悪約御礼、手ノ成ルホウヘ。梦[ゆめ]①
──── 幸せ、な。
そんな、未来なんて、来ない。
こないと。
わかって、いても、だ。
街が、煌びやかな、金と銀に、あふれていた。
べつに、オレの心は、動かない。
ただ、王都の憲兵どもの、動きが、
いつもより、鈍いのは、よかった。
オレは、小脇に、
一辺、30セルチほどの、
立方体を、抱えている。
── ド ン ッ 。
仮装をしている、
若い男女に、ぶつかった。
「──あっ、すいませっ 」
「──きゃっ 」
「 チッ・・ 」
祭りは、人混みの中に、
紛れていられることは いいが、
歩くにも難儀するほどの同種どもは、
正直、吐き気を催す。
オレみたいな日陰者に とっては、
特に、そうだ。
こんな、明るい街と きたら、
自分が、酷く、場違いの ように感じる。
「・・・・・」
そのまま、足速く、通り過ぎる──。
「な、んだぁ、あの、おっさん・・・」
「もぅ、いいよ。いこっ!」
仲の良さそうな、
ひょろっこい、クルルカンの青年と、
バカそうな、オクセンフェルトの女の声が、
オレの後ろで、
祭りの光に、飲まれていった。
「・・・フン」
これだけ。
王都が、祭りに、浸かっていても。
少し、路地裏に入れば、
影は、強さを増すものだ。
こんな、御大層な街でも、
大通りの、見栄を張る必要がある建物以外は、
補修が進んでおらず、整備する必要がないと、
判断された、区画がある。
表向きは、300年前の、レトロな雰囲気が、
あって良い、などと、評価されるが、
オレたちから見たら、ただの、格差が残った、
ゴミダメの、区画に過ぎん。
オレは、よく知る、そんな、
光に隠れた、ボロボロの路地裏の、
ひとつの、ドアを開け、
階段を、降りる。
ギィぃ────・・・、、、。
──カツンっ、
──カツンっ、
──カツンっ。
ここは、一見すると、
暗い、底なし穴のように見え、
仮に、この階段の存在に気づけたと しても、
部外者なら、この石壁の上に、隠れている、
ラビット耳の、小汚い女に、
毒の吹き矢で、殺される。
「・・・エミィ、風呂に入れ。
せっかく隠れているのに、
においで、バレちまう」
「・・・・・・・」
馴染みの、少女の殺し屋に声をかけて、
石の壁の、深い色の、木の階段を、降りる。
──カツンっ。
──カツンっ。
──カツンっ。
──カツンっ。
──カツンっ。
──カツンっ。
くらい所は、おちつく。
地下への階段は、
途中で、真横に曲がっていて。
その、角を、さらに、
下へと、降りていくと、
古い。古い。木の扉がある。
カギは、かかっていない。
ここが、バレるようなことは無く。
この扉に、たどり着く前に、
なにも知らないバカは、
あのラビット耳に、
殺されなくては ならない。
大きな箱で、片手は塞がっている。
体を使い、もう一方の肩で、
体重を、かけるように、
扉を、押し開ける。
──、ギぃぃぃいいいいい・・・・!
中に、入ると、
長さ、15メルトルテほどの、
まっくらな道が、地下を、貫いている。
土の匂いと、少し、腐った木の匂いが する。
その通路を、ゆっくりと、進み。
少しだけ、灯りが漏れた、
四角い、ドアのシルエットを頼りに、
圧し開ける────。
ギィぃ────・・・、、、!
「 ぉ。きたか── 」
出迎えたのは、
たくさんの、怪しげな宝に囲まれた、
ボロいイスに座る、小太りの、
シルクハットと、タキシードを着た、
ヒゲの、男だった。
「・・・今回も、かき集めたな」
「カカ、祭り、様様、だ。
ゴミ共に紛れて、
カネのタネが、じゃんじゃん、集まりよる」
「・・・フン」
わずかな、オレンジの灯火に、
売りさばかれる予定の、ゴミクズ共が、
闇に、照らし出されていた。
今回のラインナップも、
まるで、一貫性が無い。
「もはや、ガラクタの、見本市だな・・」
「は、吠えろ、吠えろ!
これが、良いのじゃよぉおおお──・・! 」
卑猥な鎧や、下着。
趣味の悪い装飾が施された、剣。
頭を斧で叩き割ったかのような、器。
宝石が、大きすぎる、バカのつける指輪。
棘の巻き付いた、革製の鞭。
これは・・・本物の、ラビット族の、耳か?
