聖なる樹の家の啓蒙 下
「#……必要なことなのだ」
──……ギィん。
気づくと、先生は、
マイスナの身体で、立ち上がっていた。
銀で彩られた美しい少女の身体と、
悪の魂たる威圧が、
その場を、引き締める。
美しさと殺気が、凛と、漏れていた。
それを見て、バスリーちゃんは、
小さく、息を、はいた。
「……"死神"とは、いよいよ
穏やかじゃあ、ないねぇ。
いったい、何を、するつもりなんだィ」
「>>>たぶん、アレが、
>>>どうしても、必要なんだ」
ぼくも、淡々と、言う。
「……我々も、聞いて、良いんだな?」
コココが聞き、
リリリも、探るような目で、
こちらを見る。
「>>>ああ、頼むよ」
「#……少しでも、情報が、欲しいのだ」
ぼくらは、自分たちの、かつての愚行を、
できるだけ、かいつまんで、
わかりやすく、語った。
バスリーちゃんは、
湯のみの、お茶に手をつけず。
コココは座って、腕を組みながら。
リリリは、座る、自分の腿の間に、
両手を付きながら、聞いてくれた。
話し終え、コココが、
ポツリと、まとめた。
「……お前たちの、かつての仲間が、
かの帝国の王によって、
3つのチカラに、裂かれた」
「>>>ああ」
「その内の、ひとつが、
"死神"だと、いうのか……」
「#……そうだ」
リリリが、確認する。
「……"神の魂"は、空の果てに。
残りのチカラは、
その……"ふたつの仮面"に、
成った、って、いうの?」
ぼくは、無言で頷く。
先生は、今も、立ったままだった。
バスリーちゃんが、
机の上の湯のみを、見ながら、言った。
「……その仮面に、そんな、
不思議な、いわれ が、
あったとは、ねィ……」
かお、
かお、だ。
なぜか、ふたつに、なった、かお。
「>>>この仮面は、言わば、
>>>あいつからの……"借り物"なのさ」
「#……あやつの"魂"は、今、
#……"宇宙"にいる。
#……私たちは、ソレを、
#…………"回収"したいのだ」
こちらに、旧きエルフの瞳が、
光を向く。
「……3つのチカラを集め、
かつての友を、"復元"する気だな?」
コココの言葉を、
ぼくと先生は、無言で、肯定する。
あくまで、理想論だ。
もしかしたら、3つ、
そろえなくても、
何か、方法は、あるかもしれない。
でも────。
「で、でも……!」
リリリが、発言する。
「よく、分からないんだけれど……、
あなたと、そっちの狂銀さんは、
その……"仮面"を触媒とした、
"マジックアイテム"、なんでしょう?
あなた達の"魂"は、
その"仮面"に、依存している……?」
バスリーちゃんが、
ぼくの方を、向いた。
リリリが続ける。
「もし……その、トバシさん、って子を、
"復元"するために、
その"仮面"を使ったら、
あなた達は……」
「>>>……」
「#……」
ぼくと先生は、すでに、
"水"と、"金"の役割を、
与えられて、しまっている。
この世界にとっては、もう、
簡単に消えては ならない存在に、
なっているのかも、しれない。
……でも。
それと、これとは、
話が、別だ。
ぼく達は、自分たちが殺したヤツを、
あんな……さみしい場所に、
置き去りに、する事を、
容認できるような根性は、
サラサラ、ないのだ──。
「……覚悟の、うえ、って、ワケだネ」
「>>>……」
「#……」
バスリーちゃんの言葉に、
うまく、答えられなかった。
まだ、消えるつもりは、ない。
ただ、消えることで、
どうにか、なるのなら────。
「……お前たちの、気持ちは、わかった」
コココは、話を割ってくれた。
「だが、俺たちの知識が、
役に立つか、どうか……」
「そ、そうね……」
「>>>本当に、些細な事でも、いいんだ」
「#……何か……思い当たる知識の枝葉は、
#……ないだろうか」
バスリーちゃんが、
ため息をついた後、
答えてくれる。
「……ぅーむ、しかし、ねィ……。
200年前と いったら、
アタシらも、大変な時期、
だったしねィ……?」
「ええ、そうよね……。
ヒトとエルフの歴史が、
間違いなく、大きく動いた、
激的な、時だったわ。
でも……まだ、エルフを愛玩具や、
珍しい体質の材料としか、
見ていない人々も、
たくさん、残っていた。
難しい、時代だったのよ……」
「>>>それは……そうだろうね。
>>>ぼくも、当事者みたいな、
>>>モンだったし」
