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クルルカンの噂 さーしーえー


 ドニオス街門の休憩所。

 門番警備の憲兵達が、ある話題で、賑わっていた。


「お前も見たのか!」

「ああ、見た見た! 何度か街門を通ってる!」

「俺達は街中だったぜ? なんか子供に囲まれててよ!」

「ああ、マントを掴まれて、途方に暮れてたからな。思わず声をかけちまってよ」

「なんだ、お前ら! 声きいたのか!? どんなだった?」

「いや、普通だったぜ? "ありがと"ってお礼言われたぜ!」

「まじか、羨ましい……」


 いつにもなく騒がしいこの場所で、遅い昼食をとる無骨な兵士にも、その話題は伝わっていく。


「なあ、聞いたかよ、あの噂」

「噂?」


 食事をとる憲兵が、首を傾げる。


「なんだよ、情報にうとい(・・・)奴だな」

「いや……"噂"と言うだけで、なんの話かわかるわけないだろ」

「いやいやお前……今、このドニオスで"噂"っつったら、一つしかねぇぜ……?」

「そ、そうなのか? ……なんの噂なんだ?」

「へへっ……"クルルカンの冒険者"のウワサよ」

「"クルルカンの冒険者"?」

「ああ、そうだ」


 弱い果物酒のジョッキを持つ憲兵は、その意外そうな表情を見て、ニヤリとした。


「クルルカンって、絵本の?」

「ああ、絵本の」

「……それと、冒険者が、なんの関係があるんだ?」

「現れたんだ、ギルドに」

「何が」

「クルルカンがだよ!」

「んん?」

「……一週間ほど前だ。突然、クルルカンの格好をした冒険者が、ドニオスギルドに現れたんだ」

「はぁ? 何を言ってるんだ、お前」


 オークの塩焼きとポタタサラダを食べ終わった憲兵は、残った硬いパンに手を伸ばす。


「あ、信じてねぇな、お前」

「信じるも何も……もし本当に、あんな派手な格好をしていたら、俺は正気を疑うぞ……」

「はっはっは! いや、お前の言う事は、もっともだぜ! でもよ、これがどうやら、本当らしい」

「バカな」

「もう何人も、"彼女(・・)"を見てるんだ」

「"彼女(・・)"!? そいつは、女なのか!?」

「ああ。それも、歳が14、5くらいの、女の子だそうだ」

「馬鹿げた話だ……」

「くっくっく。しかもよ……その冒険者の職業(クラス)、なんだと思うよ?」

職業(クラス)? ……クルルカンってことは、盗賊……軽技職(ライトラン)か?」

「聞いて驚け。まさかの"配達職(ライダーズ)" だとよ」

「!! おいお前、それはいくらなんでも……」

「ははっ、噂になるのがわかるだろ?」

「…………」


 ガリガリ……。


「あ、さっきバターの包みが余ったぜ。使えよ」

「……感謝する。それで? その怪しい義賊は、街中を闊歩(かっぽ)しているのか?」

「闊歩って……いや、その通りらしいな。街中で、よく買い物をしているらしい」

「おいおい……クルルカンだろ?」

「ははっ、俺も又聞(またぎ)きなんだけどよ、お前、"クリーメル" って菓子店、知ってるか?」

「あ、ああ。妻が好きだ。家から近い。小さな憲兵詰所の前にある……」

「その店の、外のテラス席で、ケーキ食ってたんだとよ」

「……詰所の前でか。自分が盗賊のナリだって事を、忘れてやがる……」

「ひゃははは! そこの詰所に知り合いの兵士がいてよ……"あの時は、捕まえた方がいいのか、真剣に迷った" って、言ってたぜ?」

「……それで?」

「あまりに美味そうにケーキを食ってたから、見逃したとよ!」

「なんだ、それ……」


 グビッ、ゴクン。


「……なぁ、そいつ、詐欺師ではないのか?」

「いや、それがよ。そいつは規定の料金を払うと、手紙なんかも引き受けてくれるらしい」

「手紙もか!?」

「ああ。断られる事はないらしい。ほら、街から他の街への手紙はともかく、ドニオスの街内での手紙のやり取りは、よく煙たがられるじゃねぇか」

「そうだな。馬を使い、直接行けばいい、とは思ってしまうな」

「例えばよ、ドニオス中央街から、南街への手紙も、ちゃんと届けてくれるらしいぜ」

