はじん③
気づく頃には、だいぶ、やられとった。
俺っちは、それまで、髪を振り乱し、"花"と名乗っとった。
そろそろ髪を結わえ、源氏名を考えろと言われよる。
大姉と、朝明けまで考えとったので、起きる頃では、もう、回っとった。
近頃は、唇が乾き、皆が怪しくは思っとったが、まさか、ここまでの大火になろうとは、考えなんだ。
ここいらは、家組みが、ずぅっと連なりやがる。
燃えたら、早かった。
大姉に起こされて、もう、周りは黄色かった。
熱が、目にきよる。
着物は重う感じた。
この時、俺っちらは箱庭におった。
ここは、木で囲まれていやがる。
やってしまっとった。
突き飛ばされ、前のめりになる。
後ろを向くと、燃えた柱に、大姉が挟まっとった。
俺っちは、束の間、唖然とした。
こんな刹那に、奪われることはなかった。
大姉が叫んだ。
「いけぇぇええええ! はなぁぁああァァ!!」
俺っちは、初めて大姉に背いた。
俺っちは、岩鬼の半妖じゃ。
体は、ちょっとは丈夫じゃった。
木を掻く。
指からべリリ、と音がした。
でも、怪我はせぇへん。
半妖で、よかったと思うた。
それから、無我夢中で、掻いた。
でも、木はまったくどかん。
大姉が叫び倒す中で、
燃えた木が後ろから倒れた。
目覚めると、晴れておった。
焦げ臭い。
周りは炭で、青と黒しか見えん。
すぐ横で、大姉が、死んでおった。
焦げた柱が、菜箸のように、大姉を摘んでおった。
「ぐわあああああああああ────!!!」
この時、俺っちは、初めて、人のために泣いた。
大姉が、好きじゃった。
金の簪だけが、黒ではなかった。
抜き取ると、軽い音で、首が転がった。
「お、おんまえ……燃え残ぅたか……!!」
泣きながら後ろを向くと、くそ爺がいた。
怒りがあった。
なぜ、大姉が死んで、これが生きよるか。
じじいがほざきよる。
「ばけものめ……盗みもするか!!」
手元の、大姉の金の簪を見た。
迫ってきよる。
俺っちは、大姉の簪を、食べた。
ガリッ、ボリッ、ゴシャ。
「なっ……!」
これだけは、取られとうなかった。
「この餓鬼……!」
何故か、戦わんといかんと思うた。
シャッ──!
「あっ!?」
じじいの腕が、裂けた。
「うわあああ!!」
血が吹きよる。
なんじゃ。
手を、見た。
「な、んじゃ……これ……」
俺っちの手は、金の爪やった。
肌を突き破っとった。
俺っちの手か、戸惑ったけど、動く。
人では、無くなっておった。
「こ、こ、殺せ────っ!! 妖怪じゃ────!!」
「────っ!!?」
叫びに押され、走り出した。
何度か刀で当てられたが、とっさに爪で受けた。
なぜじゃ。
なぜ、じゃ。
大姉がいて、幸せじゃった。
全部、焼けてしもうた。
俺っちは、炎で燃えん。
人ではない。
大姉は俺っちを、助けんでも、よかった。
無駄死にじゃ……!
とっとと逃げれば、よかったのじゃ……!
ぐわわ!
ぐわわわ!!
ここにもう、居たくなかった。
初めて、海を見た。
よく喋る客が、言うて、学んだ。
あれは、船か。
ここを、離れるか。
俺っちは、なんも考えず、船の漕ぎ穴から、忍んだ。
その船は、嵐で、沈んだ。