はじん④
砂と水の境い目におった。
立ち上がる。
大姉の着物は、辛うじて着とった。
ここは、どこぞ。
違う陸か。
この姿は、まるで山姥じゃ。
森を探して、隠れようと思うた。
湧き水を見ると、額に、小さな金の角が、二つ生えとる。
そして、この爪。
もう、俺っちは、鬼じゃ。
思わず、大姉の着物を剥ごうと掴んだ。
"周りに笑ってもらって死にたかった。こんな所で、泣いて死にとうなかった"
…………!
"これは、わっちの意地で、夢なんかもしれん。笑いを周りに振りまく、そんな事をしたかった"
…………。
"必ずある。あんたが笑顔をまく所が。私も、少しはできとる。人を笑顔にできる場。一所懸命生きて、見つけんさい"
「…………」
がくがくと力が抜け、着物は着たままじゃ。
のろのろと、歩き出した。
グルルルルルルゥゥ……!!
「────!!」
狼が居よる!!
きよった!
俺っちぐらいはありよる!
グルァァアア!!
「ぐっ!!」
噛み付かれたが、牙は通らん。
は、は、俺っちは畜生ぞ。
金の爪で裂く。
豆腐のように入った。
肉が転がる。
食えるかもしれん。
腹を裂いてみる。
ひと摘み、恐る恐る、含んだ。
……よう、わからん。
狼の、裂いた胸を見る。
……!!
ま、魔石じゃ……!!
この、狼……妖じゃ!!
口の肉を吐き、よくわからん液と戻した。
ひとしきり吐いて、涙が出た。
もう……食いとうない。
大姉の、粥以外は……飯は食わん。
俺っちは、岩を食って生きる事に決めた。
岩山を探し、洞穴に潜り、俺っちは、あらゆる金を食った。
青、緑、赤、無、黒、金は……あまりなかった。
硬く見えたが、この爪は、通った。
噛みもできる。
これを、続けた。
恐らく、岩を食べれば、人からは遠ざかろう。
じゃけど、知ったことではあらん。
何度か、金を掘り起こす者に出くわした。
隠れて見ようた。
……なんと、様々な髪の色よ!
やはり、言葉はわからなんだ。
隠れていたが、何回か、出くわした。
驚かれて逃げよるが、一人、土を尖らせる術を使う者と会い、これは俺っちが逃げた。
な、なんと……陰陽師の一か……。
廓で聞いたことはあったが……。
それから、より人影を避けよる。
近頃、体が軋む。
肌が硬く、剥がれるようになった。
俺っちも、これまでか。
ついに、きたか。
ギギギ、と、体が動かん。
胴が、回らん。
下を向こうとして、何故か、顔が左に倒れた。
ゴンと、鳴って、頭が土に着く。
目の前に、首のない体があった。
金の爪。
ボロの黒の着物。
ヒビの入った肌。
はっは。
とうとう、死んだか。
大姉、すまん。
俺っちは、人は全く笑顔にできんかった。
でも、泣かせもせんかった。
だから、許してくろ。
膝が崩れ、粉が目にかかる。
どしゃ、と、体が倒れた。
もう、死ぬだけじゃ。
胸を見た。
乳は、もう硬うなっとる。
倒れて、割れた。
信じられん物を見た。
胸に、魔石がある。
「──────~~~~!!」
酷かった。
金を包む、黒の魔石じゃ。
俺っちは、せめて安らかに死にたかった。
でも、見てしもうた。
俺っちは、妖じゃった。
俺っちは、耐えきれなんだ。
泣いて、死にとうなかった。
でも、俺っちは、いま、えらい顔して泣いとるよ。
首だけで、声は出ん。
でも、もう泣くしかなかった。
なんで、俺っちは生きた?
男に犯されて、岩を食って。
なにをしてきたに。
人の生で、何の意味があったか。
いや、ある。
大姉と会えた。
大姉の粥が食えてよかった。
もう、味が思い出せん。
最期に、食いたかった。
身体が、砂になりよる。
着物が、塵になりよる。
視界が、削れていった。