アンマイダッシュ さーしーえー
たぶん、キッティは、
生まれて はじめて、
走っている人間を見て、感動した。
アンティに、
「この中に入れ」と言われた時、
キッティは、死を覚悟した。
目の前に出現したのは、まるで、
「クリスタル製の、椅子入りの カンオケ」、
である。
「冗談ですよね?」と、
キッティが言うと、
マイスナが、
「ハヤクシロ」と、キレた。
クルルカンに助けを求めると、
アンティも、目が笑っていない。
キッティが、祈りを捧げながら、
アナライズ積層体の椅子に座ると、
背もたれが、ギュインと、倒れ。
ウィィィン……と、複数の、
透明の窓ガラスの様なモノが、
じわじわと、閉じていく。
クリアの三角形の板たち は、
とうとう、ピッタリと合わさり、
寝そべるように座った キッティを、
閉じ込めてしまった。
「呼吸が! 呼吸は、
大丈夫なんですかぁあ〜〜っ……ッ!?!?」
と、クリスタルの中で、
騒ぐ キッティを、
アンマイは、
「「 だまれ 」」
と、一蹴する。
イス入りの、透明のカンオケには、
ふたつだけ、取手が付いていたので、
キッティは、目を疑った。
まさか……アンティと、マイスナは、
この、カンオケに付いた、
ふたつの取手を持って、
走って行こう──……などと、
考えて、いるのでは、なかろうな?
──その、まさか だった。
「ひ、ひえぇえ──っっ……!?」
受付嬢の速達は、
深夜に、実行された。
ふたつの取手は、
キッティのカンオケの、
ふくらはぎ辺りの位置に有り。
アンティとマイスナは、
両側から、片手ずつ、握り込むと、
容赦なく、一気に持ち上げ、
すぐに、走り始める。
「か、かみさまぁ〜〜ーっ……ッ!?」
泣きべそになる、
完全密封の、キッティ。
起きて、すぐに、絶叫マシン(仮)に、
封印されたのだ。
寝坊助・ブチカマした、
自身が悪いのだが、
思わず、情けない声も出る。
───だが。
「 ぇ──……? 」
最初の数秒こそは、揺れたのだが。
キッティは、不思議な感覚を得た。
甲高い、ふたつの乙女の足音は、
あっという間に、洗練されていく。
「 ゆれ……──ない? 」
ふたつの手で、
支えられているだけとは、
思えないほど、安定する。
まだ、外が暗かったため、
キッティは、混乱した。
ここまで、揺れないのは、なぜ……?
金属の楽器が鳴るような音は、
思ったより、間隔が広いペースで、
響いている。
キィ──────ン・・・──
ギィ──────ン・・・──
キィ──────ン・・・──
ギィ──────ン・・・──
「これ、動いているんですか……?」
ただ、座っている、だけだった。
外は、まだ、闇の中だが、
たまに、辛うじて、
後ろにスライドしていく、
風景が、見える。
よく見ると、
このクリスタルの密閉イスは、
完全に密室では無く、
歯車と鎖で装飾された、
両側の穴から、
新鮮な空気が、循環しているようだ。
「空間接続による、空調機構……」
アンティとマイスナの、
真の力を知っているキッティが、
正しく、行われている技術を、
読み解く。
よく見ると、いつの間にか、
自分の お腹の上に、
ラプアの葉っぱに包まれた、
丸っこい サンドイッチと、
ウトイスの実が、転がっていた。
お夜食は、投げ込まれていたらしい。
キッティは、少し、
申し訳なさの、味を知る。
「……」
声を出そうかと思って、
キッティは、やめた。
ふたりは、懸命に、
走って、くれている。
今は、午前、5時くらいだろうか。
ギリギリの、時間だ。
明るくなってしまえば、
商人の馬車などが、
街道の途中の、
休憩所などから動き出し、
見つかりやすく、なってしまう。
たぶん……この"配達"方法は、
音や……タイミングや、
"ひと一人"、を、即座に運ぶ方法として、
彼女たちなりに、最善の やり方を、
選んでくれたのだろうと、
キッティは、思うことに した。
つまり、信頼した。
だって、彼女たちは、
何かを届けることを、
一度だって、失敗した事など、
ないのだから──。
だから、キッティは、
しゃべらない。
サンドイッチを、
少しだけ、かじると、
甘い、味付けの お肉と、
