はじん②
それから、大姉から、舞や、琴という鳴らしものを習った。
俺っちのみてくれが幼すぎるのか、表の男どもには、目に入らん所でが主じゃった。
大姉の客は、多くないが、同じ者が何度もきた。
たまに、襖の隙間から見ておった。
荒い者もいたが、ずっと話す者もいて、首を傾げた。
その頃は、黒の着物は纏わず、初めに大姉がくれた、白い着物を着て暮らしておった。
ある日、大姉は、金属の棒と、黄色い液を持ち寄った。
鑢と膠と言うらしい。
削るものと、絵を描くものらしい。
膠を飲もうとしたら、怒られた。
「妹分に、喪服なんど、着せられね!」
大姉は、身を売った金を削り、その粉を膠に混ぜ、黒の着物に打ちだした。
それは、連日続いた。
寝る間をさき、少しずつ、着物に食らいついて、打った。
あまりにも必死だったので、俺っちも、少しずつ手伝った。
いつも、簪を取り忘れてやるので、金の飾りが、しゃんら、しゃんらと揺れて、きれいじゃった。
「できた……!」
とうとう昨日、大姉は、寝んかった。
俺っちは目を擦り起き、着物を見て、驚いた。
黒の着物に、美しい、金の模様があった。
花であったか、風見であったか。
朝日に浮かぶそれに、俺っちは、言葉が出んかった。
「やっぱり、素人やと、こんなもんねぇ……」
大姉は、においとできに謝ったが、俺っちには、謝る意味がようわからんかった。
これを、俺っちにくれると言う。
初めて、人に感謝せんなならんと、思った時じゃった。
一年ほどして俺っちは、この場所で、初めて抱かれた。
別に、どうという事はなかった。
ここの男共は、小綺麗なだけで、山の男となんら変わりなかった。
よく知った事に、興はのらん。
むしろ、これだけか、とも思うた。
しかし、同じ顔は、昔を思い出し、俺っちの心を塞いだ。
夜に、大姉の膝に入っとった。
よう分からんが、眠くないのに、早く寝たかった。
「よう、頑張りんした……」
大姉の声は、ほっとして、好きじゃった。
俺っちは、初めて、きいてみた。
「この儲けは、好きか……?」
「…………」
大姉は、少し止まりよった。
じっと見てしまったら、諦めたように、笑うた。
「……わっちも、親に売られんす。初めに、泣いたもんや」
「…………」
「でもな? こっちが笑うと、ちゃんと相手さんも、笑いんす」
「わらう……無理にか?」
「……そうさね」
ぎゅっと、抱かれる。
「……わっちはなんでか、ここに居るけど、でも、周りに笑ってもらって死にたかった。こんな所で、泣いて死にとうなかった」
「…………」
「これは、わっちの意地で、夢なんかもしれん。笑いを周りに振りまく、そんな事をしたかった……」
「……できて、おるんやろ?」
「……わからん。ここでは、限りがあるんやもしれん。ふふ、花。あんたも、あきらめんな」
「えと……」
「必ずある。あんたが笑顔をまく所が。私も、少しはできとる。人を笑顔にできる場。一所懸命生きて、見つけんさい」
「…………」
「わっちらは、夜に咲く花。伽をなし、寄り添うもの。でもそれは、ここで無くてもいいんよ。だから、頑張り。頑張って、生きなさい。そして、できれば、笑顔を……」
正直、ようわからんかった。
大姉以外の人を、笑顔にしたくない思うた。
今日も美味い粥を食うた。
大姉は、俺っちが鉄や、金を食えると知ると、たまに、銭を食わした。
俺っちは断ったが、どうしても、と、食わされた。
腹の足しになると、思ったようじゃ。
すごいすごいと、笑って喜んで見よったので、
仕方なしに、たまに食べておった。
俺っちが黒金の着物を着て、客がつき始めた頃。
あの火事がおきた。