クルルカンの顔面着陸
「ふぁあああ……靴を脱ぐのも、いいもんですねぇ……」
キッティが、私の部屋のラグマットの上で、バツの字になって、くつろいでいる。
踏んづけてやろうかな?
「キッティあんた、今、仕事中じゃないの?」
「あっ……」
あっ、てアンタ……。
「い、いいんです! こうやって、アンティさんの部屋の環境を確認する事も、受付嬢の立派な仕事ですよ!」
「……ヒゲイドさん来ても、知らないわよ。ここまで片道30フヌなんでしょ……?」
ぜったいお昼休み、終わるわよ。
「うぅ、かいだん、ヤダ……」
まぁ、あの螺旋階段は登るのをためらうわよね……。
これからも使う気はさらさらないわ。
「……アンティさん、提案なんですが、ギルドで、"アンティさん呼び出しベル"を作ろうと思うんです」
「はい?」
……"アンティさん呼び出しベル"?
「なに。私の家にベル付けんの?」
「いえ、そこのドアではなくてですね……ほら、アンティさんを呼びたい時、この階段は試練じゃないですか……」
「私は仙人か」
「だからですね……下のギルド受付から、ここまで音が響くベルを鳴らすんですよ!」
「……私は犬か」
「だぁって! 毎回毎回、この階段は登れませんよぉ! それに、アンティさんなら一瞬で登ったり、降りたりできそうじゃないですか!」
「ぐっ……」
何故、知っているんだ、キッティよ……。
「……いや、一回、飛び降りてきてましたし」
「……あれって、広まってんの? 噂……」
「えぇ、とても……"ギルドの天窓から義賊が飛び降りてきた!" って……」
「うわああああああ……!」
思わず仮面をかかえる。
なにやってんだ私はぁ……!
40メルトルテから飛び降りて参上するクルルカン……!
超、目立ってるじゃないの!!
「こんど、楽器屋さんで見つけてきますから! お願いしますね! あ、でも受付の床は破壊しない方向でお願いします!」
「うわあああ……」
次から、ふんわりおりますぅぅぅぅ。
「うう……今からここを降りると思うと……」
ところ変わって。
私の自室のちょっと下。
螺旋階段、上部。
うん、高いね。
あと、長いね。
「あうう……足がもつれちゃいそう」
「……お願いだから、転ばないでよ?」
「やめてくださいよ! 想像しちゃうじゃないですか!」
この階段、ある意味すべり台みたいだからね……。
こんなとこで転んだら、あの世まで滑るわよ……。
あ、心配になってきた……。
「あうう〜〜……」
「……ねぇ、キッティ」
……まぁ。
キッティなら、いいかな?
「はい?」
「下まで、送ってあげようか?」
「……へ?」
「階段、降りるの嫌でしょ?」
「それは、まぁ……え? 送る?」
おお……見事に首を傾げている……。
「……私のチカラ、秘密にできる?」
「ええっ!? あの……」
「できないなら、やんない」
「ひっ、秘密にしますっ! それで階段を降りなくて、すむのなら!」
「……信じるわよ?」
ま、降りる途中で怪我されても、やだからね。
「じゃ、失礼して……」
「え? わっ!!」
よいしょっと。
お姫様だっこです。
サルサさんに続いて、2人目だね。
「キッティ。首に手ぇ回しなさい」
「え!? すご!? チカラ持ち!? こんな軽々と……」
「じゃ、行くわよ」
「えっ! アンティさん! どうするんですか!?」
ガッと、階段の手すりに躍り出る。
目線の下は、40メルトルテの高さの、四角い空洞。
「……嘘ですよね?」
「だいじょぶ。ゆっくり行くから」
「え? え? え?」
きゅいいいいいん────!
周りには、楕円形に見えるいくつかの歯車。
そして────
とんっ!
私は、受付嬢を抱えて、飛び降りた。
「きゃ、ぎゃあ────────!!!!」
────きゅうううううん……!
「……? あ、れ……?」
ふわふわと。
のろのろと。
ゆっくり、ゆっくりね。
「な、に?」
キッティが、やっと目をあけて、周りを見渡す。
「……浮いてる、の?」
「だから言ったでしょ」
「…………」
キッティをお姫様だっこした私は、白い塔の中の空洞を、ゆっくりと降下していた。
『────"反重力機構"、展開中。』
『────体格重量概算、誤差予測範囲内。』
『────対象者、ギアロック正常。』
『────両足、風力歯車による、対負荷軽減中。』
『────地表より20メルトルテ地点・・・通過。』
『────1メル単位:毎ビョウ、降下シークエンス、進行中です。』
え、何。
風のチカラも使ってんの。
あ、ほんとだ。
足の歯車が、風車みたいになってる。
これのせいで、背中のマフラーマントが、なびく、なびく。
暑くなってきたら、これ使えば、涼しそうね……。
「…………」
キッティが、惚けた顔で、私を見ている。
「ね? 大丈夫だったっしょ?」
「……アンティさん、非常識すぎます……」
「超常現象、なんでしょ? 私」
「ふふ、まったくです……」
『────着陸シークエンス、開始。』
『────対ショックスプリング、展開。』
『────降下予定ポイントまで、10、9、8……』
両足に、いくつか歯車が行ったわね。
見えないけど、多分、歯車が重なって、バネみたいになってるんだわ。
"距離滑り"の、タイヤの衝撃を緩和する機構と、同じやつね。
────きゅうううううん……
──ぐにっ。
「ん?」
「?」
『────地表より3メルトルテ地点にて停止。』
『────着陸、失敗しました。』
え……失敗て……クラウンさん……。
ぐにぅ、ぐにっ。
「な、何、この不安定な足場は……?」
「………………うわ」
「? キッティ?」
キッティが、下を覗いて、顔を青くしている。
ぅん?
キッティの身体が邪魔で、下が見えん……。
なんだ?
"地表より3メルトルテ地点"?
下に、高さ3メルの何かが、あるってこと?
「……遅いから、見にきてやってみればァ……」
「「…………」」
……下にいるの、人だわ。
このギルドに、身長3メルの人なんて、あの人しかいないわ。
「ギ、ギルマス……」
「あ、あのですね、ヒゲイドさん、これはですね……」
「お前……空も飛べたのか……」
いやっ、上下だけ! 上下だけ……ね……!
「ははっ、そ、そうなのかな〜〜?」
「おりろ」
「ひゃい」
「……とりあえず、お前ら、来月の給料とボーナス、半額カット」
「「そ、そんなぁ〜〜〜〜!」」
しょっぱなから、減給された。