はじん〆 さーしーえー
その、つまり。
"お食事処" じゃった。
半妖の俺っちが、今や、飯を作る刀じゃ……。
何ということよ……。
このお食事処は、よう、流行っとった。
俺っちはもう食うことができんが、たまに、客が見える。
ほとんどが笑っておった。
初めて見た時、とてもほっとした。
どうやら、食える妖がいるようで、その肉や、野の菜を刻むのが俺っちの務めのようやった。
嬉しい事がある。
どうやら夫婦のこやつらは、日の終わりに、必ず俺っちを洗い、熱湯に潜らした。
最初は沸く湯に入れられて、気が気でなかったが、どうやらこの刀身は熱に疎いらしく、まるで風呂のようじゃった。
務めが終わり、風呂に入れる事はありがたく、心に幅ができよる。
俺っちは、言葉を覚えてみることにした。
かなりの言葉を覚えた頃、嫁が、身篭りよった。
嫁の名は"相良"、夫の名は"出駆"と言う。
日に朝、昼、夜の三度の食事時は、この時を挟み、朝と昼のみとなった。
しばらくして、やや子が産まれる。
娘っ子のようじゃ。
その見てくれに、少々驚く。
見事に……金を受け継ぎよったな。
父の髪。母の目。
俺っちから見ても、まっこと美しきかな!
大姉が黒の着物に打った、あの金を思い出したものよ。
ある日に、這う事を覚えたやや子が、こっちにきよった。
夫の"出駆"が、低い机に俺っちを置いていきよった!
──ま、まずい!
この娘っ子、名を、"安定"と言うらしい。
……安定とは、なんと言うか……凄い名である。
いや、ま、まずい、来るな!
俺っちは、人は傷つけん!!
お、おおお!
"安"嬢よ! 近づくなっ!!
どっかいけ~~……!!!
「きゃっ! きゃっ!」
ペタペタ、ぐっ!!
────ビカッッ!!
……────!?
な、なんじゃ!?
今、俺っちが、光ったか……?
すぐに"相良"が来て、"安"嬢より、俺っちを取り上げた。
"出駆"は、結構、怒られておった。
"安"嬢に触られてから、夜に、夢を見るようになる。
ふわふわとした所で、女の体がある。
砂になった、あの体じゃ。
背丈は、もう、大姉と同じ様にはなっておろうな。
随分、時が経ったものよ。
やぁやぁ、俺っちは食丁とはいえ、刀じゃ。
もしや、死ねんのではないか?
ふふ、ここで、飯を作り続けるか。
マヌケなものよ。
夢で、体に纏うものはなかった。
あの黒と金の着物が懐かしくなるが、不思議と嫌な気分ではあらはん。
少なくとも、化け物と指を指される事はなかった。
月日が流れ、"安"嬢が、言葉を流暢に喋りよる。
この頃、俺っちを使うは"出駆"が多くなっていたが、"安"嬢が、俺っちを欲しがった。
夫婦は悩んだが、最後は折れよった。
"安"嬢は飛び跳ねて喜んだが、俺っちを持ったままやりよったので、母の拳を見た。
娘っ子が初めて俺っちで作ったのは、"ぽたぁじゅ"なるものだった。
どうしてなかなか。
よく俺っちを使えている。
手を切る恐れがない。
やりよる。
つつがなく仕上がったものは、黄色い粥のようだった。
俺っちは正直、その色に恐れをなした。
"安"嬢は、親御の教えを守り、必ず毎日、俺っちを湯に通しよる。
真っ直ぐな、よい子じゃ。
まるで、俺っちの娘じゃった。
ある日に、布の大椅子に座り、何を思うたか、"安"嬢が、俺っちに話しかけた。
「……ねぇ、包丁さん? 私ね? あなたをもらう時、父さんに言われたの……あなたは、力なんだって」
……ちから?
……俺っちが、ちから?
「あなたはね……"刃"。それは、それだけで"力"なんだって。使い方次第で、人も殺すことができる。そう、父さんに言われたの」
……どくん。
俺っちに、長らく思い出さなかった、苦い感覚が湧いた。
……そうか。今も、俺っちは変わらんか。
昔から俺っちは、いつでも人を傷つける事ができる体じゃった。
それをせんかったのは、大姉の夢があったからじゃ。
……俺っちだけでは、多分、殺しとった。
そのさがは、こんな食丁に成り下がっても、かわらんか……。
「でもね? 大丈夫なのよ?」
……?
何が、大丈夫なのやぃ?
