おっぱい羊ども さーしーえー
う、上から姉に抱きつかれ、立ち上がれない……。
うぐぐぐ、なんだこの圧力は……。
「むふふむふふ! いないと思って、きてみたらヒキハちゃん、床に座りこんで絵本を読んでいるんだもん! あらかわわぁ〜〜! いもうとかわゆすぅ〜〜!」
スリスリスリ、ぎゅうぎゅう!
「ちょっと姉さま! 顔をグリングリン擦り付けないでくださいまし! あ、あと、むねが……」
「え──! な──に! たまにはスキンシップしないと、私、調子でないんだよぅぅ。そんな冷たいこと言わずにさぁぁ──……」
はんぬらァ────……。
な、なんだ、この押しかかりかたはっ……!?
まるで、新しい擬音語ができたようだわッ……!?
なぜ、こんなダラリと、もたれかかられているだけなのに、腰が浮かないんですの!?
姉さま! これはまさかの拘束術ですか!?
「ふっふっふ、ヒキハちゃん! 姉の愛からは逃げられんよ……!」
「姉さまっ! ちょっと! お離し下さい! 姉さまったら!」
なぜ、こんないい天気の日に、孤児院の床に拘束されねばならないのっ……!
ぐ……ぐぐ、ぐ……。
ごっそ、ごそ。
むにっむにっ。
──なっ……!
「……こらぁぁああ! お姉ちゃん! メェェエエエエですわぁぁあああああ!!」
「ひゃっはァ────! ヒキハちゃんが、おこったァあ────!!」
なぜ、そんな嬉しそうなの、お姉ちゃん……。
「はぁ、ハァ、はぁ……」
「いゃ〜〜育ってるね、ヒキハちゃんっ!」
……あなただけには言われたくありませんわ。
目の前に立つのは、まったく私と同じ髪の色。
節のある、特徴的なヨロイ。
頭には、羊の角をあしらったヘッドガード。
そして、左足に輝く"剣技"のプレミオムアーツ。
王都、"剣技職"部隊、総隊長。
"プレミオムズ"剣技職。
────────オシハ・シナインズ。
私の姉が、ニヤニヤと立っていた。
「い、いつも言っているでしょう……! 横から手を突っ込んで、胸を揉まないでくださいまし!」
「──いやだっ!! 私はヒキハの乳を揉むッ!! 私と同サイズになるまではなっ!!」
「姉さま……」
じゃあ、ちょっと縮んでもらっていいですか……。
「……用件はすんだのですか?」
「あいあい。マザーにおふせと、今期の引き抜きは見送るって伝えてきたよ〜」
「やはり、年齢的な?」
「ま、それもあるけど、やる気云々がね〜? だいいち、私は孤児院から騎士団員組むのは、正直なんだかな〜と思ってるやん? もっと安全な職について欲しいワケよ!」
「……ふふ、私たちが言っても、説得力がないですよ」
「ま、まぁね〜〜……有名になっちゃったしな〜〜……」
ふはぁ〜〜、と気の抜けた、ため息をする姉。
もし彼女がヨロイとヘッドガードを外せば、こんなうら若き女性が、王都で最強の剣技職と言われているとは気づかれないだろう。
「ねぇねぇヒキハちゃん、そろそろヘッドガード、つけない?」
「! いゃですよ! それのせいで、獣人の方と間違えられるじゃないですか!」
「えぇ〜〜? 可愛ぃじゃ〜〜ん……」
まったく!
それのせいで、"羊雲姉妹"なんて、ふたつ名が広まるんですのよ!?
一度ためしに付けてみた事がありますが、まるで仮装ではないですか!
「ね〜ぇ? そろそろおっぱいのサイズに合わせて、上の装甲、変えるでしょ? それと一緒に新調しようよ〜〜!」
「な! 何故それを!?」
「……はっ、お姉ちゃんをナメるなよ……!」
ぐっ……!
こ、この人は……もういい大人なのに……!
なんで、こう、おっぱいへの執着が強いのだ……!
「ねぇ〜〜? ヘッドガードつけよ〜〜? 頭丸腰はあぶないよ〜〜!」
両肩を掴まれて、横から覗きこまれる。
……う〜ん、そんなキラキラ見られても。
「……ち、違うデザインなら考えておきます!」
「な、なぜだ……」
いや、姉さま。
あなた、陰でなんて言われているか知ってるんですか?
"おっぱい羊"ですよ?
私はカンベンですわ!
ココォン、ココォン、ココォン────────。
孤児院から教会へ続く廊下。
姉妹の足音は、響く。
「……もう、気配をころして来たので、ビックリしましたわ」
「ふへへへ……そりゃビックリさせようとしてるからね?」
「ぶぅ……」
剣士の頂点と言われているには、おちゃめすぎますわ。
「……ねぇ、きいていい?」
「? なんですか? 姉さま」
「なんで、あんな悲しそうに絵本を読んでたの?」
「────────」
コォン──……。
ちょっと、思考が停止してしまった。
「さっき読んでたの、"クルルカン"の絵本でしょ?」
「あ────……」
「あんな顔、ほんとに久しぶりに見たよ?」
「あ、あのですね……」
「なんで?」
う……。
お姉ちゃんは、さすがだ。
この人が、あの荒くれ者の剣士の中で隊長をやれているのは、こうやって、気づいた問題にすぐに立ち向かうからだと思う。
この"目"はズルい。
心がこもっている。
話して、しまいたくなる。
でも、そうは、いかない。
「──大丈夫です、姉さま。何でもないですって」
「──お姉ちゃんにも、言えない事なんだ……」
「……ぅ……」
そ、そんな寂しそうな顔をしないで……。
こ、これは演技ではない……。
だからこそ、反則だ……!
しょんぼりおっぱい羊である。
フリフリ、フリフリ。
「…………!」
両肩を振り出した……。
あ、いじけてる……。
しょんぼりいじけおっぱい羊だ……。
だ、だめだ、ど、どうしよう……。
「────かわいそう、だと思ってしまったんです」
「──"かわいそう"? えと……誰が?」
「その……クルルカン」
「ほぇ?」
あ、なんか呆気にとられてる……。
あはは、姉さまのこんな顔、久しぶりに見たな。
「多分、ずっと一人で戦っているんです」
「うん?」
「誰かを助け続けて、みんなを笑顔にして」
「……」
「でも、強すぎるから、誰も助けられない」
「ヒキハちゃん?」
「孤独で、かわいそうだなって」
「……ヒキハ、ちゃん」
「そんなこと、考えてました。……変ですよね?」
これ以上は、私の心が持たない。
少し、逃げよう。
私は、教会のほうに歩き出した。
姉さまは、少しだけ歩き出すのに、時間がかかったようだった。
「……"隠れSランク"……まさかね」
姉のつぶやきは、いっぱいいっぱいの妹には、届かなかった。