「#……"帝国"について、
#……聞いた話などは、
#……ないだろうか?」
「あなた達には、悪いけれど……」
リリリが、申し訳なさそうに。
「私たちは、あの帝国が滅んだと聞いて、
心底、ホッとしたものよ……。
あの国に、近づきたがるエルフなんて、
いなかったわ」
「アレはな、俺たちに とって、
"恐怖"、そのもの だったんだ」
「>>>ぁ……」
「#……そぅ、だな」
ぼくも、先生も、生前、
あの、忌まわしい帝国の中で、
縄で繋がれた、ガリガリのエルフたちを、
何度も、見た事が ある。
国に入り、出ていったエルフを、
ぼくらは、見たことが、なかった。
「……俺たちが、近づいては、
ならない、土地だったのだ」
「だからこそ、話せることが、
少ないのよ……」
そんな、当たり前のことを、
ぼく達は、失念していた。
「>>>……そりゃ、そうだ……」
「#……、……そう、だったな……」
思えば、あの国は、
エルフたちを、実験材料としか、
見なして、いなかった。
そうだった……ぼく達は、
ナマの目で、見ているのに。
悪魔のような人間たちの、住む都。
エルフ達は、誰だって、
"あの場所"を、避けたろう──。
「近寄れないのだから、
細やかな当時の情勢などは……、
正直、まったく、分からないんだ。
帝国に狩られた同胞たちも、皆、
生き残っては、いないだろう……」
コココの言葉は、至極、当然だった。
……迂闊だったよ。
あの街の、詳細な情報が、
エルフ達から、得られる可能性は、低い。
近づけば、ひっ捕らえられて、
実験動物に、されるような国だった。
"かかわるな"、が、エルフ達にとって、
当然のルールだったに、違いない。
「#……そう、か」
立ったままの先生は、
しかし、残念そうに、
顔を、項垂れた。
そうだ。
ぼく達は、アテが、はずれた のだ。
「>>>……しょうが、ないよなぁ」
「#……やはり、いつかは、
#……実際に、行ってみねば、
#……ならんの、だろうな……」
バスリーちゃんが、
また、ため息と一緒に、
聞いてくる。
「……ふん。行って、どうするんだィ」
「>>>とにかく、回収するさ。
>>>今の、ぼく達には、
>>>それが、できるからね」
「#……そうだな」
あの、巨大なカタマリ。
ふつうなら、無理だ。
でも、後輩ちゃん達の、
この、チカラなら──。
「>>>国は、滅んださ。
>>>でも、彼女の……"身体"は、
>>>まだ、滅んでは、いない。
>>>ぜったい、あのまま、だ。
>>>だって、ぼくが、
>>>ぜんぶのチカラで、
>>>──止めたんだから」
「──" からだ "、だと?」
「>>>……ん?」
コココが、不思議な反応をする。
「>>>ああ、そうだが?」
「……なぁ、クルルカンよ。
お前は、"死神"を、
その目で、見たんだよな?」
「>>>……ああ。この目で、この手で、ね」
「どんな、見た目なんだ……?」
「>>>……?」
少しだけ、ぼくは、
黄金の目で、パチクリした。
いや……今は、少しだけ、
黄緑、がかった色かも、しれない──。
「>>>えっと……おおきな、おんな、だ。
>>>首の無い……黒い、大きな女。
>>>首の断面から、赤黒い血飛沫と、
>>>つんざく ような悲鳴が、
>>>噴火するみたいに……、
>>>ずっと止まらない、
>>>……そんな、ヤツだった」
「#……そう、だったか」
「──首が、無いのか!?」
コココが、驚く。
「>>>あ、ああ……。
>>>首から上は……見事に、ね」
「…………そうか。"顔"は、"仮面"……。
………"魂"は、頭脳……」
「>>>……コココ?」
「コココどうなの?」
「うぅむ……」
何やら、考え込むコココを、
ぼくと先生は、よく分からないまま、
眺めるしかない。
リリリが、情報を、
補足してくれる。
「コココは、第二深界のエルフなのよ」
「>>>……なんだって?」
聞きなれない言葉に、聞き返す。
「
ア 、イ 、ウ 、エ 、オ 、
の名前を持つ者が、"第一深界"。
カ 、キ 、ク 、ケ 、コ 、
の名前を持つ者が、"第二深界"。
正式な、"エルダーエルフ"は、
"第一深界"の五連、だけだと、
言われているわ。
でも、彼らは同時に、
禁忌を破った者たちでもある
」
「>>>それって……」
あの、うるさい回復職のエルフが、
言っていた……"吸血鬼"、との──……?