しっとりとした、野菜たちと、
優しい、ラワ麦の香りが、
ほっと、ひろがった。
少しずつ、日が、のぼっている。
たぶん、完璧に、
暗闇を行くことは、失敗した。
だが、その、おかげで。
キッティは、すぐ、真近で、
よく、見ることが、できた。
走っている ふたりは、美しかった。
キッティは、すぐ、隣を走る ふたりを、
惚けるように、見る。
朝を知らせる光は、
黄金と、白銀の、装甲の うえ を、
洗い、流れていく。
凹凸で あるはずの、地面は、
力強い、キックのような駆け早で、
キッティの乗る、乗車席は、
見事に、水平を保っていた。
「 ──、 、──、 ── 」
「 ──、 、──、 ── 」
息が。
走ることに よって、温められた、
ふたりの乙女の息が、
淡白い水蒸気となって、
口から、溢れ出る。
その体温と髪は、
飛ぶように、後ろに流れ、
それは、祝福である。
キッティは、見とれていた。
( ……まるで )
ふたりの神さまが、
運んでくれている、みたいだ。
特等席で、キッティは、思った。
彼女たちの仮面と鎧は、
似合い、過ぎている。
まるで、その姿で、
産まれて、きたかの、ような────。
彼女たちは、1回ずつだけ、
何かに、攻撃した。
遠すぎたので、キッティには、
相手は、分からなかったが、
突然、マイスナの肩の装甲が、
ガギン、と開き。
柄が迫り出したかと思うと、
それを引き抜くと、
ぜったいに腕の中には、
しまえないであろう、長い刃渡りの、
銀の刀が出てくるので、
まるで、手品の 様である。
マイスナが、片手で刀を投げると、
それは、弓の名手のように、
または、槍投げのように、
弧を描いて、
恐ろしく、美しく、飛ぶ。
ギィィ────・・・・・ン……!
という、音がした。
恐らく、何かを射抜いたのだろう。
と、思えば、先ほどの、
開いた、肩の装甲に、
刀の柄が戻っていて、
吸い込まれ、格納、されていく。
投げた刀が、転送され、
帰ってきたのだと、
キッティは、理解った。
しばらくして、次に、
アンティの、肩甲骨あたりの、
装甲が、ガキン、と、開き、
中から、金色の、
カラクリのようなモノが、押し出される。
噛み合った、小さな歯車が、きしみ、
何かが、撃ち出された。
小さく、それは、真っ直ぐに、飛んだ。
少し、経って、
何かに着弾した音が、
遅れて、聞こえた。
山びこの、ようだった。
また、しばらく経つと、
小さな、ふたつの歯車の円盤が、
生きている、妖精のように、
回転しながら、
アンティに、追いついてくる。
それらは、楽しそうに、
アンティの背中に、
カチリ、とハマり、
小さな砲身と共に、格納された。
ふたりとも、武装が しまわれた時、
わずかに、髪が、輝いた。
キッティを連れ、
ふたりは、走る。
それは、痛烈であり、
優美である。
キッティは、思った。
( ……この、ふたりが、
ふたりで、よかった )
実際に、駆ける、ふたりを、
すぐ、近くで、感じて。
キッティは……心から、思った。
ふたりは、同じ方向を見て、
同じスピードで、進んでいく──。
すごい、力だった。
本当に、何もかもを、
置き去りに、するような。
世界のページを、
ペラペラと、めくるかの ように、
彼女たちは、駆ける。
誰も、読めない、スピードで。
もし……この、ふたりが、
世界に、片ほう、だけ、だったら──。
それは……たぶん。
とっても、
さびしい、
こと、だから──。
「 よかっ、た ……── /// 」
誰もが知る、
絵本の、敵と、味方は、
誰よりも速く、突き進む。
アンティとマイスナは、
王都が見え始めると、減速し、
アナライズ積層体を解除すると。
マントと、ヴェールを、羽織り。
何とか、王都の街門に並ぶ、
商隊の列に、紛れ込んだ。
あれだけ走っていたのに、
ふたりの息は、もう、
落ち着き、はじめている──。
思わず、言葉が、あふれた。
「 わたし…… 」
「 ん? 」
「 ゆ? 」
「 わたし ……、がんばりますねっ♪ 」
キッティが、そう言って。
アンマイは、きょとん と した。
個室新幹線( •̀ω•́ )✧










