かんじゅかな? さーしーえー
濃厚な百合と、濃厚な謎。
はいけい、くらいです。
※挿し絵を追加。
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泡世の船内に、名湯、有り。
" 幽奻朋の湯 "、というのが あった。
だれも、読み方を、知らない。
彼女と、彼女が、其処を見つけた時、
おそらくは、" ユウナヅキ ノユ " だろう と、
結論づけた。
夜の、静かな風呂だった。
気象同期データが、
何らかのバグを孕んでいるようで、
このエリアだけは、
なぜか、常に、夜なのだ。
和製の、大きな、四角い、
天然木のヒノキ風呂で、
小さな窓穴が、三つだけ、空いた壁と、
飾らない、への字の屋根が、
同じ木で、組まれており。
単調で、落ち着かせる雰囲気を、
醸し出している。
ただ、思うより、ずっと暗く、
静かだった。
理由は、いくつか、ある。
他の、箱庭名湯百景とは異なり、
"幽奻朋の湯"には、灯かりが、無いのだ。
淡い、オレンジ色の灯火など、
そのような、甘えは、皆無。
小窓より、月夜の紺だけが、
ほんとうに、ほんとうに、
わずかにだけ、照らした。
静けさの、理由だが、
普通、ヒノキ湯船の風呂となれば、
四角い枠縁に、
焚いた湯のチョロチョロと出る、
湯差しが、あるものだが。
この湯には、それが無い。
この四角い湯船は、
故意に零れることは無く。
ただ、それでも、冷めることは無く。
あたたかな湯を、留め続けるのだ。
よって、風情を感じさせる、
水の音など、微塵も無い。
ほんとうに、しずかな、
くら あおい、ふろ だった。
湯は、透けるように清らかだろうが、
この蒼暗さでは、
黒いインクのようにも見える。
湯は、あたたかいが、
気持ちに よっては、
少し、こわい場所だった。
ただ、たまに、
金色と、銀色の、少女 は。
さそわれるように、
この、無音の湯で、音を出した。
金の君は、
もう、湯に、髪が浸かっている。
普段は括るが、まあ、いいか、と、
湯船の中央で、
胸上まで浸り、
下を見て、湯の境い目で、
どうやら女が育ち始めた胸元の、
膨らみを眺め、
不思議な静けさを、感じていた。
ちゃぷ、チャプ、と、音が し。
この湯では、継湯が鳴らないのだから、
これは、他が誰かの音に、
決まっている。
銀の君が、
太ももまで、浸かりつつ、
湯底を歩き、
金の君待つ、
央に、近づいていた。
金は、見上げ。
銀は、目の前で、止まった。
「……」
「──」
やはり、くらい。
濃い、藍の空間だった。
誰も動かぬと、静けさに、食われる。
ただ、漆黒では、なかった。
先に言うように、暗い壁の、
泣け無しの小窓から漏れた、
わずかばかりの、
月の、蒼は、あった。
マイスナは、湯で立っているのだから、
腿より上の肌は、
慣れてきた目では、
月に、淡く浮かぶようにも、見える。
汗か、分からぬ雫には、
小さな光の玉も、捉えることが出来た。
静かで、アンティが、聞いた。
「どしたの、じっとして」
「みせつけてるの」
「なんで」
「よく、みてほしくて」
月の狂いは、ただ、
さほど、恐怖などでは、なかった。
ひとりではなく、
それは、ふたりに、浸透した。
「その位置だと、大切な所が、
私の顔の前に、きてるけど?」
「そうだよ。よく見えるでしょ」
「まぁ、よくは、見えますが」
「見て。ここも、銀色なんだよ」
「うん。よく、知ってる」
「興奮する?」
──じゃばン、と、アンティは、立った。
「──… 」
「──… 」
ふたりの背丈が、同じに なった。
ほんとうに、まるっきり、同じだ。
マイスナの躯体は、
静かな中でも、美しかったが、
アンティの躯体も、
美しくない、はずが ない。
同じだ。
誰かが、絵本のように見れば、
すぐにでも、わかる。
ふくらみも、くびれも、呼吸も。
おかしなほどに、いっしょだった。
左のページと、右のページ。
はだかの、向かい合う、
ふたりの、乙女──。
鏡のようで、そうでは、ない。
祝福された、髪と、瞳だけが、ちがった。
ただ、15の肉体という、
大人と、子供の、境い目の、
束の間の、神秘が あり、
それが、ふたつ、ここで、
鏡あわせのように、そろった。
「……ふ────っ……」
「なに? するの?」
「ちょうはつ、してる?」
「そう思っても、いいよ」
「ちゃんと、見えてるからね」
「うん」
「くらいけど……見えるから」
「わたしだって、ぜんぶ、見えてる」
「……」
「……」
ふたりは、湯に逆さまに映りながら、
音のしない、互いの呼吸を、
聞こうとした。
「 ──…… 」
「 ──…… 」
でも、今は、あまり聞こえなかった。
静かな中、目の前に、立っていた。
だから、下を見た。
足は、ギリギリ、
湯に、飲み込まれていない。
くらい湯面に、
ちょっと、見てはいけない角度の、
ふたりの躯体が、映った、気がした。
「……エッチ」
「……そっちだって、見たでしょ」
「見てないよ。下で、黒い私と、
黒いアンティが、こっち、見てたね」
「超・見てるじゃないのよ……」
「パンチラって、こんな感じかな?」
「はいてねぇだろ……ほりゃ!