俺っちが、いる所には、必ず、誰かが傷つく"恐れ"があるゆうのに……。
「ねぇ、なんで私が、あなたを欲しいと思ったか、わかる!? あなた、とてもカッコイイのよ!?」
か、格好良いじゃと!?
「それに、綺麗だわ!! あなたの見た目の、黒と金! そう、あなたも思うでしょ!?」
俺っちは、ハッとした。
自らの魔石を見た時。
金に纏わり付く黒に、俺っちは醜さを感じた。
じゃけんども、言われてみれば……
"黒"に"金"。
────それは、大姉が、俺っちに着せてくれよった、あの着物、そのものではないか……?
「あなたがカッコイイってのはね? あなたが作る料理は、みんなを笑顔にするのよ!?」
……────────!!
「ふふ!あなた、いつも調理場にいるから、よく見えないでしょ! あなたが切った野菜やお肉が、どれだけの人を笑顔にしてきたか!」
────俺っちが、笑顔を。
「みんな、幸せそうに帰っていくわ! そして、また来てくれるのよ! それを見て、また、違うお客さんがきてくれるの。──あなたは、"笑顔をひろげる刃"なのよ?」
──"笑顔を"、"ひろげる"、"刃"……!
お、れっち、がか……!
俺っち、は────……!
大姉の、夢を────叶え、とった、のか……!
「……ねぇ、私、あなたに誓うわ。あなたを、絶対に、武器や、凶器なんかに使わない。あなたは、人を笑顔にする料理を、私と作り続けるのよ。覚悟しなさい! 私は死ぬまで、あなたを使うわよ! すっごい、気に入ってるんだから!」
………………。
………………。
…………こ、りゃ
…………こりゃ、たまる、か。
俺っちは、刃じゃ。
もう、涙は出ん。
でも、泣いていた。
嬉しさで、涙が出ると、この時、学んだ。
その夜、えらい事がおきた。
俺っちの夢に、何故か、"ぽたぁじゅ"が、現れよったのだ。
不気味な、黄色い粥じゃった。
な、なぜに……。
なんという、色じゃ……。
これは、"安"嬢が、初めて俺っちでこさえた飯じゃ。
なんと……。
これを食えと言うか……。
"──大丈夫やぇ。わっちの粥は、天下一品や"
「……!」
大姉の、昔の言葉が、聞こえた気がした。
含む。
──美味かった。
そして、全く味は違ったが、
俺っちは、大姉の粥の味を、
────────鮮烈に、思い出していた。
カラン、カラン、カラン───。
しゃらん、しゃらん、しゃらん────。
後ろに、だれか、きよる。
フワリと、着物が、掛けられよる。
下を向くと……黒い着物、じゃった……。
後ろから、抱きしめられよる。
俺っちは、涙を溜めて、口を開けておった。
あ、ああ、そんな……
この、感じは……!
後ろ耳に、近づいて、きよる。
「────わっちもいっしょに、つれてってぇな?」
「────大姉……!」
夢が、瞬きよった。
光が舞う中、
俺っちは、遊女の形と、なっとった。
黒の地に、金の装い。
花であったか、風見であったか。
垂れる布は、弾けるような艶がありよる。
頭に、しゃらんと、懐かしい金の簪が鳴きよった。
はは……ははは!
俺っちは、"刃"ぞ!
ここで着飾り、何を示すど!
一体、なんの意味があろうか!
はは、ははははは!
だが、悪うなぃ──!
腕を上げると、金の扇がありよる。
覗く爪は、これまた黄金ぞ。
────娘っ子よ、気に入った!
おまんの心根に、俺っちは、付き合おうぞ!
足を踏み出し、扇を返す。
これは、誓約である。
「ふふ、人を笑顔にし続ける旅とは……げに面白き」
黒と金の遊女が、舞う。
その面妖な趣に、しかし邪悪はなく。
黄金の瞳は、決意に満ちている。
────そして、名乗りをあげんとす。
今まで使わぬ、その、源氏名を────。
「名乗らせて、おくんなまし!」
ドンッ。
しゃるら、しゃるら……
トントントントントン!
ドンッ。
「俺っちの名は、"夜伽咲"と申しまする!」
「俺っちは、夜に咲く花。伽をなし、寄り添うもの!」
「今宵の世、あんたがために、舞いましょうぞ~~!」
黄金の娘が持つ、かの刃の内。
"刃心"は、高らかに、歌舞くのだった。
あ~~楽しかった。
(●´ω`●)