ぷーじゃない!
こいつは、一体、何を言っているんだ?
「…………」
「あの、アンティさん……今、なんて?」
「いや、だから……」
黄金のグローブに掴んだ、紙束の入った箱を出して、こいつは、俺とキッティに、また同じ事を言った。
「────あの部屋の手紙、全部、配り終えたわよ?」
「「…………」」
……やれやれ。
暖かくなってきたからなぁ……。
「仮面を取れ」
「な、なんでよ!」
「熱をはかる」
「…………」
……?
なんだ、その、赤ん坊に、べろべろばぁ、するようなポーズは……?
「……──いゃああな、こっっつたあぁぁ!」
────ブチッ!
ガッ!
ギギギギ……!!
「ぎゃびゃあああああああああ────!!!」
『────注:アンティに起因する悲鳴。』
「ギルマスうぅうう──!!? 流石にそれはダメですぅッ!! いくら、クルルカンの格好をしているからって、年端も行かない女の子の後頭部を鷲掴みにして、宙に浮かせたまま仮面にアイアンクローなんてぇぇええ!!? 見ようによっては、両手で女の子の頭を圧壊させようとしてるみたいですよぉおおお!!!」
「……はずれんな、この仮面……」
ギギギギギギ……
「だぁぁじげでぇえええええええぇ!!!」
『────注:アンティに起因する悲鳴。』
「アンティさんもぉ!!! 自分より二倍以上大きいバケモノをおちょくる時は、それ相応の覚悟で望んでくださいいいッ!!!」
おいキッティ、バケモノって、俺のことか。
「ううう……しくしく……」
「うわぁ……」
俺の目の前で、クルルカンの格好をした冒険者が、床にうつ伏せになって、泣いている。
「全部、配っただと? ────イカれているのは格好だけにしろ、アンティ!」
「うわぁあああ────ん!!!!」
「ち、ちょっとギルマス! トドメ刺さないでください!」
ふん、これくらい、どうということはない!!
こいつの反射速度、腕力は、一時的になら、俺に匹敵するのだぞ!
むしろ、つけ入るなら未熟な心だ!!
見ろっ!
今も元気に、床でジタバタしてるではないかッ!!
「ひでぇな……ヒゲイドのやつ、クルルカンの嬢ちゃんを倒しちまったぞ……」
「おいおい、お話が終わっちまうじゃねえか……」
「なんだよ、クルルカンとやりあうって事は、"狂銀オクセンフェルト"かよ……?」
「あいつがあんな洒落たタマかよ。ギルマスは"魔王"だ、魔王!」
「ギロリ……」
「「「ひっ……!」」」
パコン!
「おいギルマス、落ち着きなさい!」
……キッティよ。
いつもその脚立、どっから召喚しているんだ。
ギルド奥に続く、廊下を歩いている。
「まったく、親身になってやれば、昨日の今日で……」
「……でもギルマス? この紙束、やっぱり受領書ですよ?」
「……馬鹿言え。あの量を一晩で配れるものか」
────ガサッ。
キッティの運ぶ木箱の中に手を入れ、おもむろに紙の束を引き抜く。
「っわ……」
「…………」
…………確かに、団体受領書だ。
かなりの量を、まとめて区画ごとに束ねてある。
……いやいやいや、まさかまさか。
「……一日、だぞ……有り得ん」
「……一応、見に……行きます」
パタパタパタパタ……
キッティが、例の、手紙まみれの部屋を見に行く。
……俺も、一応……行くか……。
有り得んけどな。
1日で、この近辺の街を、全て廻るなど……。
部屋の入り口についた俺が見たものは、
口を、あんぐりして部屋の中を見る、キッティだった。
足取りが、おぼつかん。
フラフラと、ギルドカウンタ前に戻ると、クルルカンは、寝転びながら、膝をかかえていた。
「もうヤダ……おうち帰る……」
お前のおうちは、この上だろう……。
「おい……ほん、とに、配ったのか……?」
「…………」
スッ、と、黄金のグローブは、キッティの持つ受領書を指さした。
「多分……数日以内に、みんな届く」
「おまえ、その格好で、ギルド出張所に乗り込んだのか……」
「……あによ、わるい?」
わるいというか……度胸あんな、お前……。
義賊クルルカンの格好で、ギルドに突っ込むとか……。
しょっぴかれても文句言えん状況だぞ……。
「……キッティ、月締め処理に間に合うか?」
「ギルマス……これヤバイです。この受領書、全ての区画ごとにまとめてあります……頭おかしい」
「あたま、おかしくない!」
「で、どうなんだ」
「……多分、いけます。ここまで綺麗に仕分けられている書類は、簡単なほうですよ……」
マジ、か……
てことは……
来月、頭、入金されるな……。
「おい、クルルカン。何通あった?」
「……47873通」
「ええっ!」
「お前……」
いや……もういい、割り切ろう。
こいつは、超常現象だ。
そ、そんな量の受領書が通ったら……。
「……キッティ、来月、ボーナスでるぞ……」
「……ええっ!!? そんな超常現象がッ!!!」
「それだけじゃない……壊れている備品、一新できるぞ……」
「脚立もですかッッ!!?」
いや、壊れた脚立は使うなよ……。
「おい、クルルカン……」
「ぶぅ……」
クルルカンは ゆかで ふてくされている!
ただの アンティの ようだ!
「……もし、お前の話がほんとうなら、安いが、定期的に給料を出してやる」
「えっ!!!?」
────ガバァ!!
クルルカンは ふっかつした!!
「ボーナス……?」
「給料……?」
「なんだ、嬉しくないのか?」
「「…………」」
くるりと、キッティとアンティが、互いを向き合う。
お互いの手をとる。
「「……ぃやったぁぁああああああ────!!!!」」
ギルドに似つかわしくない、黄色い歓声が、受付カウンタに響いた。
周りの冒険者達が、何事かと、こちらを覗いている。
ただ、明るい話題だという事は、飛び跳ねる娘たちを見て、誰もがわかった。
……まったく、まだ、信じられんな。
この義賊、底が見えん……。
まさか、正体を隠している、とんでもない奴じゃないのか?
「────定職だァァああああああ!!!」
……義賊様が就職って、どうなんだ?
「おい、あんまりカウンタでぴょんぴょんするんじゃない!」
「「わぁぁぁああ〜〜〜〜い!!!」」
「にょきっと……!」
おい、うさ丸。
まざりたそうに、してるんじゃない。