかったはずだよね。
この、あたり一面に輝く、花畑を。
「ネネネ様が身篭った時、私は恐怖した」
「……? 何故ですか?」
「……私のような者が側にいて、里の者が、彼女の助産をするとは、思えなかった」
「……な! そ、そんな……」
「そういう時代、と言えば、嫌な言い方になるけど、それは、本当に起こりえた事なんだよ……」
「ぐ……」
バヌヌエルの村で、私は、サルサさんの出産に立ち合った。
わかったこと。
助けが、いる。
赤ちゃんを産むのは、とても、とても、とても、大変な事だ。
痛感した。
「私は、里の有識者……その中で、まだ私に対して、比較的、穏やかだったものに手紙を残したんだ。"ネネネ様のお子を、よろしくお願いします"とね……」
「…………」
「そして、里を出た……森で生きる術は、ネネネ様から学んでいたからね」
「……バスリーさん、かなり、壮絶な人生ですね……。大切な人のために、全部捨てて、一人で旅立ったんでしょ」
「くくっまぁ、さすがにその時ゃ、ちょっと参ってたかもしれないねぇ。あんな変な格好した、金ピカの男に引っかかったのもその頃さぁ!」
「あ……」
う、うちの仮面が、さーせん……。
「その頃、たまたま別のエルフの移動集落が側を通ってね! しばらく滞在したんだよ。あたしは何とかハーフエルフである事を隠してね……工具や家を工面して、家畜をわけてもらってね。そして、この場所に住み着いたのさ」
「そうなん、ですね」
「ああ……後々、考えると、あれはかなり不自然な事だった。別のエルフの集落が、私の所を偶然通るなんてね?」
「えっ、というと?」
「私はね……恐らく、あの金ピカ仮面が、変な気をまわしたんじゃないかと踏んでる」
「あ、まさか、バスリーさんを助けるために……」
「ふん、アイツは、カッコつけるのはヘタクソだったが、変な気を使ったり、そっと支えたりするのは、とても上手かった」
へぇえ、いいトコあるじゃない。
「……優しいヤツだったんですね、義賊サマって」
「くっく……エルフ達が去って、アイツの墓を作った後、ずっと一人で暮らしていたが……どうしても、寂しくなった時があってね……一度だけ、元の里の場所に戻ったんだ」
バスリーさんが、遠くを見て、カップの中身を、含む。
「そこにはね、泣きながら種をまく、兄妹の姿があった。ロロロと、ラララの姿がねぇ」