クルルカンと雨の日
うさ丸回です。
ザァアアアアア──……
今日はアブノさんに会いにいく元気がない。
しまった、ぬかった。
すっかり、食べ物に気をとられて、屋台やら、野菜屋さんなんかを開拓していた。
ゲラゲラ指差して笑いながら、オーク串を一本オマケしてくれる屋台のおばちゃんや、頑固モノの野菜屋のおじいちゃんなど、ちょこちょこ知り合いが出来つつある。
店先でトマトを選びまくっていたら、おじいちゃんに「おめぇ……できるな」って言われた時は、一瞬、力がバレたのかと思った。
実際は、手際のいい野菜選びに感心しただけのようで。
クルルカンの格好だったけど、目つきは完全に食堂屋の娘になっていたみたいだ……。
まんまるで、おしりに白い星があるトマトばかり選んでたら、やたら気に入られた。
そんなこんなで、何とか街を徘徊する羞恥を、無視するフリができるようになった頃、はじまってしまった。
完全に油断してたので、あせる。
アブノさんに早く相談すれば、よい下着なんか用意してくれたかもしれない。
あの変態は男性だが、女性のそこらへんの機微には気づけてしまうタイプだと踏んでいる。
……ただ、今の状態で、あの変態にツッコミを入れたら、かなりの体力を持ってかれそうだった。
うう……
その前に変態に会いに行かなかった、
じぶんの迂闊さをのろう……。
ザァアアアア──……
『────分析完了。出血の抑制を確認。期間終了まで、2日単位。状態:健康です。』
「……あんたに初めて健康診断してもらったわね……ふふ、あんたが女の子よりで、助かったわ」
『────本日の外出希望入力。』
「……今日はやめとく。幸い食べ物は買い込んだし、籠城できるわ。代えのあても少ないし、子供に遭遇して飛びつかれたらアウトだわ……すんだら、アブノさんに、恥を蹴飛ばして融通してもらおう……」
『────受諾。安静推奨。』
ふふ、ありがと。
……こういう時に、静かに話ができる相手がいると、助かるわね。
痛いだけだと、気が滅入るからなぁ……。
ちなみに、2日目の時に、仮面から『何か悪いものでも食ったのか?』的な伝言があったので、「一週間しゃべるな」とクラウンに伝えてもらった。
当然だわ。しばくぞ。
ザァアアアア──……。
昨日、キッティが様子を見にきてくれて、恥ずかしながら伝えると、「ちょっと安心しました」と、変なことを言った。
それと、あの受付嬢、本当に私を呼び出すベルを買ってきた。
チャイムベルに持ち手が付いたやつで、見事に真っ金金。
結婚式の時に教会にありそうなやつだった。
一度、音を聞いた。
綺麗な音だったけど、お腹に響くから止めてくれと言ったら、普通に謝られた。
"クルルンベル"という名前にするそうだ。
謝らなくていいから、名前、どうにかして。
去り際に、あと3日は鳴らさないでくれと頼んだ。
ゴロゴロ……。
ザァアアアアア……!!!
「おおぅ……こういう時、高いと怖いわね……」
光の魔石は一つ、つけているが、雨の音がすごい。
風の動きがわかる。
ここは元々、魔物を監視する部屋だ。
今は閉じている空き窓の他にも、比較的高価な、透明度が高いガラスがはめ込んである窓がある。
暗い灰色の空が、うねっている。
「……ここ、雷おちても大丈夫かな……」
いや、絶対おちるな、ここ。
ここいらで、一番高い建物だ……
不安だ……。
いや、昔は泊まり込みで見張ってたはずだ……
大丈夫だと信じよう……。
……ゴッゴン!!
「ひぇ〜!」
ちょっと、おウチが高いことを、後悔した。
そのままベッドで、元気なく、うつらうつらしていた時に、人外のお客さんがきた。
「にょきっと?」
「……どっから入ったの、あんた……」
おなかの上に乗っている。
やめろ、そこは今は急所だ。
魔物を見張る塔に、魔物が侵入してんじゃないわよ。
そう、うさ丸とて、確かに魔物だ。
一応、クラウンに頼んで分析してもらう。
『────検索完了。
対象名【 ボゥルラビット 】
固有名【 うさ丸さん 】
弱点部位:脇。弱点属性:火。
全長:耳部含め、約43セルチメルトルテ。
ユニーク認定。食用可。』
……ツッコミどころが多すぎる。
固有名に、"さん"付けって何なのよ……。
キッティ……
罪作りな娘……。
え、この子、ユニークなのに、食用なの……。
食用……?
「あ! 白玉肉……か?」
「にょきっとな?」
……ごめん、うさ丸。
たぶん私、あんたの親戚、料理したことあるわ……。
おなかに乗っかっている魔物の、あまりの無防備さに、お手手をさわさわして遊んでいる。
「にょき♪ にょきっとな♪」
「相変わらず、いかれた鳴き声ねぇ……」
耳か? 耳を意識してほしいのか?
ていうかどきなさいよ。
あんたが居座ってるそこ、割とピンポイントなのよ?
「……? あんまり痛くないな……」
「にょっき」
おお……こいつ、温いぞ……
痛みが引いていく……。
な、なんて有能な魔物なんだ……。
親戚食べてごめん。
「にょっきゃ〜〜!」
朝、起きると、うさ丸はまだ私のおなかの上で眠っていた。
こいつ耳垂れると、別の生き物みたいだな。
エサは、ニンジンでいいんだろうか。
明日、受付カウンタまで抱えていこう。
その後、アブノさんを問い詰めるか。
雨が上がった窓からは、
薄い灰色のグラデーションと、
虹が見えた。