「……そんな邪魔くさい事を、民間でもするのか。酔狂だな」

「まぁな。しかも、とにかく早いらしい」

「ほぅ?」

その日のウチに届く(・・・・・・・・・)、って噂だ」

「……ふん。それが本当なら、そのクルルカンは、時間が止めれるんじゃないか?」

「はっはっは……まぁともかく、皆は、この噂で持ちきりよ」


 辺りを見回すと、確かに、皆、件の冒険者の話をしている。


「……ギルドは、そんな変な奴を、放置しているのか」

「ああ、違うんだよ。ギルドカウンタに置いてあるんだよ」

「? 何がだ」

(ベル)が、だ」

(ベル)?」


「ああ。実はな俺、それは見に行ったんだ。そこには、こう書いてある……」



挿絵(By みてみん)


 ◆ クルルンベル ◆


 ・このベルを鳴らすと、クルルカンがきます。

 ・クルルカンは、手紙を届けます。

 ・クルルカンは天窓から落ちてきます。

 ・床が割れる事があるので、近づかない!

 ・イタズラ禁止! やっつけられちゃいますよ?

 ・うさ丸さんが近づいたら止めてください。





「……」

「見た時、受付嬢に聞いたんだ。"鳴らしてみていいか?" って」

「……で?」

「"ひゃわわダメです!"、"気安く鳴らすと後悔しますよ!"、"本当に必要な時だけ鳴らしてください!" ってよ!」

「……ギルド公認なのか」

「らしいな。何にせよ、面白い話だろ?」

「なんだかな……いまいち実感がわかん……」


 パンは、半分ほど、憲兵の腹に収まっている。

 再びバターを塗ろうとした、その時だった。



 ────バタァアアアアアン!! 

 ────もくもくもくもく……!



「「うおっ!?」」

「「なんだ!?」」

「「ゴホッ、うえっ」」

「な、搬入用の扉か……? いきなり、開いたぞ!!」


 いきなり休憩所内に、白い煙が巻き起こる。

 二ヶ月に一回しか開かない扉には、埃が積もっていた。


「あんなデカい扉が、あんな軽々と……」

「……ていうか、回り込んで普通のドア使えよ……」

「一体なんなんだ? ブラウンボアでも突っ込んできたのか?」


 休憩所にいた憲兵たちは、皆は、開け放たれた、大きな木製の扉に目線を向けている。




 ────キィン、


 ────キィン、


 ────キィン。




「……? 何の音だ?」


 けむい埃の中から聞こえる、金属音。


 段々と、近づいてくるようだ。


 誰かが、窓を開けた。


 風が入り、ゆっくりと、視界が回復する。



「「「「「────────」」」」」


「…………」

「マジか……」




 そして、皆が、見た。


 噂の主が、そこに、立っていた。





「……ガルナットって人はどこ?」


 クルルカンの格好の少女は、黙りこくる憲兵たちに、問いかけた。


 誰も、動けない。


 一点を見て、固まっている。


「……ガルナットって、人はどこ?」


 少女は、近くの一人にしぼって、質問した。

 質問された憲兵は、かろうじて頭が働きだした。


「あ! ガル? えと、あそこ、パンを持ってる、やつだよ……」


 戸惑いながら、指をさす。


「ありがと」



 ────キィン、


 ────キィン、


 ────キィン、


 ────キィン、


 ────キィン。



 目の前で、止まった。


「…………!」

「ぅおぉ……」


「あんた、ガルナットさん?」


 黄金の少女に、問いかけられた。


「あ……ああ……」

「そ」


 ペラッ。

 封筒が、差し出された。


「手紙。多分、奥さんから」

「な、俺にか?」

「……依頼された手紙の中で、あなたのだけ、預かってくれる人がいなかった。たいへん困った。やめてほしい」

「あ、あそこは簡易詰所の宿舎で、安いから人が……」

「それは、いいから、はい」

「……お、おう」


 封筒を受け取る。

 薄いピンクの封筒だった。


 "ガルナットへ"


 丸っこい、確かにレレンの字のようだ!