リリリが、言う。
「
第一深界たちは、
大きな間違いを犯した。
第二深界のエルフたちは、
それを、消し去ろうとした。
カカカ、キキキ、クククの名に、
それは、成功し。
ケケケ、コココに、
わずかな知識が、引き継がれた」
「>>>……!」
「#……知識、だと?」
「よ、よせ、リリリ!
そんな、たいそう な、
ものじゃない」
「コココは、禁断の、
エルダーエルフの呪術の知識を、
少しだけ、教わっているのよ」
ぼくと先生は、
コココのほうを、見る!
「き、期待は、するんじゃない!
"禁忌の解体"は、
"カキクの三賢人"で、
ほぼ、終わったんだ!
わずかな、"歯止めの知識"だけが、
ケケケに、引き継がれて、
俺は……それを少しだけ、
聞いて、育っただけさ!
ぜんぜん、ぜんぜん、だぞ──!?」
「もうっ、コココったら!
私たちの恩人が、こまっているのよ!
なにか、助けになるような、
知識は、ないのっ!?」
「そ、そんな事、言ってもだな……!
俺は、自分のことを、
エルダーエルフだとは、
思ったことが、ない!
そんな、知識量は、とても無いし……、
……、……ただ── 」
「>>>……ただ?」
「ひとつだけ、気になる事がある」
コココは、座りながら、
少しだけ、上半身を、
前に、乗り出した。
「参考に、なるかは、
まったく、分からないが……」
「>>>言ってくれ、コココ」
「#……頼む」
「……昔、ケケケに、
こう、聞かれた事が、あるんだ」
皆、音を出す事なく、
待った。
「神に、一番、
しては、ならない事は、
なんだと思う?」
「>>>……」
「#……」
「正解はな」
ギジリ、と、椅子に、
体重が、乗る音。
「 首を、斬ること、らしい 」
しばらく、言葉が、なかった。
「>>>……殺しては、いけないと、
>>>いうこと、かぃ?」
「ちがうんだ。
神ってのは、首を斬ったくらいじゃ、
死には、しない」
「#……!」
「お前が退治した、"死神"も、
顔が無くても、動いたんだろう?」
「>>>そ、それは──」
そう、だったが。
「死には、しないんだ。
神、なんだから。
チカラが、わかれるだけだ。
でも、だからこそ、危ない」
「>>>どういう意味だ?」
「当たり前だろう。
"首のない身体"に、
"理性"なんて、無い」
「>>>……!」
「チカラを持ったまま、狂うんだ」
「#……、……」
「神のチカラを持ったまま、
怪物に、なるんだとよ。
だから──いちばん、
首を切っちゃ、いけないんだ」
「>>>……」
──" 脳みそ が、ない、神様 "。
「だから、"頭"が、必要だ。
当然だよな。斬ったなら、
返さなきゃ、いけない」
「#……」
「何が、なんでも、だ。
元の頭が無いなら、
"代わりの頭"を、つくらなきゃ、
────って、ことだ」
「>>>……話の方向が、
>>>よく、見えないぜ、
>>>コココ」
「なぁ……これ、さ。
俺が言ったって、
言わないで、くれよ……?
けっこう、ヤバい内容なんだ。
門外不出、って、ヤツさ」
ぼくと先生は、
顔を、合わせる。
バスリーちゃんとリリリも、
知らない内容な、ようだった。
「>>>……誓うぜ」
「#……魂に、誓って」
コココの、整った顔に、
冷や汗が、浮かんでいた。
「……おし。あのな。
昔の、我ら祖たる、
三連のエルダーエルフたちが、
やろうとしたのは、
まさに、それだって、話だ」
「>>>?」
「800年、くらい、前の話だ……。
人間たちの蛮行に、
目を当てられなくなった祖は、
三連の名を使いはじめ、
禁じられた"血"と、
魔術を、掛け合わせた」
……"血"。
あの、話だろうか。
「俺も、正確には、
知らないんだ。ただ、
エルフの故郷を護り、
ヒト族を滅ぼすために──、
"神"のチカラを、
手に入れようとしたらしい」
「>>>……?」
「#……どうやって、だ」
「"首"、だよ。
"代わりの首"を、作ろうとしたんだ」
「>>>"首"、だと?」
「どっかの神様の、
"首"を斬り落として、
代わりの頭を付けて、
操ろうとしたのさ」
「>>>まさか」
「どうか、してると思うよな?
