クルルカンと明日の予定
もう、外は暗い。
ギルドの受付に降りると、キッティと、見知った冒険者がいた。
「! お、おい嬢ちゃん!」
「あ、アンティさん? こんばんは」
「ああ……ゴリルさん」
焦げ茶色の鎧に、大きな剣と、小さな小槌。
ゴリラ顔の愛妻家、ゴリルさんだ。
「なんか、お久しぶりですね」
「おぅよ! 実はな、今日、バヌヌエルから帰ったとこなんだよ!」
「えっ! ていうか、帰郷されてたんですね!」
「いや、だって、娘の顔、見たいだろ……お前が教えてくれたんじゃねぇか!」
「あ、パンジーちゃん! ……どでした?」
「うんもーちょー可愛かった! 天使の笑顔だったぜ!」
「え!? 笑ったんですか!?」
「は? ああ、普通に。……なんだよ、何で落ち込むんだよ」
「いえ……別に……」
ガン見だったのに。
私の時はガン見だったのに。
「サルサも礼を言ってたぜ! クルルカンのお嬢ちゃんのお陰で、早く家族全員で祝えたってな!」
「あ……それはよかったです」
「おう! あ、そ、それはいいとしてよ……」
「? はい?」
「お前、今、"役たたずみ台"に住んでるんだろ?」
「そうですよ」
「……いや、何やったんだ?」
「え……何がです?」
「……ついさっき、あの塔、"灯台"みたいになってたぜ?」
…………。
「ゴリルさん、さっきからなぁに言ってるんですか? 私、今日ずっと受付にいましたけど、そんなの気づきませんでしたよ?」
「いやいやキッティ……そりゃ、上向かなきゃ気づかないだろうよ……」
「ええ~~っ? そうですかぁ~~?」
「あんだけ光ってたんだ! 外の奴らも、何人か見てるんじゃないか?」
ま、まずい……。
「あ……あの……」
「? アンティさん?」
「やっぱり、お前だろ!」
「あ、あはは、ちょっと、魔法失敗しちゃって……」
「ほぉらみろ~~!」
「もぅ! アンティさん? 騒ぎになったら、ギルドにまず問い合わせがくるんですからね? 気をつけてくださいよ?」
「う、ご、ごめんなさい……」
そ、そんなに強烈に光が漏れちゃってたのか……!
「怪我とかしませんでしたか?」
「部屋とか吹き飛んでねえか?」
「え? いや、それは大丈夫……」
流石に部屋は吹っ飛ばさないわよ!
「……ねぇキッティ、変な事きいていい?」
「……変な事きくんですか?」
「なんだなんだ?」
おぅい、ゴリルさん……!
すべての会話に入ってこないでくださいよ!
女の子同士で喋りたいこともあるんです!
「いや、その」
「? なんでしょか?」
「なんだ、煮えきらねぇな」
「ううっ……」
どうしよ……そのまま伝えるのは、まずい。
「あのさ、あの部屋ってさ……」
「はい?」
「?」
「……"ペット" 飼って、いいの?」
「「………………」」
………………あれ。
「……何か、飼うんですか?」
「……寂しそうだな、嬢ちゃん……」
「え、いや、そうじゃなくて!」
うわあああああ!
なんか変なトコ踏み抜いたぁぽぃぃいいいいい!
「おいキッティ、今度の休み、一緒に遊んでやれよ……」
「アンティさんとは、受付でよく喋ってるんですが……そうですね、そうしましょう」
うわあああああ!
2人が急に年上だと実感するこの瞬間!
「いや! 違う違う! 寂しくないやい! いやそうじゃなくて!」
「ホントですか……? ペット……うーん。ウチにはうさ丸さんがいますが……」
「ああ、ヒゲイドが、森に返そうとして、女の子たちに総スカンされた、この魔物な?」
「え!! ヒゲイドさんが返そうとしたんですか!?」
「ん、そうだぜ? まぁ最後はしぶしぶ容認してたがな……このボゥルラビット、本当に人懐っこいからなぁ」
「今日も、私の仕事中に、目の前で寝てたんですよ!?」
「いや、それは知らんけども……」
そ、そうなのか……!
ヒゲイドさんは、魔物リリース派なのか……!
そ、そりゃそうだ!
魔物が街中にいることを、ギルマスが許していい訳がない!
ま、まずいわ……。
ヒゲイドさんの厚意で、あの部屋にタダで住まわせてもらってるのに!
魔物発生させたなんてバレたら、最悪、追い出されるわ……!
「はは、ありがと。そうなんだ。私、もう寝るね!」
「え? あ、はい、おやすみなさい!」
「おお、なんだ、もう寝るのかよ」
「ええ……明日、一度故郷に帰るのよ」
「「ええっ!?」」
いや、いま決めたんだけども。
「ず、随分、急ですね!」
「なんだよ……結構かかるのか?」
「あ……長くても、5日くらいで帰ってきますよ」
「そうなのか? お前の足の速さで5日か……けっこう遠いんだな」
あ、いや、隣町です。
「わかりました。ギルマスには私から伝えておきます」
「ありがとキッティ。お願いね」
きゅううううん……。
ガチャ……バタン。
「ふぅ……」
「かんくるる~~……!」
さて、
どうしようか……。
カタン、キン、カタン。
「くるる、くるる!」
『────仮面より、"なにするんだこいつ"と申請。』
「あああ、ホント、どーしようかな────……」
「かんくるる~~!」
「……クラウン、もっかい」
『────再生。
対象名【 花おおかみ 】
固有名【 未設定 】
性別:[♂]
弱点部位:不明。弱点属性:不明。
全長:33セルチメルトルテ。
ユニーク認定。』
はぁあ。
どうしよ。
ユニーク認定の魔物の子供を、森に放してよいものか。
もしかして、ヤバイ魔物に成長するんじゃないの……。
しかし、ここに置いとくと家賃無しの住処が……。
「くるるる……」
ぎゅるる~~!
「! あんた……」
小さな、白いウルフっぽい子供。
身体に少し、花が咲いている以外は、普通のウルフに見える。
今、クルルカンの仮面の上で、ぐったりしている。
……腹減ったんか。
「……さっき、お水はあげたから……」
肉。肉か。
……あ!
そう言えば、この子の素材で、レッドハイオークの肉、全部無くなったじゃないのぉ!!?
うああ、最高級の豚肉がぁ……。
しくしく……。
……ハイオークの肉食うかな……?
きゅううん……!
朝、作った、ミートボウルを出してみた。
「ほれ」
「かん~~! くるるあ~!!」
あ、ダメだわ。
仮面に仰向けになって、短い脚をバタバタしている。
肉は嫌いなの??
野菜を数種類、ゴロゴロ出してみる。
「くるる~……」
うーん。
近寄って、匂いは嗅ぐけれど……食べないな……。
あれっ、ていうか、私、魔物にエサやっていいのか?
いや、うさ丸にはニンジンあげたけどさ……。
「くゆ、くゆ……」
ああ、泣いた……おなかすいてるのわかる。
うううう、そんな目をしないで。
食堂屋の罪悪感んんん!!
でも、他になんか持ってたか? 私……。
今日はもう、店はしまってるだろうし。
肉よりは、野菜に興味を持ったわよね……。
植物……
あ……。
もっしゃもしゃ。
「くるる! くるる!」
……当たりだ。
この子、精霊花、食べるわ……。
なんて、バチあたりな……。
帰り際に、あそこによる必要があるわね……。
もともと、よるつもりではいたけど。
あああ、ばばばばーちゃんになんて言おう……。