「受領書に、サインください」

「え? あ! ああ……」


 いつの間にか、小さなボードを差し出された。

 サインする。


「……確かに。たまには帰ってね。奥さん、寂しそうだったわよ?」

「おぅ……」

「じゃあね?」



 キィン、キィン、キィン、キィン──……。



 しばらく、皆が放心していた。


 無自覚に、封筒を、開ける。


 パラッ……。





 ──────────────────────────



 "ガルナットへ────


 警備の仕事、お疲れ様です。

 もう、二週間ほど、会っていないわね。

 私も、商品のお花たちのお世話で、

 会いに行くことが難しいわ。

 ごめんなさい。


 お客さんから、面白い(うわさ)を耳にしました。


 "義賊クルルカンの格好をした冒険者"に

 手紙を託すと、届けてくれるのだそうです。

 なんと、ギルドにいることが多い人みたい。


 もし時間ができたらと思ってたんだけど、

 中央街にいくヒマもなかったの……。

 そしたらね?


 お昼を買いに行った帰りに、クリーメルの

 オープンテラスで、義賊クルルカンが、

 ケーキ食べてたのよ!


 あの時の私の衝撃を、あなたに伝えたいわ!


 その時、テラス越しに頼み込んで、お花屋

 さんまで、来てもらって手紙を託しました。

 お礼を言っておいてちょうだいね。


 ルミンも、あなたに会いたがっています。

 最近、花の冠を作れるようになったのよ。

 パパに被せてあげるんですって。


 できたらでいいので、顔を見せてください。

 体に気をつけて。私の愛するガルナットへ。




               レレン"



 ──────────────────────────







「「「「「うおおおおおお────────!!!!!」」」」」


「なっ!」


 休憩所の憲兵達が、一斉に、動き出した!


「みっみたか! お前ら!」「ああっ!! バッチリ見たぜ!」「すげぇ!! 本当にクルルカンだったな!!」「マントが床まであったぜ!!」「なんか、すごかったな!」「ああ、完成度がヤバかった!」「声、可愛かったな!」「めっちゃ小さい女の子だったな……!」「うおお! ツインテールだったじゃねぇかぁあああ!!!」「あれ、子供見たら、絶対に大喜びだせ?」「てか、あの扉を一人で開けるとか、すごい強いんじゃ……」「うわぁ、俺、今日酒場で自慢しよう!!」「いやぁ、今日、街門警備でよかったぁ……!」


「……なんだ、いい奥さんじゃねえか」

「! こら、お前……」


 横から、手紙を覗き見られていた。


「おぅ、帰ってやらねぇのかい?」

「……明日も、朝が早い。終わる頃は、もう日が落ちる」 


 手紙を見て、愛おしさがこみ上げるが、どうしようもない。


「……おい、かわってやるよ」

「! なんだって?」

「明日、会いに行ってこいよ!」

「だ、だが……」

「俺が、前の休みにした事が、何か知ってるか? ギルドに"クルルカンの鐘"を見に行っただけだぜ」

「それは、なんというか……」

「俺みたいな奴には、休みは退屈でいけねぇ! いいんだ! 奥さんに会ってきな!」

「……いいのか」

「今度、さっきの塩焼きを奢ってくれよ! 美味そうで仕方がなかったぜ!」

「はは……お前、名前を教えてくれ」

「へっ! スパナム・ビットだ! よろしくな兄弟!」

「ガルナット・ヘリックスだ。必ず奢ろう」

「はっ! 楽しみだぜ!」





 後日、花の冠を被った無骨な憲兵が歩いていたという、頬を緩める噂が、少しひろまったという。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 熱い!多少の文法のミスは気にならないくらい熱い!! [気になる点] ただちょっとここまで読んで、気になることが3つ 最初の方に門番のおっちゃんが「ゴールドランク」って単語を出してたこと …
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