俺だって、そうさ。
でも、俺は……そう、聞いて、
育ったんだ。ぜったいに、
神様の首を、斬っちゃ、いけない」
「#……」
「ケケケは、言ってたんだ……。
"化け物に首を戻しても、
化け物にしか、ならない"って。
だから、やっちゃ、
いけないって、な」
「>>>……」
「あ、その……悪い。
脈絡が、無くなっちまった……」
確かに、少し、
脱線してしまったようだ。
でも、ぼくは、
今、なんだか……とても、
大切なことを、聞いた気がした。
「>>>代わりの頭を、つくる……」
「ま、まぁ、尾ひれのついた、
昔話さ。あまり、気にしないでくれよ?」
「#……む」
「リリリも、今の俺の話は、
忘れてくれ。他の奴に、
言っても、ダメだぜ?」
「な、なによぅ!
よく分からない、話だったわね!
まぁ……言わないケド」
「アタシも、その話は、
初めて聞いたねェ……!
ふん、首を作って、
繋げようなんて、
ロクな話じゃあ、ないねェ!」
まったく、その通りだと、思った。
ぁ……まずい。
先生が、顔に、出しすぎている。
「#……首……だと?
#……しかし、確か、
#……あの、エルフの少年の、
#……話では──…… 」
「>>>……先生」
ぼくは、先生の言葉を、止めておいた。
先生は、何かを、察した。
「#……!! ……、…… 」
「>>>貴重な話を聞けたよ。
>>>ありがとう」
「いや、済まない。
なんだか、変な話に、
なっちまったな。しかし──、
なんで、その身体の宿主が、
眠っている時に、聞きたかったんだ?」
「>>>── 」
ぼくは、無言で、微笑み返す事にした。
──少しだけ。
前向きでは無い、
暗殺者の、微笑みだった。
「……なんだよ」
「……ふん、いいじゃあ、ないかィ!
この、黄金の英雄サマにも、
色々、あんだよォ!」
ナイス、バスリーちゃん。
ウヤムヤに、してくれた。
「アタシゃあねェ、こうやって、
古い友人と、マッズイお茶、
飲めてるだけで、なかなか、
幸せさぁ……♪」
ぼくの、暗い気持ちが、霧散した。
彼女に……そう言ってもらえるだけで、
どれだけ、心が軽く、なっただろうか。
「>>>……そうだね」
「あァ、そうさァ。
ま、今夜くらいは、ゆっくり、
していきなァよ」
「>>>ん、そうさせてもらう」
「#……ああ。感謝する」
「……カッカッカ♪
ホントに、よかったよォ♪
100年前には、アタシも、
ちぃと、落ち込んだモンだが……、
こぉやって、アンタも、
再会、できただろォ?」
「>>>? なんの話だぃ?」
「──あれま! アンタぁ!
忘れてるんじゃ、なかろうねェ?」
「>>>……???」
なにが、だぃ?
「──かっかっか! こりゃ、
ホントに、忘れちまってるねィ!
100年前だョ! その時は、
まだ、意識が、なかったのかィ?」
「>>>……え?」
「──アンタの仮面!
墓から、
盗 ま れ ち ま っ て た だ ろ う !
そんな事も、忘れたのかィ!」
「>>>……!!」
あ・・・。
「かっかっか!
こりゃ、ダメだ!
落ち込んでたアタシが、
バカ、みたいだねィ!」
「>>>・・・」
ふるい、えるふ。
きゅうけつ き。
くびを、つくる。
みゅすてるの、ざ。
そして……、
ひゃくねんまえに、
ぬすまれた、ぼく。
「>>>……」
「なにやら、転々としてたようだけどサ?
さいしょに、アンタを盗んだヤツは、
なにを、たくらんでたんだろうねィ!」
ぼくは、なにかを、
わすれているような、きがした。