はよ、浸かんなさいな……風邪ひくて」
アンティは、マイスナの両肩に手を乗せ、
優しく、湯船に、引きずりこんだ。
…───タポン……。
「ぁ……髪、ごめん」
「いいよ。あっちでも、別に、
気にしたこと、ないよ?」
「そうだっけ?」
「前は、たまに、メイドさんらが、
お湯に浸からないように、
してくれてたけど──」
「──ぁ、そっか……。私たちの髪で、
指、ちょびっと切っちゃってから、
こっちから、断ってたね」
「うん。何も考えずに、
どぱん、って、ふたりで、
入ってるよ」
「きひ、そうだったわね……」
暗い、くらい中で、
ふたりは、湯の中で、
手を、にぎった。
りょうてで、にぎった。
ひだりて、と、みぎて。
みぎて、と、ひだりて。
それは、暗さの中で、
最愛なる人を、求めたのか。
恐怖を、忘れるためか。
それとも────。
「このね」
「ん?」
「四角い お風呂のね」
「うん」
「好きな所と、嫌いな所は、一緒なの」
「……どゆ意味?」
「ほら、おっきくて、四角い、から」
「ぅん」
「まん中に、いると、
背もたれが、ないじゃん?」
「ふふ、そぉね?」
「だから、きらい。いつもの、
ちっちゃな バスタブだと、
ふたりで、寝ころべるでしょ?」
「あぁー、そだね。たしかに。
こゆトコだと、平らな所で、
座らなきゃ……だもんね?
「そう」
「……んで?
それが、好きな所と、一緒なの?」
「ん。それはね?」
──チャポ……!
マイスナが、大きな四角い、
湯船の中央で、
座ったまま、アンティを、抱きしめた。
当然、アンティは、
自然に、抱きしめ返す。
からみ、あう──。
「こうやったら、ここでも、
背もたれ、いらないもんね」
「急に、せまるねぇ」
「お風呂だと、じんわり、
アンティの、肌のにおい、するんだ」
「……エッチめぇ」
湯は、あたたかく。
ただ、湯の上の空気は、
透くように、涼しかった。
肺から入った空気は、
胸元を通って、温められた、
身体の方に、通っていく。
ふたりは、お互いの肩に、
頭を乗せ、くらやみの湯の中で、
目を閉じ、じんわりとした、
水蒸気の においで、呼吸していた。
たしかに、お互いの香りが有り、
それが、とても、落ち着かせた。
「寝ちゃいそう」
「ん」
「あのね、さっき、見てもらったでしょ」
「は?」
なんのこっちゃと、
アンティは、顔を上げ、
マイスナと、目が合う。
「やっとね、銀色に、なったんだー」
「……ん?」
「前までね、少しだけ、
うすい、紫色が、あったんだー」
「あぁ、そぉ言えば」
「やっと、髪と、同じ色に、
なったんだよ♪」
「いや、別に、ええやろがぃ。
元々の、髪の色じゃないのょ」
「えぇーっ、やだぁー。
アンティの金色と、すっかり、
真反対の、色が いいもん!」
「いや、てゅーか、光、反射したとき、
上も下も、ちょっと、紫の要素、
残ってるわよ?」
「ええっ!? うそだぁー!!」
「ホンマやて。どれだけ至近距離で、
見てると思ってんのよ。
銀なんだけどね?
光が反射すると、なんつーか……こう、
虹色っぽい紫──と、いうか、
そんな感じで、流れんのよ」
「……? それ、アンティだよ?」
「アンタもなのよ。つーか、
私だって、カンペキな金色一色じゃ、
ないかんね? 黄色っぽい髪とか、
オレンジっぽい髪とか、混ざってっし。
アンタなら、よく見てるでしょーよ!」
「そ、そういえば、そうだった!!」
「はいっ、かい☆けつ。
むしろ、紫要素は、ちびっと、
のこってて欲しいっつーの」
「えっ……えへへ♪」
少し、ゆるんだ、四本の手の抱擁を、
ふたたび、きゅっ、と、しめ。
ふたりは、湯に座りながら、抱きしめ合う。
互いの肌は、枕である。
「……きひ、いったい、
何の話、してんだか」
「ムダな毛の話」
「その言い方、やめれ」
「ムダ毛と言えば、アンティ。
上と下の、間の──」
「それ以上は、やめな。
場合によっては、
上と下より、マズイから……」
「ええっ。そうなの!?」
なんとも言えない、
沈黙が、流れる。
ただ、静かである。
香りが、あった。
湯気と、互いの肌の、においである。
じっとりとした、心地良さは、
やはり、誰もが知る、
風呂の、たしなみであろう──。
そうして、熱に、浮かされて。
ふたりは、三度、
神秘的な暗闇の中、
ほどき、互いの、顔を見た。
瞳の中に────、
■ ■
■ ■
しかくが、みえた。
「……」
「……」
好きな人じゃなきゃ、
殴り倒していたかもしれない。
アンティとマイスナは、
また、抱きしめ合った。
もう、はなさない。
次は────四 度目だ。
めを、とじ。
たがいの、はだに、かお を、ねじこみ。
まくらの、ように、くらさを、くらう。
はだの、においで、わすれさる。
でも。
かおり を、すい こめば、
ことば が、でで しまう────
「……ねぇ」
「……なぁに」
「白い、人が、言ってたじゃん」
「ん」
「……" くびをあげる "って、
どういう ことかな……」
「わかんないよ……」
「それだけが、呼べる、って……」
「わかんない」
「けっきょく、じかん切れで……」
「アンティ」
「……なに?」
「わたしは、わるい子」
「マイスナ」
「おまえを、だまらせる」
「 「 」 」
そ
し
て
、
その愛に、アンティは、
さからえなかった。
し
ず
む
。
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