「・・・こんな ゴミクズが、
本当に、競り落とされるのか?」
「は、お前は、闇オークションというものを、
まったく、わかっておらん」
小太りのシルクハットが、
聞き馴染んだ、ゴミのような声で、
たいそうを、こきやがった。
「──欲望が、な。
噴き出、集まる、場所なのだ。
ワシだって、誇りは、もっている。
コイツらは、唯一無二の、ゴミクズだ」
「誇りだと? 笑わせるな。
ヤツらは、ただ、あまったカネを、
おもしろ可笑しく、使いたいだけさ・・・」
「ほ、墓荒らしにしては、
よく、わかっているじゃあないか」
「・・・フン」
コイツが取り扱う商品を、
オレは、よく、世界中の墓から、
拝借していた。
オレからすれば、
掘り起こす、半分以上は、ゴミなのだが、
この、ちいせぇヒゲの、シルクハットは、
しょうもない、プライドだけは、
持っているらしく、
金払いは、まぁまぁ、悪くない。
王都の、一部のイカれた貴族どもや、
成金のカスどもにゴミを売りつけるのは、
さぞ、楽しい仕事なのだろう。
オレは、カンベンだが、なんだかんだ、
このカスとも、長い付き合いに なっていた。
「・・・フン。
講釈を垂れるのは構わんが、
エミィを、風呂に、入らせてやれ。
野良犬と、同じ臭いが しやがる。
あれじゃあ、お抱えの暗殺者、失格だぜ?」
「なにィ? バカを言うな、お前も知ってるだろぅ?
ウチの風呂は、裏稼業のアジトに しては、
豪華なんじゃ・・!
いつでも入れと、言っておるのに・・。
・・ああ、今は、アレが、あるからか・・!」
「・・? 」
「ほ、こっちの話だ。やれやれ……。
もう、一年も経つが、あの手頃の歳の娘は、
よく、分からん・・」
「飯は、食わせているのか」
「そこら辺の犬ころよりは、
ずっと、マシな おまんまを、食わせておる。
先週なんか、ワシのおやつのケェキを、
ふたつも、食いやがった!」
「ほう、痩せて欲しかったんじゃないか?」
「仕返しに、その日のメシガエルのステーキを、
ぜんぶ、食ってやったわ! ホッホッホ!
あの、恨めしそうな、顔といったら!」
「あれか・・オレなら、
ほっとしただろうが・・」
「バルトス、お前、アイツを、
いつ、娶るつもりだ?」
「バカは、休み休み言え」
「アイツを拾ってきたのは、
お前じゃろう・・! いいか?
前々から、ワシに何か あったら、
アイツと所帯を持てと、あれほど──・・、」
「 ── ル ク レ イ ン ・・! 」
「──・・!!」
わざと、おおきな声を出す。
ふぅ、と、息を、整える。
「・・仕事の話をしよう」
「お・・おぉ、そうじゃったな」
・・やれやれ。
クソチビの、ジジィが。
こんなに大事に育てるなら、
拾ってくるんじゃ、なかったぜ。
「それで、例の件じゃが・・、
──ほんとうに、あったのか?」
「・・・はぁ。
ああ、まちがい、無いと思う」
「・・ほぉぅぉおおお・・!
もしかして、その、箱か!?」
「ああ、そうだ」
脇に抱えた箱を、
ドカっ。 ・・っと、
目の前の、金貨が小山になった、
テーブルの、上に置く。
「色合いがな・・かなり、似ていた。
これで、全部、そろったはずだ」
「ぇ、ええい! 勿体ぶらず、
見せてくれ・・!」
「まちやがれ、今、ひらく──」
約、30セルチ角の、立方体の木箱は、
きれいに、ボロ布で、包んであった。
オレが、いつも、墓からの贈り物を、
この買取所に、持ち込む時の、常套手段だ。
淡暗い、部屋の中。
丁寧に、布地を、解いていく──。
「 ──"開錠"。 」
オレが、唯一使える魔法を、
箱に使うと、四角い木のフタが、
パコ・・と、ほんの少し、浮く音がした。
「た、たのしみじゃのう!」
「落ち着きやがれ」
オレは、木の箱のフタを、
そ・・っと、上に、
両手で、持ち上げる。
ルクレインは、ナカを見る──。
「なんじゃあ? まっくろじゃあ!!」
「あわてんな。これは・・・"髪"さ 」
「なん、じゃと・・!」
「なかなか、別嬪さんだぜ」
「そ、それは、
よいのうううううおおおおおお・・・!!」
何も知らない、ガキのような目をする、
クソチビ ジジィに、苦笑しながら、
オレは、 ソ レ を、
箱から、取り出す──。
"髪"、の、部分が、両の手に触れ、
なんとも、言えない気持ちになる。
・・・・・ト、ン。
「・・どうだ、コレだろう」
「こ、これは・・・!!!」
ルクレインは、興奮して、
両手を、テーブルに付きながら、
両足で、何度も、ジャンプしている。
「この色・・・、この、ツヤ・・・!!!
ま、まちがいないッッ、
これじゃああああ~~・・・!!!」
墓荒らしの、オレが。
闇オークションの、買取場に、
持ち込んだもの────。
それは、
黒い髪の、女の人形の、頭部だった。










